テラーノベル
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こちらは、某実況者様のお名前をお借りした二次元創作になります。
以下に書かれた注意書きを必ずお読み下さい。
・登場人物等、全てにおいて捏造。
・ご本人様とは一切関係がごさいません。無断転載、晒し、その他のご本人様にご迷惑をおかけするような行為は絶対におやめ下さい。
・誹謗中傷の意は一切ありません。
・公共機関での閲覧を禁止します。
以上のことに納得していただける方のみ、お進み下さい。
・rbsha
・学パロ
・付き合ってます
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澄み渡る冬空の下、真っ白な吐息を吐く。黄色いマフラーに顔を埋めた少年が、栗色の髪を揺らしながら早足でアスファルトの上を歩いていた。春に浮かれる蝶のように、ひらひらと馴染み深い道を辿る。
やがて一つの建物の前で足を止めると、ポケットから銀色に光る鍵を取り出した。迷わずそれをロビーの鍵穴に差し込むと、歓迎するように扉が開く。エレベーターに乗り込んで押すのはいつも決まった数字。形を崩さないよう大切に抱えたそれを、少年は得意げに見下ろした。
そして数ある扉のうち、一つの扉の前で立ち止まった少年はようやく息をつく。天乃、と刻まれた表札をよく確認すると、逸る気持ちを抑えながらインターホンを鳴らした。
「はーい」
扉を一枚隔てた向こう側から聞き慣れた声が返ってくる。待ちきれなくてボタンを何度も押し続けていると、慌ただしく物音がしたのち、扉が開いた。
「そんなに押さなくても分かったから……って、シャオロン?」
間の抜けた顔で、マゼンダが見上げる。少年――シャオロンは、その反応に満面の笑みを貼り付けた。
「きちゃった」
◆ ◆ ◆
「どうぞ」
そう言ってローテーブルの上に置かれたのは黒い炭酸水。寒い外気に耐えながらはるばるやって来たというのに、コップの中で揺れるキンキンに冷やされたそれをみてシャオロンが眉を寄せる。
「お前んちコーラしかないわけ?」
「わざわざ出したったんやから文句言うな」
すげなく言い返したロボロが隣に座る。シャオロンが場所を開けようと少しずれると手元からガサ、と自分の指先と袋が擦れる物音が聞こえた。その音に、シャオロンはここへやってきた目的を思い出す。そうだった。今日は遊びにきたわけではない。
「ロボロ」
「ん?」
「今日ってなんの日やと思う?」
シャオロンが愉快そうな声音でそう尋ねると、「今日?」と聞き返したロボロは首を捻った。すぐに思い当たらない非モテが答えを導き出すのを急かさず待っていると、ロボロは納得したように拳を手のひらに乗せる。
「あぁ、バレンタイン?」
「正解〜!非モテのお前とは無縁のイベントやな」
「やかましいわ」
本日、二月十四日。俗に言うバレンタインデーである。日本では女性が男性へチョコレートを贈る習慣が定着しており、毎年この時期になると至るところにポップが飾られ、色とりどりのチョコレートが所狭しと並べられる。この国では女性がバレンタインを口実に想いを伝える日というイメージが強いため恋愛イベントのようにみえるが、友チョコや義理チョコと称して家族や友人、お世話になっている人に渡す人も多く、色恋に限られない自由な文化だ。
「そんな哀れなロボロくんに俺からプレゼントで〜す!」
シャオロンは背中に回していた手をぱっと前に出すと、得意げに笑ってわざとらしく包みを掲げる。可愛らしいラッピング袋の中には、チョコレート味のカップケーキが入っていた。それを見たロボロが目を輝かせる。
「わざわざ用意してくれたん?」
「せや。一生懸命作ったんやからありがたーく食べろよ」
誇らしげな顔でシャオロンが頷くと、突然ロボロが体をピシッと強ばらせた。石のように硬直している。そして一向に受け取ろうとしない彼は、震える声で問うた。
