ティナ達がドルワの里で大騒ぎしてフェル達が地球の文化について盛大な勘違いをしている頃、ハロン神殿の最奥にある女王セレスティナのプライベート空間。最奥と呼ばれているが、実態は裏庭のようなものである。
豊かな自然を有する庭園となっており、外縁には草木が青々と生い茂り中心には様々な種類の花が咲き誇る花畑が広がる。庭園そのものは専用の機械や職人が手入れを行っているが、この美しい花畑だけはセレスティナ女王自らが手入れを施しておりその美しい景観を保っている。
女王としては、この美しい庭園を民にも広く解放したいと言う想いがある。しかし、アード人にとって神に等しい存在であるセレスティナ女王のプライベート空間に立ち入る等畏れ多いと実現していない。
セレスティナ女王は今日も丹精込めた花畑の中心に設置された安楽椅子に座り、静かに目を閉じていた。意識を集中させ、まるで星全体を俯瞰するように見つめるその姿は、民を見守る聖母のように慈愛に満ちていた。
いつものように過ごしていた女王の日常に変化が訪れたのは、正午を過ぎた辺りである。ハロン神殿ではティリス主催の会談が始まった頃であり、ガーデニングドローンが定期的なメンテナンスに入り庭園にはドローンすら存在しない時間帯。
セレスティナ女王が静かに目を開くと、側に掌サイズの青色の光球が漂っていた。
『お久しぶりです、セレスティナ女王陛下』
光球から機械音の混じった女性の声が発せられる。セレスティナは特に驚いた様子もなく、光球へ視線を移した。
『ティナと共に地球へ赴き、可能な限りのデータを収集。更に地球人とティナ達の交流を側で観察しました。結論から申し上げれば、地球との交流はアードに計り知れない利をもたらす可能性があります。
しかしながら地球人の攻撃的な性質と貧欲とも言える知的好奇心は交流を困難なものとし、同時に危険を伴うものとなります』
光球、アリアの報告をセレスティナは静かに聞いている。
『地球産の食物の効果は既にドルワの里で証明されました。本格的な交易が開始されて流通が進めば、アードの人口問題は劇的に改善するでしょう。
ただ、効果が強すぎて無秩序に放置すれば人口爆発を引き起こす危険性もあり、流通量の制限と規制は必要になります。その際は女王陛下のご意志であると公表することで、アードの民は新たな規範を受け入れるでしょう』
セレスティナは静かに頷く。
『今後もティナを中心として交流を進めていく予定ですが、センチネルの動きも懸念事項です。奴等の活動範囲は不明ですが、明らかにセンチネルが仕込んだと思われる彗星爆弾が地球へ向けて飛来しました。
偶然である可能性もありますが、奴等の活動範囲は銀河全体に及ぶ可能性があります』
「……。」
『また、一部の地球人により物心両面でティナ達が危険に曝されました。今現在実害はありませんし、速やかに報復を行いましたので大事には至りませんでした。
しかし地球の歴史を調査する限り、彼らは時に圧倒的な上位存在に対して自分達が優位であると過信し、牙を剥くことがあると結論付けました。つまり、今後もティナ達に害意を向ける地球人が現れる可能性は極めて高いのです』
「……。」
『私はシステム面からティナを守ることは出来ますが、物理的に守ることは現状出来ません。これは私自身の存在意義を充分に発揮できていないことを意味しています。特に、前回の訪問の最中ティナに怪我を負わせてしまいました。一つでも間違えば大惨事を引き起こす可能性もあり、ティナの衝動的な行動を制御するためにも外部デバイス。肉体の確保は必須と言えます』
AIが発展しているアードでは、当然ながら高性能AIを搭載したアンドロイドも多数が普及している。特に最新型のアンドロイドは特殊な繊維を使用して、最早外見だけではアード人と変わらぬ容姿を手に入れるに至った。
これらのアンドロイドは主に宇宙ステーションで活用されており、名目上は宇宙開発局が管理している。
話を戻そう。つまりアリアはティナの突飛な行動に対応するためにはシステム面だけでなく、物理的にも支援する必要性を強く痛感し、その為のアンドロイドとしての外部デバイスを所望しているのである。
彼女は他のAIと分離された特別な存在であり、アリアに対する決定権はセレスティナ女王のみが有している。
「……このままでは、危険と判断したのですね」
アリアの切実な訴えを聞いたセレスティナは静かに口を開いた。その優しげな声は聞く者に安心感を与える。普段はテレパシーを用いる彼女が直接言葉を発するのは非常に珍しいことである。
『はい、女王陛下。このままでは何れ命を落とす可能性もあります。アンドロイドの身体があれば、サポート出来る幅が広がりますので危険度を下げることが可能です』
「……直ぐに、と言うわけにはいきませんが、貴女の身体を用意するよう……ティアンナに伝えましょう」
『ありがとうございます、女王陛下。優先順位を高めにしていただけるよう、私からもお願いしてみます』
「……貴女の想いは必ずティアンナに伝わります。最優先で取りかかってくれることでしょう。これからも、あの娘を宜しくお願いします」
『ティナをサポートするのが私の存在意義です、女王陛下。お任せください』
言葉を交わした後、再びセレスティナは目を閉じて、アリアは一礼するように動いた後その場を離れた。
『例の異端が帰ってきただと?』
『事を起こすならば早い方がいい。族長の指示を待っていては好機を逃す結果になる』
『ああ。事を成したら自害するぞ。我らの首を差し出せばアード側とて無体にはしないだろう。直ぐに取り掛かるぞ』
一部のリーフ人達の良からぬ企みが聞こえたセレスティナは小さく溜め息を吐き。
『ザッカル局長、ステーションを封鎖しなさい。フェラルーシアを降ろしてはいけません。ティリス、良からぬ動きがあります。彼女をアードへ降ろさぬよう』
二人にテレパシーを送り、再び目を開けて、懐から出した小さな端末に写し出されたホログラムを眺める。
「これも運命なのでしょうか……」
そこには銀の髪を腰まで伸ばした二対の翼を持つセレスティナと、金の髪を伸ばした二対の羽を持つ女性が写し出されていた。止まっていたアードの時間が、少しずつ動き始めていた。
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