らっだぁの言った通り、結局あの動画はお蔵入りにならざるを得なかった。
電話をかけても、何をしても2人に連絡がつくことはなく。
翌日、らっだぁからトラゾーと付き合うことになったわーとしれっと連絡が来た時にはやられたと思った。
どうにも俺と同じような想いを抱いているような、一歩引いたような感じでいたあいつの策にまんまと嵌められた。
確かにクソ真面目なトラゾーは、好意とか善意とかに対してすごく謙遜する。
押してダメなら引いてみたら、と人の良さそうな顔でそうアドバイスしてきたあいつの内心は俺のことをきっとほくそ笑んでいたことだろう。
「あの野郎…」
そうやって、俺からトラゾーを離して自分は近付いて。
らっだぁの腹黒さを舐めていた。
律儀なトラゾーもらっだぁと付き合うことになったと連絡をしてきた。
経緯は教えてもらえなかったけど。
ただ一言、捕まえてもらえた、と最後に付け足すように言っていた。
そのあまりにも自然に紡がれる不自然な言葉のアンバランスさに、洗脳にも似たそれに目眩を起こしそうになった。
トラゾーが一歩離れたところで、俺たちのことを見てるのはなんとなく気付いていた。
けど、性格的なものなのかなと思ってたしグイグイ来る時は来てたから無理に話を振ったりもしなかった。
他のみんなもそうで。
トラゾーなら大丈夫か、と考えていたから。
それに寂しがりやなところもあるあいつに頼って欲しいと言うか構ってきて欲しい、と言う欲もあって。
好きな奴にそうして欲しいと思うのは当たり前に思うことで。
そんな中、よくよく考えればおかしいのに俺はまんまとらっだぁの策略にのせられたのだ。
「クソ…っ」
近くで見てきたのは俺なのに。
ただ近すぎて見えなかったことが、あったかもしれない。
そんなことに気付く前に横から掻っ攫われた。
全部、遅かった。
納得はいかない。
でも、トラゾーの嬉しそうな顔や声を聞くと何も言えなかった。
らっだぁのことを信じきってるあいつに、そいつはお前を騙した悪い奴なんだと言ってもきっと信じてもらえない。
寧ろ、俺の方を悪い奴と認定して嫌うかもしれない。
俺はそれが1番怖い。
トラゾーに嫌われることが怖いのだ。
「……」
面と向かって、お前なんか嫌いだなんて言われたら立ち直れないかもしれない。
いや、立ち直れない。
「……」
許せないのはバカな俺自身と、俺のことを嵌めてくれたらっだぁだけだ。
トラゾーは何も悪くない。
トラゾーの項や耳の後ろら辺。
黒髪からちらりと覗くそこには、らっだぁがつけた痕がこれ見よがしに存在していた。
しにがみくんに虫刺されですかと指摘された時の慌てようはすごく。
それなのに、照れて嬉しそうな表情をしていたトラゾーに自分の手のひらに爪を立てることしかできなくて。
悔しかった。
ふと隣のクロノアさんを少し見上げれば何を考えているか分からない顔をしていて。
けど明からさまに不機嫌な空気が醸し出されていた。
俺の視線に気付いたのかいつもの穏やかな笑顔に戻り、トラゾーにこれまた優しい声色でおめでとう、と声をかけていた。
「トラゾー」
「うん?」
どことなく吹っ切れたようなトラゾーに俺はあの時のクロノアさんのようにおめでとうと言えなかった。
「…らっだぁにいじめられたら言えよ?俺がお前の代わりに叱ってやるから」
「⁇、ありがとう⁇、でも大丈夫だぜ?らっだぁさん優しいから」
「それでも、大事な友達泣かされるの嫌だからさ。……俺はトラゾーの味方だから」
「……うん」
複雑そうな表情の裏に、らっだぁが絡んでると思うと腹が立つ。
意外に柔らかいほっぺを摘んでやる。
「ぃへっ⁈は、へ?なにひゅんらよ、ぺいんろ」
「なんかムカついたから」