「……シャオロンの、手作り……?」
「そうやけど」
「…………」
当然の如くそう答えるとロボロは黙り込み、その様子にシャオロンが訝しげな表情を浮かべる。何か声をかけようとしたところで、ロボロが長く息を吐いた。
「……絵斗兄さん、しにがみ姉さん、貴方たちを置いて先に逝く俺をどうか許してください」
「失礼すぎん?」
この場にいない彼の兄とその友人に向けて、祈りを捧げるようにロボロが手を組む。シャオロンはその手に無理矢理カップケーキを押し付けた。
「大丈夫やって!トントンとゾムに監修してもらったから!!」
「えぇ……それならまあ、安心か……?」
遠慮がちに受け取ったロボロが、不安そうに眉尻を下げた。ラッピング袋から取り出したカップケーキを光にかざすようにして、しげしげと見つめる。
「見た目は普通やな……」
「やろ?」
はよ食えや、という圧を隣から感じたらしいロボロが、意を決したようにカップケーキを齧った。怖々と咀嚼する様子を見守りながら、シャオロンは固唾を飲む。
シャオロンは料理がからきし駄目なのだ。本当に救いようがないほど下手で、今までまともに作れた試しがない。炒飯やハンバーグといった不出来と言わざるを得ない料理を友人に食べさせてはその顔を引き攣らせ、友人の腹を壊してきた。その壊滅的な料理の腕前から「炎の料理人」と恐れられている。
経験云々もあるが、そもそも料理の才に恵まれていないのだ。それに気づいて努力を諦めた。人間それぞれ得手不得手はある。
「どう?」
しかし、今回は違う。トントンとゾムの指導のもと慎重に作ったのだから味に間違いはないはず。シャオロンは自信と不安が綯い交ぜになりながら、そっと問う。
すると、その咀嚼のリズムがわずかに狂った。シャオロンが違和感を抱いたのも束の間、ロボロは口元を手のひらで抑える。縋るように伸ばす手に慌ててコップを手渡せば、口の中のものを一気に流し込んだ。
「……しょっっっぱッ!!!!!」
ロボロが耳を劈くような大声を上げ、シャオロンは琥珀の瞳を大きく見開く。激しく咳き込むロボロの背中を摩ってやりながら、一口齧られたカップケーキを凝視した。
「嘘やん!なんで?!」
有り得ない。だって、トントンとゾムに「混ぜ方が豪快すぎる」だの「もっとゆっくり入れろ」だの横から口煩く指示を飛ばされ、文句を言いつつもシャオロンはそれに忠実に応えたのだ。不味くなるはずがない。まぁ、教えを乞うたのは自分なのに途中からうんざりして、多少手元が荒くなっていた自覚はあるが。
ロボロの言う「しょっぱい」理由を、懸命に探す。すると一つだけ思い当たる節があった。瞼の裏に鮮やかに蘇ったのは、真っ白い瓶。
「……塩、入れすぎたんかも」
「塩!?カップケーキに塩なんか入れんやろ」
「いや、ちょっと塩入れたら甘さが際立つってどっかで見たから……」
「適量があるやろアホか!!」
怒鳴るロボロの手首を掴み、シャオロンがカップケーキに横から齧り付く。そして口に入れた瞬間、その思考が止まった。何の味か判別する前に舌の上で広がる強烈な違和感に、これは食べ物なのか、と一瞬だけ真剣に考えてしまう。
見た目は普通のカップケーキであるそれは、炭を齧っているような苦味と妙な塩気が強く主張していた。生地は砂のように乾ききっていて、チョコレートの風味など全く感じない。そのくせ、歯にくっつくようにベタつくのが酷く不快で、噛むたびに何かが間違っていると訴えかけてくる。不自然な甘さと過剰な塩気で、甘いのかしょっぱいのか分からない味だけがやけに残った。
飲み込めないわけではない。ただ、もう一口いこうという気にはなれなかった。
そういえば塩以外にも「これ入れたらうまそう」くらいの感覚で、色々混ぜてしまった気がする。トントンとゾムの意見を聞かず、独断でアレンジを加えたのが駄目だった。なんとか飲み込んだシャオロンは、口に広がる嫌な後味に顔を顰める。
「……なんでこんなパサパサなん?」
「焼きすぎたんやろうな、多分」
