【お願い】
こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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ご本人様方とは一切関係ありません
桃視点→乾視点
「…あれ? 2人は?」
ふれあいコーナーで散々遊んだ後、近くの水道で手を洗っていると後ろから声をかけられた。
猫宮だ。どこに行っていたのか、今頃姿を見せて辺りを見回している。
「さっきまでそこにいたけど、どっか行ったよ。すぐ帰ってくるって言ってたけど」
「……」
「ここで待ってたらそのうち来るっしょ。それとも心配?」
にやりと笑んでそう続けると、目の前の藍色の瞳が不機嫌そうに細められた。
…本当に俺らが当時作り出した設定に忠実だな。
頭がよくて大人びているくせに、本物のまろよりも負の感情を表に出すし幼さがある。
「別に心配とかない…です」
付け加えられる敬語の語尾に、俺はふはっと吹き出した。
洗ったばかりの手をふるふると横に振る。
するとそれを見かねたらしい猫宮が、ポケットから落ち着いた青色のハンカチを差し出してきた。
「あーありがと」
自然乾燥でも十分だけどな、なんて思ったけれど素直にそれを受け取る。
それが分かったのか、猫宮はもう一度両の目を細めた。
…ただし今回は、さっきみたいな不機嫌そうな表情ではない。
「無人そっくりですね」
俺を通して幼馴染みの影を追ったのか、少しだけ微笑ましそうに見えたその顔。
思わず瞬きを繰り返した後、渡されたハンカチで手を拭きながら「猫宮はさ」と言葉を継いだ。
「まろよりツンデレだよね。でも多分、無人への気持ちは同じくらい深いんだろうなって思うわ」
すっかり水滴のなくなった俺の手から、猫宮は当たり前のようにハンカチを引き取ってくれる。
「ありがと」ともう一度礼を告げたけれど、聞き流したのかそこには返事をせず、猫宮は手の中に戻ったハンカチに視線を落とした。
…いや、正確に言うと見つめた先はそのハンカチじゃないんだろう。
ただ自分の思考と対峙しているように一度唇を噛む。だけどすぐにまた目線を上げた。
数センチ身長の低い俺を見据える目は、やっぱりまろに似ていて透きとおっていた。
「『同じくらい』って…何と……ですか?」
先刻の俺の言葉をなぞり、低い声が問い返してくる。
「ん? まろが俺のこと好きなのと、『同じくらい』」
へらりと笑って返したのは、てっきり呆れたような反応が返ってくると思っていたからだ。
「自分で何言ってんだ」とか「自惚れんな」とか言われるかと予想し、わくわくしながらも受けて立つつもりで身構えようとする。
だけど意外にもそんなセリフは一向に返ってこなかった。
ただ何を思ったのか、猫宮の形の良い唇が再び小さく開かれて別の言葉を紡ぐ。
「…今日一緒にいて、あの人がないこさんのことをどれだけ好きなのかはよく分かりました」
なにそれ、真面目にそう言われると照れるじゃん。
…なんて普段だったら揶揄するように返したかもしれない。
だけどさすがに今の猫宮からはそんな空気が許されるとも思えず、俺は柄にもなく一度口を噤んだ。
「お二人は同じグループの歌い手…でしたっけ。だからですかね、背中を預けて信頼しきってる感じがするの」
そう続けたとき、猫宮は少しだけ俺から視線を逸らした。
そこでようやくこいつが何を考えているのか気づく。
…あぁそっか。猫宮と乾の関係性が、俺らと違うのは「そこ」だ。
常に同じ目標に向かって一緒に戦う俺とまろ。
でもこいつらはそうじゃない。
ただの高校生で、むしろ無人は「読モ」なんてやっている。
そこは猫宮が踏み込むことのできない領域であって、手を伸ばしても届かない距離がどうしたって生まれてしまう。
それを無人が気にしているとは思えない。
だって俺だったらそんなこと欠片も気にならないから。
だけど猫宮はそうじゃないんだろう。
「まぁ確かに、背中預けて一緒に戦えるのは心強いとこあるよ」
だけどさ、と続けて、俺は唇の端を持ち上げた。
「自分がどこで何してても絶対に待っててくれる人がいてさ、その人の待つところが自分の帰るべき場所だっていうのが心強いってこともあるよね。少なくとも無人はそう思ってそう。だからこそ好き放題できるんだろうし」
言った瞬間、猫宮が弾かれたように顔を上げた。
再び俺を正面からまっすぐに見つめ返す。
分かるよ。ただ待ってる方が辛いこともあるよな。
いつかどこかへ飛んで行ってしまいそうなくらいに自由な無人が相手なら、一層のこと。
でもそんなのはきっと杞憂だ。
俺が作り出した無人だから言うわけじゃない。
ただ今日時間を共有しただけで、この2人がどんな想いで一緒にいるのかは見ていれば分かる。
交差した視線の先で、猫宮の瞳がわずかに揺らいだのを見逃さなかった。
…どんなに大人びていても、やっぱり高校生なんだろう。
感情を揺さぶられた自分に対する動揺が、確かに見てとれる。
「……あ…」
猫宮が俺に向けて何かを言いかけた。
だけどそれと同時に、「猫宮----!!!いた!」とかなり後ろの方から無人の声がする。
「どこ行ってたんだよ! 来るの遅いって!」
「お前が先におらんようになったんやん」
「いや先にいなくなったのお前の方だから!」
どっちでもいいわ!なんてツッコむ言葉を、俺は思わず飲み込んだ。
呆れたように無人に突っかかって返す猫宮の目が、今までよりも優しく細められたように見えたからだった。
水族館を出て、ふらりと街へ繰り出した。
時刻は夕方になる頃で、西の方へと太陽が傾き始めている。
そろそろ夕飯でも食べに行くか、なんて提案するないこさんについていくけれど、そんな彼の手には今クレープが収められていた。
そこのキッチンカーで買ってきたんだろう。
そのちょっと前にはアイスも食べてなかった?
