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「今度予約とれたら、朱里も一緒に行くか」
「はい!」
彼とのおでかけ予定ができたのが嬉しく、私は満面の笑みを浮かべる。
「それにしても、朱里って美意識高いよな。元からそうだったのか?」
尊さんに尋ねられ、アイスを食べ終えた私はソファに座って答えた。
「学生時代は全然でした。それどころじゃなかったですし。……でも社会人になってから、毎日メイクするようになるんだから、無知なままじゃ駄目だなと思って勉強し始めました」
「あー……、まぁな。女性は男と違って、メイクをするのが社会人としてのマナーみたいな、無言のルールはあるよな」
「そうなんですよ。学生時代まで学校でメイクの仕方なんて教えてくれないのに、社会人になったらいきなり『化粧するのがマナーです』って言われて、訳分からない……。恵もそういうのに疎いほうだったから、二人して路頭に迷いました」
「まぁ、そっから独学でここまで詳しくなったのは凄いと思うよ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、私は胸の奥で微かな痛みを感じる。
――私はいつまで、この人に嘘をつき続けなきゃいけないんだろう。
話せばあっさりと解決する事かもしれないのに、タイミングを失ったのか、変な意地なのか、ずっと言えずにいる。
(結婚する前には、解決しないと)
そう思いながら、私はスルリと尊さんと腕を組み、彼の肩に頭を預けた。
**
翌日からまた働く毎日が始まる。
第二秘書は笹島さんで決まりらしいけれど、どうやら彼が働き始めるのは、お盆休みが終わったあとからみたいだ。
来月になれば、速水家の皆さんと温泉で楽しみだけれど、その前にもイベントがある。
今週末、七月二十五日の金曜日は恵の誕生日だ。
毎年、女子会をしてお祝いしていたけれど、今年はお互い彼氏持ちになったので、二泊三日のダブルデートをする事になっている。
その翌日の夜は隅田川花火大会で、どうやら尊さんと涼さんが、特等席を用意してくれているらしい。
詳細は行ってのお楽しみらしいけれど、プラネタリウム、映画、ホテルスパなどにも連れて行ってくれるみたいだ。
恵は『そんなに盛大に祝ってくれなくても……』と言っていたけれど、涼さんが食事とプレゼントだけで済ませるはずがない。
彼女の肩をポンと叩いて『諦めな』と言ったら、絶望した顔をしていた。
そんな予定を楽しみにしながら、私は副社長秘書として秘書課経由で回ってきた予定を尊さんのために立て、会食に同行したり、エミリさんの協力も得て先方の好きな食べ物を買って手土産にしたりなど、新人秘書ながら頑張っていた。
エミリさん、春日さんも恵の誕生日を祝いたいと言ってくれていたけれど、デートの予定があると伝えると『そりゃ仕方ないわね』となり、なんやかやでお互い忙しいので、八月下旬か九月に入ってから女子会を開けたら……という話になった。
そして待ちに待った金曜日、私と尊さんは小さめのスーツケースに着替えなどを入れ、ハイヤーで出社した。
尊さんの車で移動する事も考えたけれど、場所を変えるたびに、いちいち駐車場を探さないとならない手間があるし、彼がお酒を飲めなくなるのでそうした。
いつも通りに仕事をしたあとは、またハイヤーに乗って新宿にあるベルスター東京に向かう。
ホテルがあるのは歌舞伎町タワーと呼ばれる高層ビルで、上層部に位置しているらしい。
しかもこのタワーにはホテルグルーヴ、アパホテルと別のホテルも入っていて、それぞれ乗るエレベーターが異なるらしい。
少し迷ってしまいそうだったのでスタッフさんに声をかけ、スムーズに十八階のレセプションに向かう事ができた。
レセプションはグレーの大理石にチャコールグレーの壁、モノトーン調で統一された、モダンなデザインだ。
てっきりそこでチェックインするのかと思いきや、別のエレベーターに乗って四十五階まで行く。
今回宿泊するのは、四十五階から四十六階にかけてあるメゾネットタイプの、ペントハウスのスイートルーム『花』という部屋だ。
スイートルームは五つあって、それぞれ花鳥風月の名前がつけられ、最上階の四十七階にある『空』という部屋に恵と涼さんが泊まるそうだ。
今回は恵の誕生日なので、涼さんが『眺めのいい部屋を楽しんでほしい』と言っていたとか。
……しかし私は知っている。
歌舞伎町タワーができた時にテレビ番組でこのホテルが紹介されていたけれど、恵が泊まる部屋は一泊三百万円以上するらしい。
彼女のために、それは教えないでおこう。