この形容しがたい味に対する感想が出てこず、代わりにシャオロンが素朴な疑問を零すと、ロボロが冷静に分析した。ぎこちない動きで食べ進める彼を見つめる。
「ロボロ、残してもええんやで」
「なんで?」
思わず気遣わしげに声を掛けたが、その手は止まらなかった。シャオロンは僅かに眉尻を下げる。
「……無理しとるやろ」
ほんの一瞬だけロボロの動きが鈍る。しかし、何もなかったかのようにもう一口齧った。
「してへん」
ロボロが短く答える。少しだけ、間が空いた気がした。手の中のカップケーキが、少しずつ減っていく。その顔色はどこか優れず、嚥下する度に何かに耐えるように目を伏せていた。やっぱり無理をしている。そう確信した瞬間、胸に鋭い痛みを感じた。良心を針で突かれているような心地だ。罪悪感が波状のように湧き上がってくる。
すると、そんなシャオロンの心情を察したようにロボロが口を開いた。
「シャオロンが俺のために頑張って作ってくれたんやろ」
味わうように、ゆっくりと噛んでいる。
「――ちゃんと食べたいだけ」
はっきりとした口調でそう言うと、ロボロはカップケーキをまた口に含む。
彼のこういう所がどうしようもなく好きだ。健気なほどの誠実さで、いつだってシャオロンに真摯に向き合ってくれる。ド真面目優等生、と揶揄うことも多いが、その実直な誠実さが彼の優しさからくるものだとシャオロンは知っていた。
だからこそ、強い罪悪感に駆られる。ただ、喜んで欲しかった。「やるやん」と褒めて欲しかっただけなのに。
取り繕えず、我慢するような表情を浮かべるロボロを見る度に、シャオロンの胸にちくりと刺すような痛みが走った。
◆ ◆ ◆
リズムを刻む包丁の音やシンクを流れる水音。さらに食器がぶつかる甲高い音やエプロンと三角巾を身にまとった生徒の声も重なり、騒々しさだけが耳に伝わってくる。家庭科室には、溶けたチョコレートの甘い匂いが充満していた。
現在、シャオロンは調理実習の授業中である。本日の課題はバレンタインの時期ということもあり、ブラウニー。 チョコレートとバターを湯煎で溶かし、砂糖や卵を順に混ぜていくだけの比較的穏やかな工程だ。
――もっとも、その穏やかさは二人の料理人によって崩壊するのだが。
「シャオロン、どんな感じや?」
オーブンの中で熱されるブラウニーをシャオロンが真剣な面持ちで見つめていると、頭上から声が降ってきた。琥珀の瞳はブラウニーをしっかりと捉えたまま、口を開く。
「あと十秒」
デジタル表示の数字が、じわじわと減っていく。膨らんでいく黒い塊は、時折ボコッと鈍い音を立てていた。甘い匂いに僅かに焦げた気配が混じり始める。
――ピーッ、ピーッ。
焼き上がりを知らせる、電子音が鳴り響いた。
「できたぞ、シッマ!」
期待で満ちた琥珀を輝かせてシャオロンが顔を上げると、こちらを見下ろすコネシマが「できたか!」と弾んだ声音で白い歯を覗かせた。
空のように澄んだ瞳をもつ彼、コネシマもシャオロンと同じく料理音痴で、鋼の料理人と呼ばれている。シャオロンとコネシマ、どちらの方が料理が上手いのかと度々論争が起こり、料理対決が行われるが結局どんぐりの背比べ。そんな二人がペアを組んでお菓子を作るというものだから、周囲からはチラチラと不安の視線が向けられていた。
本来は四人で一班だが、シャオロンとコネシマ以外の二名が体調不良により本日欠席なのである。あるいは逃げたのかもしれない。真偽は不明だが、いないものは仕方がないのでコネシマと二人で調理実習に取り組んでいる。
「料理人コンビの調子はどう?」
「あ、大先生」
耳元で聞き慣れた声がすると同時に、肩に手を置かれる。シャオロンが振り向くと、既にブラウニーを作り終えたらしい鬱が様子を見に来ていた。
「ちょうど焼きあがったとこや」
自信に満ち溢れたシャオロンとコネシマとは対照的に、鬱の群青の瞳には不安が滲んでいた。そして、三人の視線が一斉にオーブンへ集まる。
「ほな、開けるで」