食べ歩きが推奨されている場所だから食べること自体はいいけれど、こうも立て続けに食べるか?
しかもこれから夕飯を食べに行こうって言ってる人間が。
「あの人さっきアイス食べてたよな?」
ないこさんとまろの後ろを歩いてついて歩いていた俺は、隣の猫宮にぼそりと呟いた。
俺の問いにあいつは肩を竦めて返す。
「水族館出る前にはハリケーンポテト食っとったで」
「胃袋ブラックホールかよ…」
食べることが好きだとは聞いたけれど、ここまでとは思ってなかった。
そう言えば昼食も俺らの倍近く食べてなかった?
それであの細さなんだから本当にびっくりする。
「原因はあれもあるんやろうけど」
猫宮が、そう言いながらくいと顎を上げて前方を指し示した。
それを目線で追うとその先にはまろの姿。
…そう、ないこさんが何か食べたがるたびに買い与える元凶が「あれ」だ。
食べ続ける彼を幸せそうに眺めているから本当に質が悪い。あれはもう「餌付け」の域だろう。
「一緒に出掛けてる間に買ってあげるのがひたすら食べ物…色気ないよなあの2人」
けらけらと笑って言った俺に、猫宮は返事をしなくなった。
それどころか黙ったままぴたりと足を止める。
ただ軽口を叩いただけだったつもりの俺は、何も返ってこないことに首を傾げながらも同じように歩みを止めた。
数歩向こうで止まった猫宮を「…どした?」と振り返る。
その間もこちらの様子に気づいていないあっちの2人とはどんどん距離が空いていく。
「……これやる」
ないこさんに借りたジャケットのポケットから、猫宮は何かを取り出した。
大きな手に握られたそれはこちらからは見えず、ただ促されるまま俺も手のひらを上にして差し出す。
そこにそっと乗せられたのは小さな袋だった。
首を捻りながら「何、開けていいやつ?」と俺は目を丸くする。
言葉なく猫宮が頷いて返したから、その袋を開けた。
ひっくり返して中身を手のひらの上に出す。
零れるように…転がり落ちるように中から出てきたのは、水族館のショップで俺が一度手に取っていたイルカのガラスストラップだった。
「え!? 猫宮が買ったん!?」
「それ以外ないやろ」
「え、いつ!? お前先にショップ出てったじゃん」
「お前が店内で俺を見失ったんを、先に出て行ったって勘違いしただけやろ」
いらんのやったら返して、なんて猫宮は続ける。
いやいや、いるに決まってんじゃん!
そう言い返してストラップを指先で摘まみ上げた。
視線の先の夕日が向こう側から照らして、ピンク色のイルカがきらきらと光る。
「…ありがと」
ぽつりと呟くことでしか礼が言えなかったのは、驚きを凌駕するほどの嬉しさが込み上げてきたせいだ。
人間は感情が飽和すると声を思うように出せないらしい。
本当ならいつもみたいにテンション高く声を出してありがとうと言いたいのに。
うん、と猫宮は小さく頷いただけだった。
今この人混みの中じゃなければ、その手に自分のそれを伸ばしていたのに。
だけどそれも叶わず、俺は代わりに会話を延ばすことしかできなかった。
「これさ、向こうの世界にちゃんと一緒に帰れるんかな」
何と言ってもこっちの世界で得たものだ。
その存在が許されるのかどうかは、当然俺も猫宮も知る由もない。
分かるはずのない問いに、猫宮は「さぁ」と小さく返した。
首を捻りながら俺の手からそれを取り上げ、そしてスマホを出すように促してくる。
「スマホは行き来できたんやから、これに付けといたら大丈夫ちゃう?」
そう言いながら、俺のスマホにストラップを手際よく付けた。
黒いケースのそれにピンク色のガラスが映える。
…もしあっちの世界に持って帰ることができたなら、これの青いイルカも探しに行ってみようかなんてことをこそりと考えた。
「猫宮ってさ、ほんとに俺のこと好きだよなぁ」
いつも通りのセリフを、またからかうように口にする。
だけど猫宮は、笑い返したり煽り返したりはしなかった。
ストラップの付いたスマホを俺の手に戻してから、顔を俯けたまま目線だけこちらに向けてあげる。
見慣れたはずの青い瞳が、見たこともないような色を浮かべていた。
「うん」
いつも通りの言葉を言ったはずなのに、返ってこなかったいつもの「答え」。
思わず声を失うように絶句してしまった俺に向けられた猫宮の顔は、「してやったり」というような不敵な笑みを浮かべていた。