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登場人物
結城 陽翔(ゆうき はると)
幼馴染の男子。表向きは明るく社交的だが、家族に関わる大きな秘密を抱えている。
桜井 美咲(さくらい みさき)
幼馴染の女子。陽翔とは幼い頃から一緒に育ったが、彼に言えない過去がある。
霧島 涼(きりしま りょう)
謎の転校生。どこか影のあるミステリアスな雰囲気。突然現れた理由も謎に包まれている。
それではどうぞ
「霧のような少年」
教室の空気が、午前の陽に照らされてほんの少し浮ついていた。
担任が口を開く。
「今日からこのクラスに、新しい仲間が加わります。」
その瞬間、ざわり、と空気が揺れた。
「霧島 涼くん、入ってきて。」
扉が静かに開いた。
ゆっくりと、一人の少年が教室に足を踏み入れる。
黒髪は少し長めで、目元の陰がやけに深い。制服の着こなしは乱れていないのに、どこか“まとも”じゃない雰囲気をまとっていた。
「霧島 涼です。よろしくお願いします。」
それだけ。無表情。だけど、妙に通る低い声。
その声が、美咲の首筋を撫でて、ぞくりとさせた。
「じゃあ、霧島くん、あそこの――」
先生の言葉にかぶせるように、涼が口を開いた。
「できれば…あの席がいいです。」
指差したのは、陽翔の隣の空席。
教室が一瞬静まる。
なぜそこなのか。誰もが疑問を抱いたが、涼の表情には“知っている”者特有の確信めいたものが浮かんでいた。
陽翔が少し目を細めたのを、美咲は見逃さなかった。
(知り合い…? いや、そんなはずは…)
「いいわよ。じゃあ霧島くん、あの席に」
涼が歩く。通り過ぎざま、彼の瞳が一瞬、美咲の視線を捉えた。
何かが引っかかった。
目が合った、はずだった。なのに、まるで“彼に見透かされた”ような気がして、美咲は思わず目をそらした。
彼が教室に来た瞬間から、空気の色が変わった。
それは、嵐の前の静けさのようで、その中心にいるのが、霧島 涼だった。
昼休み。教室のざわめきから逃げるようにして、美咲は屋上への階段を上っていた。
「誰も来ないところ、やっと見つけたと思ったのに。」
声がした。振り返ると、フェンス際に座り込んでいるのは――霧島 涼。
「……あんた、何でここに?」
「あんた?」
涼はわずかに笑った。けれど、その笑みには体温がなかった。
「昨日、案内してくれたの、あんたでしょ。桜井 美咲」
(いつ、私の名前を……)
「監視カメラでもついてんの? 気持ち悪い」
美咲の棘ある言葉にも、涼は眉ひとつ動かさなかった。
「俺、人の“顔”を読むのが得意でね。特に、嘘つきの顔。」
その瞬間、美咲の背中がひやりと冷えた。
「……あんたに言われる筋合いないし」
「そっか。じゃあ、俺のことも見抜いてみれば?」
そのやりとりの最中、鉄扉が開いた。
「――おい、美咲!」
陽翔が顔を出した。視線が涼に向かうと、一瞬で表情が硬くなる。
「あんた…またいたのか」
「また?」
「この前も、美咲に変な絡み方してただろ。やめろよ」
涼は立ち上がり、陽翔にゆっくりと近づいた。至近距離で言う。
「“また”ってことは…気にしてるんだ、美咲のこと」
陽翔のこめかみにピクッと血管が浮かぶ。
「お前さ、初日からいちいち癪に障る奴だな」
「君こそ。仲良しアピールがうるさい」
言葉の剣がぶつかり、火花が散った。
けれど、美咲にはわかった。
このふたりの衝突は“偶然”じゃない。
――初めから、誰かが仕組んでいたような。
そしてその「誰か」は、涼自身かもしれない。
「……面白くなりそうだね、この学校」
涼がふと笑った。
その笑みは――闇を知ってる人間の笑みだった。
ある日の放課後の図書室。
美咲は誰もいない奥の窓辺で、ひとりノートを開いていた。
それは、彼女にとって“日記”のようなもの。
誰にも話せないあの日のこと。
彼女が、あの事故の現場に居合わせていたこと――
そして、陽翔の父が何をしていたのかを“知ってしまった”ことを、誰にも言えずに綴っていた。
そこに、影が落ちる。
「……それ、読むつもりはなかったんだけどさ」
低い声。霧島 涼。
「!! ……いつからそこに――」
美咲は慌ててノートを閉じたが、もう遅かった。
涼はじっと、彼女の目を見つめていた。
「“陽翔にだけは知られたくない”。そう書いてあったね」
「……読んでないって、言ったくせに」
「嘘は嫌いなんだよ。俺」
その言葉の意味を、美咲は痛いほど理解していた。
「陽翔の父親、あの日何があったのか――君は知ってる。で、それを隠してる。陽翔に“守られる”ために」
美咲の手が震える。
「それを言うつもり? 陽翔に…?」
「さぁ、どうかな」
涼はふっと視線を逸らした。
「でも、俺はそういう“欺瞞”が嫌いなだけ。だから正直に生きてる人間を見ると、ちょっと……興味が湧くんだ」
その数日後――屋上にて。
「おい、霧島」
陽翔が涼を睨みつけていた。
「お前、最近……美咲に何吹き込んでんだ?」
「別に。事実を言っただけだよ」
「“あいつに近づくな”って、言ったよな」
涼は挑発するように笑った。
「近づいてるのは、どっちだろ。美咲の“過去”を、君はどこまで知ってるんだろうね」
その一言で、陽翔の表情が変わった。
「お前……何を知ってる」
「さぁ。陽翔くんがどれだけ“鈍感”か、ちょっと見てみたくて」
陽翔は涼の胸倉をつかんだ。
「ふざけんなよ……! 俺たちのことに、土足で踏み込むな!」
「君たちの“こと”? それ、全部“幻想”じゃないか?」
涼の冷たい声に、陽翔は拳を握りしめたが、殴ることはしなかった。
涼が微笑んだ。
「人って、自分の一番大事なものを守るために、嘘つくんだよ。君も、美咲も」
「お前に、俺たちの何が分かる……」
「分からないさ。でも、暴くことはできる」
その日から、陽翔と涼の関係は完全に壊れた。
表面上は静かでも、睨み合い、探り合い、言葉の奥に毒が潜むような、静かな戦争。
そして美咲は――ふたりの狭間で、沈黙を守るしかなかった。