ゆっくりと、扉が開かれた。むわり、と熱気が流れ出る。甘い匂い――とその奥に潜む、微妙に誤魔化しきれてない何か。
「……」
堂々と鎮座する黒い塊を目にした瞬間、三人は揃えて口を噤んだ。常に騒がしいコネシマでさえも無言である。
型の中には、確かにブラウニー”らしきもの”があった。ただしそれは表面が不自然に盛り上がり、ところどころ裂け、しかも何故か一部だけ沈んでいるという理解を拒む形状をしている。なによりも異質なのは、それがマグマのようにグツグツと煮立っていることだ。ブラウニーから肉を焼いているような音がする。おかしい、何もかも。
「……成功、か?」
「どこがやねん」
コネシマが恐る恐る言えば、鬱が即座に否定する。半目になった鬱は、額に軽く手を当てて小さく溜息をついた。
「バターとチョコが熱いうちに卵入れたやろ」
「え、あかんの?」
「分離するんや。そしたらこうなる」
彼の指し示す先にはオーブンの熱が逃げて多少は落ち着いたはずのブラウニーが、なおもグツグツと不穏な音を立てていた。
「ま、まぁ……味は良いかもしれんし……」
引き攣った笑みを浮かべるシャオロンが、ぎこちない声色で呟いた。もはやブラウニーと呼ぶのも躊躇われる黒い塊を慎重に取り出すと、まだほんのりと湯気が立っているそれを隣の男に押し付ける。
「えっ、僕!?」
毒味係、もとい鬱が悲鳴を上げた。しばらくは口に運ぶのに抵抗を示していたが、じっと見つめる琥珀と空色に気圧されたのか、やがて観念したように息を吐く。
「……」
震える唇へ、そっとブラウニーが近づいていく。一口。鬱はそれを齧り、ゆっくりと咀嚼した。
――次の瞬間、鬱が勢いよく咳き込む。
「……しょっっっっぱッ!!!???」
デジャブだった。慌てて水で流し込む鬱を見ながら、シャオロンはどこか既視感を覚える。
なぜだ。前回の反省を生かして、このブラウニーには余計なものを一切入れなかったのに。訝しげに眉を寄せるシャオロンも、ブラウニーを一口食べてみる。
「――っ!?」
するとシャオロンが、盛大にむせた。激しく咳き込んだ拍子に涙が滲んで視界が揺れる中、どうにか声を絞り出す。
「げほっ、なにこれ……っ」
それを見たコネシマもさらに一口。同じ反応だった。
もはや、しょっぱいという次元ではない。塩とチョコレートを混ぜて焼いたようなものだ。塩気が強すぎて、お菓子よりも刺激物という方が正しいだろう。
「砂糖って甘いんやないんか!?」
「いや塩やろこれ!」
言い争いの最中、シャオロンがぽつりと呟いた。
「……見た目、一緒やん」
一瞬の沈黙が落ちる。ブラウニーに使用されている砂糖のはずだった瓶をコネシマがくるりと回転させた。そこには、”塩”の文字。
「いや、確認せえや」
呆れ返った鬱が言うと、材料一式を持ってきたシャオロンはバツが悪そうに目を逸らした。隣ではコネシマが「俺も全く気付かんかったわ!」と豪快に笑い飛ばしている。
まさか、砂糖と塩を間違えるだなんて。あまりにもベタな失敗に落胆しながら、シャオロンはブラウニーもどきを見下ろす。見た目も味も、どうしようもない。
(……これじゃ、アイツに渡せへんな)
暗然とした心で、エプロンの裾をぎゅっと握り締めた。
「これで一日分の塩分取れそうやな」
「致死量やろ」
コネシマと鬱の軽口が、やけに遠くに聞こえる。バレンタインの時のリベンジとしてロボロに渡すつもりだったが、この出来ではやめておいた方がいい。
会話に加わる気力もないまま、シャオロンがブラウニーをラッピング袋に押し込む。
――そのとき、上機嫌な高い声が耳に飛び込んできた。
「私、天乃くんに渡してみようかなぁ」
「……は?」
「どしたん?」
鬱が不思議そうにシャオロンを覗き込む。しかしそんなことは気にも留めないほど、シャオロンの頭の中は先程の言葉の意味を考えるので手一杯だった。視線はその女子生徒に釘付けになる。
さらりと揺れる長い髪、桜色に色付いた頬、瑞々しい唇。あんなに可憐な女の子が、ロボロにチョコレートを渡そうとしている。その事実に目眩がするほどの衝撃を覚えた。
