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赤(女)×白(男)
世界が終わる前に君と恋をする
春の風が、桜の花をちらちらと散らしている。
制服のスカートがふわりと揺れて、私は立ち止まった。
校舎の向こうで、誰かが手を振っていた。
黒髪に白いイヤホン、少し猫背の背中。
──初兎くんだ。
「あっ、りうらちゃんやん。はよ来ぃやー、昼休み終わってまうで?」
関西弁が心地よく耳に届く。
彼の隣に立つと、ほんの少し見上げるくらいの身長差があって、私はそれを意識しないふりをした。
「今日はさ、昼休み、一緒に中庭行こうって言ったじゃん」
「言うたけど、まさかホンマに来てくれるとは思わんかったわ」
「え、失礼じゃない?」
「ちゃうちゃう、うれしいって意味やんか。……こうやって会えるの、あと何回あるか分からへんしな」
その言葉に、胸の奥がチクリと痛んだ。
この世界には、今、カウントダウンが刻まれている。
半年前、世界は“終わり”を宣告された。
政府が発表したその言葉は、あまりに唐突で、あまりに現実離れしていて、私たちは笑うしかなかった。
「地球の自転が止まり始めています。おそらく、あと約半年で、この星の生命活動は完全に終わります」
それは冗談ではなかった。少しずつ空が変わり、重力が不安定になり、四季は乱れ、天気は狂った。
大人たちは必死で対策を講じたけど、どうすることもできなかった。
残されたのは、あと数週間の命。
「りうらちゃん、どうする? もしホンマに終わるなら、最後に何したい?」
そう聞かれたのは、1か月前の放課後だった。
その日、私は空を見上げながら、こう答えた。
「……後悔しない恋がしたい」
初兎くんは、クラスでちょっと浮いてる存在だった。
冗談をよく言うけど、目の奥はどこか寂しそうで、誰とも距離を縮めようとしなかった。
だけど私は知っていた。彼がこっそり、保健室の屋上で星を見ていること。
彼が夜にひとり、校舎裏でバイオリンを弾いていること。
そして、私のことをよく見ていたことも。
「──初兎くん。私さ、好きな人がいるの」
そう言ったのは、終わりが近づくこの世界で、私にできる唯一の勇気だった。
「え、うそやん。誰なん? もしかして俺とか……って、そんなことあるわけな──」
「……あんた、だよ」
「……へ?」
風が止まったような気がした。
桜の花びらが、ゆっくりと落ちて、私たちの間に舞った。
「この世界が終わる前に、君と恋をしたい」
恋人らしいことは、あまりしてない。
手を繋ぐのも、ぎこちなくて、初兎くんはすぐ手汗かくし。
キスなんて、とてもとても。
でも、誰よりもそばにいて、たくさん話をして、よく笑った。
教室の窓際で、本を読んでる私にこっそり飴玉を渡してくれる。
帰り道、自転車を押しながら、くだらない歌をうたう。
「なあ、りうらちゃん」
「ん?」
「俺な、ずっと誰にも好かれへんと思ってたんや。でも今、めっちゃ幸せやわ」
その言葉だけで、私は何度でもこの世界を愛せる気がした。
終わりの日は、あまりにも穏やかに訪れた。
空は蒼く澄んで、鳥の声が静かに響いて、風はやさしかった。
「りうらちゃん、来てくれてありがとうな」
「バカ。約束したじゃん。……絶対、一緒にいるって」
彼の手を握った。温かかった。震えていたのは、私のほうだった。
「最後に、一個だけ、言っていい?」
「なに?」
「……うち、ほんまに、りうらちゃんのことが好きや」
涙があふれた。
「……あたしも。ううん、あたしのほうが、何倍も、好きだよ」
終わりの光が、世界を包み込む。
ああ、こんなにも、美しい最期があるなんて。
キスは、しなかった。
その代わり、ぎゅっと手を握ったまま、私たちは目を閉じた。
「またな」
「うん。また、どこかで」
──そのあと、奇跡が起きた。
世界は終わらなかった。
人類は、新たなエネルギーを見つけて、地球の回転を再起動させたらしい。
何がどうしてそうなったか、正直よくわからない。でも、生き延びた。
ただし、代償はあった。
“あの日”、眠るように意識を失った人の一部は、記憶を失っていた。
──初兎くんも、その一人だった。
「……はじめまして、やんな?」
「……うん。はじめまして」
教室のドアを開けて入ってきた彼は、私を見て少しだけ首をかしげていた。
でも、私は知っている。
彼の癖。関西弁のイントネーション。髪の撫で方。
きっと、また好きになる。
この世界が終わらなかった奇跡の先で、私はまた恋をする。
──この世界が終わる前に、君と恋をした。
それは、この世界が続いていく理由になった
コメント
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赤白ぉおお尊いぜえええ☆ 恋応援するぞおお()