「なんれらよ!手はなへよっ」
振り払われないのは、まだ俺はトラゾーの中では信頼に値する人間だと思ってくれてるからなのか。
「やわけーほっぺ」
「むにむにすんなってばっ」
流石に手を掴まれるけど、強く握られてるわけでもなく。
「ごめんごめん。触り心地よくてさ」
手を離して笑ってやると、むっとした表情で俺を軽く睨んだ。
「俺のほっぺなんか触って何が楽しんだよ」
「面白い?」
「なんだとー!」
ばっと俺のほっぺをトラゾーが包んで、おんなじように摘んできた。
「いっ、てっ」
「お返し!」
悪戯が成功した子供みたいに笑うトラゾーに抑え込もうとしている気持ちが溢れそうになる。
ぽかんと固まってると、少し焦り出して口を開いた。
「い、言っとくけどぺいんとが先にやってきてんだからな」
「……」
「痛かった…?」
おずおずと手を離すトラゾーはやってしまったのかと青褪めている。
「…い、痛くも痒くもねぇよ!」
そう言い返すのが精一杯だった。
「つか、こんなことしてたららっだぁに俺が怒られるだろうが」
「え…何で?」
「いや、…だって、自分の…こ、いびとが自分以外の奴のこと触ってたら、怒るだろ」
恋人、とすんなり言いたくなかった。
ただ、心の拠り所ができて気持ちに余裕のできてるトラゾーは首を傾げるだけで。
「だって、ぺいんとは俺の大切な友達で配信仲間だろ?らっだぁさん、そんなんじゃ怒んないと思うけど…」
引いたところにいたのも、今では元通りのように横並びでいるような感じがしていて。
それが逆に違和感だった。
「…そ、っか…」
いつもの日常組。
まるで自分は違う、と下がっていたトラゾーは違和感がないくらい元の場所に収まるようにして立っている。
上辺だけのようにして。
おそらくこの先ずっとトラゾーはらっだぁのことを疑わず信じて、心の拠り所として離れないのだろう。
捕まえてもらえた、と言うのも言い当て妙だ。
それに、らっだぁもトラゾーのことを離す気も誰かに渡す気もない。
あいつなりの牽制は所有痕を見れば充分だ。
こうして雁字搦めにして、トラゾーから逃げ場を奪って自分の元へ逃げ込むようにしている。
そういう風に、したんだ。
そうだ。
横並びになっていても俺たちと完全に一線を引いている。
3と1のようにして。
俺の感じる違和感はこの線だ。
上辺とか、そういうことじゃない。
隣にいても線を引かれれば踏み入ることはできない。
けど、客観視すればちゃんと横に並べている。
その線を引いたのは、らっだぁでありトラゾー自身だ。
こうなる前のトラゾーだったら、確実に困った顔をして俺を傷付けないように手を振り払っていただろうから。
その線は俺では消せない。
線、というよりも深い溝のようなもの。
埋めることができないそれは、それを作らせるような要因を作った俺じゃ埋めてあげることはできない。
「(その溝を、らっだぁがうまいこと利用して埋めたんだな)」
自分だけだよ、絶対に寂しい思いはさせないよとか、普段なら何言ってんだというありきたりな言葉でも弱ったところで囁かれれば心がそっちに傾くに決まってる。
恋は人を盲目にするとよく言うけど、盲目になりすぎて見落としてはいけないものまで俺は見落としてしまった。
今更何を言っても無駄だし遅すぎる。
俺が今、できることはトラゾーがもう傷付かず泣かないことを願うだけだった。
でも、あわよくば、
「(らっだぁに騙されてたこと知って、また傷付いてくれたらいいのに。それで、…)」
俺のところに逃げ込んでくれねぇかな。
そうすれば、俺は絶対に離さないし、ずっと捕まえといてやれるのに。
あいつみたいな面倒くせぇことせず、囲い込んでやれるのに。