「……あ、あの子、ロボロにブラウニー渡すって……」
「え、シャオちゃん知らんの?」
てっきり「はぁ!?あんなチビ童貞に渡すなんて見る目ないわ!!」と怒鳴り散らかすのだと思っていた鬱は、意外にも落ち着いた様子で答えた。
「アイツ、ピアノ弾けるし音楽方面強いやん?合唱コンクール近いから頼られることが増えて、かっこいいって女子の間で噂になってるらしいで」
「おぉ!ついにロボロにもモテ期か」
「癪やわ〜。ちょっとピアノが弾けるからってなんやねん」
鬱が忌々しげな表情で、悪態をつく。しかし、シャオロンは悩ましいまでに柔らかい、彼女の恍惚とした表情から目が離せなかった。波に吠える犬のようにやきもきする。
ざわざわと毛が逆撫でされるような感覚が、ひどく不快だった。
◆ ◆ ◆
「はぁ……」
シャオロンが机に上半身をだらりと預け、力なく伏せていた。抱え込んだ小さな包みをぼんやりと眺めながら、重々しい溜息を吐く。
――さっきから何度も蘇るのは、家庭科室から教室までの通り道で目にした光景だ。
コネシマと鬱と連れ立って廊下を歩いていると、なにやら甲高い叫び声が聞こえてきた。何事かと目を向ければそこには人集りができており、中心にはロボロが立っている。大勢の女子生徒に囲まれた恋人が、困ったような笑みを浮かべていた。
その群衆の大半がチョコレートを握りしめているのに気づくと、シャオロンは表情を曇らせる。
「これ、コーヒー入りなんだけど良かったら……」
頬を赤らめた女子生徒の一人が、可愛らしくラッピングされたそれを差し出した。
(……ロボロは甘党やから、苦いの苦手やし)
シャオロンが心の中で意味もなく張り合う。子供じみた独占欲を抱いている自分がいた。ロボロが笑っている。あんな風に、誰にでも。胸の奥がきゅっと縮んで、思わず顔を歪める。
その瞬間、マゼンダの瞳がシャオロンを捉えた。
「――」
視線がかち合って、慌てて目を逸らす。流石に露骨すぎただろうか。若干の後悔を抱きつつも、ロボロの方をもう一度見る勇気はなかった。
知らないふりを決め込んで、早足で通り過ぎる。呼び止めてはこなかった。しかし、目を逸らしても先程の光景が焼き付いたように消えない。チョコレートを渡す女の子も、それを嬉しそうに受け取るロボロも気に入らなかった。
「……アホ」
胃のあたりが、じわじわ重くなる。シャオロンは机に頬を押し付けたまま、ブラウニーを指先でなぞった。そのとき、ふいに視界が陰る。
「シャオロン」
のっそりと顔を上げると、クラスメイトの一人がこちらを覗き込んでいた。口元には、愉悦の滲んだ笑み。
「それが噂の”殺人ブラウニー”?」
「しばくぞ」
不名誉すぎる呼び名だが、あながち間違いでもない。前の椅子に腰掛けたクラスメイトが、ブラウニーを指差す。
「一口くれよ」
クラスメイトは好奇心を隠そうともしない表情で、身を乗り出した。半ば、否、完全に面白がっているのが見え透いたその態度にシャオロンは呆れ顔になる。
「まぁええけど……」
気乗りしないまま袋からブラウニーを取り出すと、クラスメイトが既に口を開けて待っていた。苦笑を零しながら、シャオロンはその口元へブラウニーを近づける。
――そして、目の前の男がかぶりつこうとした。その瞬間。
――ガシッ。
「……えっ?」
横から、誰かに手首を掴まれた。
はっとして顔を上げれば、冷ややかなマゼンダの瞳がこちらを見下ろしている。いるはずのない人物に、シャオロンは一瞬言葉を失う。その隙を突くように、手首を握る力が強まった。
冷酷そのもののような無表情からは、なんの感情も読み取れない。強いて言うなら、苛立っているように感じた。
ロボロはそのまま、シャオロンを強引に引っ張り立たせると引き摺るように歩き出す。転びかけて、シャオロンは咄嗟に足を踏み出した。
シャオロンの腕を強く掴んだまま、ロボロが廊下をぐんぐんと大股で進んでいく。
「ロ、ロボロ!?」
