「わかりました。私、リビングに居るので何かあったらすぐ呼んでくださいね?」
あれっ?桜って、いつも可愛らしいイメージだったけど。
ちょっと抜けているところがあったり、面白いところがあったり……。
こんなに頼りになる子だったんだ。
いや、俺が今熱を出した子どもみたいだからか?
違う。何も知識とか経験がない子だったらこんなことできないだろうし。
今近くに桜が居てくれることがとても心強かった。
目を閉じる。
気分が悪い。嫌な夢を見なければいいんだけど。
…・~…・
<なぁ、水瀬ってあんな顔してゲイなんだって?>
昔の記憶か。
夢の中だろう、高校の廊下に俺は一人で立っていた。
同級生が俺のことについて話しているのが聞こえてくる。
<えー。マジかよ。気持ち悪っ。てか、お前体育の授業の時、あいつとペアだろ?身体とか触られてないのかよ?>
そんなことするわけがない。
否定をしたいが、声を出したくても出せない。
<そういえば……。妙にボディタッチが多かったような気が……>
違う!そんなことしてない!
二人の会話に割って入ろうとするが、夢だからだろう。
相手には何も聞こえていない。
<この後、体育の授業じゃん。なんか嫌だなー。あっ、あいつのジャージ、隠そうぜ!そうすれば参加しないだろ?>
<マジかよ?俺、知らないからなー>
一人の同級生が俺のロッカーからジャージを取り出そうとしている。
おい、止めろよ!
声は届かない。
<あっ、ていうかゴミステーション持ってこうぜ?下手なところに隠して虐めだって思われても困るし、捨てちゃえばわからないよな?>
<ひでーな。俺は知らないふりするからな>
彼らは、笑いながら俺のジャージを持って行こうとしている。
…・~…・
「止めろ!!」
自分の声でハッと目が覚めた。
久し振りだな、こんなに夢見が悪いの。
額から汗が流れる。
上半身を起こす。
はぁ、はぁと呼吸が乱れる。
苦しい……。
胸を抑える。
自然と涙も流れていた。
その時ーー。
「蒼さん、大丈夫ですか!?」
桜が部屋に入ってきた。
リビングまで声、届いちゃったか。
「ちょっとだけ電気をつけますね?」
こんな姿、見られたくない。
「はぁ……はっ、大丈夫だから……。ほっといて」
今はこれくらいの言葉しか伝えられない。
「全然大丈夫じゃないじゃないですか!放っておけるわけありません!」
彼女は俺の背中をさすってくれた。
「ゆっくり深呼吸してください」
ゆっくり、ゆっくり……。そう優しく声をかけてくれる彼女に合わせて呼吸をする。しばらくすると落ち着いてきた。
「ありがとう」
声も出せる。
「私、タオル持って来ますね?」
俺の汗と涙を見て、そう気を遣ってくれたんだろう。彼女が離れようとした。
しかしーー。
彼女の腕を掴み、引き止める。
「もうちょっと、近くに居て?」
あぁ、何てことを言っているんだろうな。
やっぱり大丈夫だと伝えようとした瞬間、桜に抱きしめられた。
そして頭を撫でられる。
「……!?」
「私はここに居ますから。たまにはよしよしさせて下さい。私は、蒼さんに頭を撫でられるのが大好きで。こうやってもらえると落ち着くんです。蒼さんは……。やっぱり嫌ですか?」
「嫌じゃない……。けど、恥ずかしいな」
恥ずかしいと伝えておきながら、俺は彼女を抱きしめ返していた。
どのくらいこうしていたんだろう。
呼吸も落ち着き、不快感がなくなった。
「ありがとう。本当に大丈夫だから」
俺の声を聞き「はい」返事をし、彼女は俺から離れた。
「タオルと……。飲み物持ってきます」
涙は止まったが、額には汗が残っている。
「ごめん。桜のパジャマ、汚しちゃったな」
抱きしめてくれた時、濡らしてしまった。
「前に私も蒼さんに抱きしめてもらって、同じこと言いました。そんなこと気になりませんから」
そう笑い、部屋から出て行こうとした。
「桜、蘭子さんからどこまで聞いてる?」
また同じような発作が起こるかもしれない。過去について話しておいた方が良いかもしれないな。
「えっと、蒼さんが具合が悪くなって帰るからよろしくねって。ただ、それだけです。あっ、熱はないからって後から連絡をくれました」
詳しいことは話してないのか。
「俺もリビングに行く。前に俺の過去について話すって言ったけど……。聞いてくれる?」
「はい。蒼さんが話してくれるのなら。でも大丈夫ですか?まだ具合悪そうですし、今度でも……」
彼女は心配そうに俺を見つめた。
「大丈夫だと思う。桜に聞いてほしいから」
自分のことを知ってほしいと思うのは初めてだった。
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