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「境界線の崩壊」
夕暮れの教室。
残っているのは、陽翔と涼だけだった。
「お前さ――何がしたいんだよ」
陽翔の声は低く、でも明らかに怒りを含んでいた。
涼は窓際にもたれ、街を見下ろしたまま答えた。
「別に。真実を知ってほしいだけ」
「誰に?」
「君に、そして――美咲に」
陽翔は机を拳で叩いた。
「お前にとって“真実”ってなんだよ。他人の傷をえぐって、楽しんでるだけじゃねぇのか?」
涼の笑みが、少し歪む。
「傷を隠して“仲良しごっこ”してる方が、よっぽど醜いと思わない?」
陽翔の拳が、机を滑って涼の胸を突いた。
そのまま、襟首をつかみ上げる。
「二度と美咲に近づくな。――壊したいだけなんだろ、お前は」
「……君のほうこそ。壊れるのが怖いんだろ?大切な“絆”とか、“思い出”とかさ」
涼は、わざと挑発するように目を細めた。
「でもね、陽翔。君の父親がしたことを、美咲は全部知ってる。そのことを――君は、知らなかった」
その言葉で、陽翔の目から光が消えた。
「……お前、何を言ってる?」
「まさか、彼女が“加害者側”だったって、気づいてなかったの?」
ガシャン。
陽翔の拳が涼の頬を打ち、椅子が倒れ、教室に鋭い音が響いた。
「……ふざけんな……っ!!」
涼は口元の血を拭いながら、笑っていた。
「怒れば怒るほど、本当のことに近づく。……そういう顔を、俺は見たかったんだよ。」
「てめぇ……!」
「もっと壊れろよ、陽翔。君の大切な“絆”も、君自身も」
放課後の旧校舎。
人の気配のない空き教室に、怒声が響いた。
「お前、何様のつもりだよ――!」
陽翔が涼の胸を突いた。
「なんで毎回、美咲のことに首突っ込んでくんだよ!? お前に関係ないだろ!」
「関係ない? 君が“見て見ぬふり”してる間に、俺はちゃんと見てきたんだよ。彼女の本当の顔を」
「“本当の顔”? お前が勝手に歪めてるだけだろ!」
涼はひるまなかった。目を真っ直ぐ陽翔に向けた。
「じゃあ訊くけど。君は、美咲が自分のせいで苦しんでるって気づいてた?」
陽翔が言葉に詰まる。
「彼女は君に嘘をついてる。…でもそれは、君を守るためじゃない。自分の“罪悪感”から逃げるためだ」
「言うな!!」陽翔が怒鳴った。
「全部、お前がねじ曲げてんだろ……! 美咲を“壊そうとしてる”のは、どっちだよ!」
「壊れてるのに、壊れてないフリをさせてるのは、君だよ。陽翔」
その瞬間だった。
「――やめて!!!」
ドアが開き、息を切らした美咲が駆け込んできた。
「もう……やめてよ……お願いだから……」
ふたりの視線が、美咲に向く。
「私のことで、争わないで……。私が何も言えなかったのは、全部――私の弱さだから」
美咲の手が震えていた。
「涼、あなたが言ってることは……間違ってない。でも、それを言われるたびに私は、自分がただの“罪”でしかない気がして苦しくなるの」
涼の表情が一瞬だけ揺らいだ。
「……それでも、黙ってるよりはマシだと思った」
「陽翔――」
美咲が振り向く。
「あなたに真実を話せなかったのは、怖かったから。あなたを失うのが、怖くて……逃げてた。でも、それを“信じてくれたこと”まで否定しないで」
陽翔は拳を下ろし、ただ、静かに彼女を見つめた。
「……俺は、お前を信じてたよ。ずっと」
その言葉が、空気を沈黙で満たした。
だが、その沈黙は和解ではなかった。
むしろ、三人の間に深く、決定的な“境界線”を引いたようだった。