背中に声を投げても、その歩みは止まらない。
ロボロは空き教室の扉を乱暴に開けると、腕を引きシャオロンを中へ引き摺り込んだ。たたらを踏んだ次の瞬間、シャオロンの肩が壁に押し付けられる。近すぎる上、逃げ場がない。普段とは明らかに異なるロボロの様子に、シャオロンの琥珀の瞳が困惑で揺れた。
「ちょっ、どうし……んっ」
しかし口を開いた途端、それを塞がれる。シャオロンが両の眼を見開いた。
抗議の声もお構いなしに、唇を割って舌が入り込んでくる。上顎をなぞられ、ふるりと体を震わせると弄ぶように舌を絡みとられた。じゅう、と舌を吸われて、甘い痺れに目の奥が熱くなる。
「……っ、ろぼ、」
湿った水音が鼓膜を震わせる。ロボロの肩を掴んで引き剥がそうとするものの、その手に全く力が入らない。足腰が抜けて崩れ落ちそうになった腰を掴まれると、ぐいっと抱き寄せられた。口付けがさらに深くなる。
「ふ、ぁ……は…ッんん、」
上手く息が吸えず、酸欠で頭がくらくらする。咥内を舌でしつこいくらいに乱され、どちらのものか分からない唾液が口端から垂れ落ちた。シャオロンがロボロの胸元を訴えるように叩くと、ようやくその唇が離れていく。
「……ッぷは、いき、もたへん……!」
「んふ、ヘタクソ」
喘ぐように肩で息をするシャオロンを見て、ロボロの艶やかな唇が緩りと弧を描いた。熱が冷めやらず、紅潮した顔でシャオロンが睨み付ける。
「な、なんやねん急に!」
潤んだ瞳で眉を吊り上げるシャオロンを見たロボロは深い溜息をつくと、暗い声で言った。
「……付き合ったときに言ったはずやで、シャオロン」
細い指がするり、とシャオロンの指を絡めとった。ロボロは繋いだ手をゆっくりと自分の方へ引き寄せると、その指に軽く口付ける。柔らかい感触が薬指に伝わって、触れている部分が熱を帯びているみたいだった。
「俺の全部をお前にあげる。その代わり、お前も頭のてっぺんからつま先、髪の毛の一本まで俺のもんやって」
こちらを真っ直ぐに見据える真剣なマゼンダから目が離せない。冷たいほどの美しさをたたえる宝石のような瞳に、シャオロンは魅了された。
「なぁ、シャオロン」
大樹のように静謐な低音が、深く響く。
「――お前は誰のもんや?」
吸い込まれるようなマゼンダの眼差しに、息が詰まった。その激しいプレッシャーに胸が早鐘を打つ。間違えてはならないという緊張の中、シャオロンはなんとか声を絞り出した。
「……ッロ、ロボロ……」
「やんな?」
掠れた声で答えると、念を押すように言い聞かせられる。すると苦虫を噛み潰したような表情のロボロが、吐き捨てるように言った。
「なら、”それ”も俺のもんやろ。なに勝手に他の男にあげてんの?」
ロボロが小さな包みを指差す。その中には見慣れたブラウニーが入っており、”それ”とはシャオロンが調理実習で作ったお菓子のことを指しているようだ。慌てて背中に隠すと、それを咎めるようにマゼンダがすうっと細まった。
「……こ、これは失敗作で……砂糖と塩を間違えてもうたからめっちゃしょっぱいねん……」
「でも、あーんまでして甲斐甲斐しく食べさせてやってたよな?俺の見間違い?」
「ア、アイツが食べてみたいって言うから……それにお前は他の女の子からいっぱい貰っとるやろ。律儀に全部受け取ってるし、わざわざ不味いやつ渡すのも悪いなって……」
目を泳がせながら、しどろもどろに弁明する。しかしそんなシャオロンを見上げて、マゼンダの瞳はより一層鋭くなった。その視線に耐えられず、目を逸らす。
「……だから浮気したんや?」
「なっ、浮気ちゃうやろ!」
「浮気や」
ロボロがピシャリと冷淡に言い切る。その態度に釈然とせず、シャオロンは頬を膨らませた。バレンタインの時、苦しそうにカップケーキを押し込む姿に罪悪感を感じてシャオロンなりに気遣っただけなのに。そう思うと、ふつふつと怒りのようなものが湧き上がるのを感じた。
「……ロボロやって、女の子からチョコ貰ってデレデレしてたくせに」
「はぁ?してへんわ」
「してましたぁ」
シャオロンがいじけて、ふいっと顔を背けた。思い出すと胸の奥がざらついて、その感覚がどうしようもなく不快だ。明らさまに拗ねたような態度をとっていると、それを見たロボロが心做しか嬉しそうな声音で呟く。
「……もしかして嫉妬してる?」
「してへん」
「んふっ、してるやん。心配せんでええよ、俺が興味あるのお前だけやから」
そっと、ロボロに視線を移す。その愉快そうな表情が、いっそ憎たらしく思えてきた。それと同時に「興味があるのはシャオロンだけ」と言い切るロボロに、ほのかに優越感を抱く。渦巻いていた黒い霧が晴れていくような気分だった。
つい上がりそうになる口角を堪えていると、繋いだままの手にぎゅっと力が込められる。穏やかなマゼンダがこちらを見つめていた。
「ね、それ俺にちょうだい?」
「……嫌や」
「なんで?」
「美味しくないんだってば」
そう言ってシャオロンが唇を尖らせると、ロボロは小さく笑い声を零した。優しげに目尻を下げ、愛おしいものを見るような笑みを浮かべている。
「味はどうでもええよ。俺はシャオロンが作ったやつが欲しい」
砂糖を溶かしたように甘ったるい声色だった。なんだかこそばゆくてシャオロンは目を伏せる。
「…………まずいって吐いても、知らんからな」
ぶっきらぼうに呟いて、包みをぐいっと押し付けた。それを受け取る拍子に、ずっと繋いでいた手のひらの温もりが名残惜しそうに離れていく。それが少し寂しくて、胸に穴が空いたような気持ちになった。ロボロが包みからブラウニーを取り出して、手に持つ。
「……」
しかし口に運ばず、それをじっと見つめる。すると何を思ったのか、シャオロンへおもむろに差し出した。
「食べさせて」
「……自分で食えや」
「食べさせて」
絶対に譲らないという強い意志を感じて、シャオロンも負けじとマゼンダの瞳を見つめ返す。無言の攻防の末、とうとう折れたシャオロンが渋々といった様子でブラウニーを受け取った。
左手で受け皿を作り、ブラウニーを持った手をロボロの口元へ運ぶ。ロボロはその手首を優しく掴むと、ブラウニーに齧り付いた。ゆっくりと咀嚼する。
「……ふっ、しょっぱ」
「だから言うたやん!!」
眉を寄せたロボロにシャオロンが叫ぶ。もはや塩を食べているようなものだろう。不服そうにシャオロンが睨むと、ロボロはたまらずといったように笑い声を上げた。
「俺は好きやで」
柔らかい笑みを浮かべ、ロボロが穏やかな声音で言う。すると、じんわりと胸に温かいものが広がるのが分かった。見た目や味が未熟でも、ロボロが好きだと言ってくれるだけでシャオロンは満足してしまう。
「……チョコ、ついとるで」
「えっ、どこ?」
あどけない表情でこちらを見つめるロボロにシャオロンが顔を近づける。頬に軽く手を添えると、滑らかな肌にそっと唇をくっ付けた。そのまま、舌でぺろりと舐めとる。
「ここ」
そう言ってシャオロンが得意げに笑えば、その真っ白な肌が途端に朱に染まった。耳の付け根まで真っ赤なのが愛おしい。赤面した顔で「ずるいわ……」と弱々しく呟いたロボロに、シャオロンが楽しそうに笑い声を零す。
口の中で溶けるチョコレートは、さっき食べたときよりもずっと甘く感じた。
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ハッピーバレンタイン!!(なお現在四月)
sha「……お前って俺のもんなん?」
rbr「せやで」
sha「……あっそ」
rbr (女の子からチョコ貰わんといて、って素直に言えばええのに)
コメント
7件
はーーーー学パロマブダチ最高すぎデス👶🏻👶🏻👶🏻🩷🩷良ければ仲良くしたいです🎶💘
ツンデレshoも独占欲強いrbrも良いですね! 好きです これからも頑張ってください!
あなたのかくマブダチに惚れました。応援してます!
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