テラーノベル
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潤が異性の告白を歓迎している様子はないと、手に取るように分かる。それでも人の告白を聞いてしまった罪悪感と──私だって潤が好きだと、堂々と言えないもどかしさ。
お金をもらって契約結婚をしたという事実。それで妻になった。
その過去が重さを伴い、どうしてもその場を動けない、ズルい自分にもどかしさが募る。
ドクンドクンと胸の不穏な音は大きくなるばかりなのに、耳は背後の二人の会話をしっかりと拾う。
「俺のことを良く思ってくれてありがとう。でもそれは会社の同僚としてだ。それ以下でも以上でもない」
──あぁ、潤はとっても大人な対応をしている。
そこに潤の気持ちを疑う余地はない。
私は巴知佳。潤の妻。
何も心配することはない。
なのに胸が張り裂けてしまいそう。
「そんなっ……」
「君の気持ちには応えられない。だから腕を離してくれ」
──ほら、潤はしっかりと断った。
だから、お願い。女性には悪いけれど、この場を早く立ち去ってほしいと思った。
じゃないと私の気持ちが……ずっと抑えていた気持ちが胸の中でどんどん膨らんでしまって──
「わ、私、二番目でもいいですから。潤さんがSACRAに入社した時からずっと、ずっと好きだったんです……!」
──私はもっと前から好き。
それが言えなくて唇を痛いほどに噛み締める。その痛みよりも二人の会話が心に突き刺さる。
「好きだったら、なおさらだ。二番目でもいいなんてことは絶対にない。君の思いには応えられない」
「分かっています。でも一回の告白でダメになって、はいそうですかって引き下がれるなら、最初から告白なんかしていませんっ!」
女性のその言葉を聞いた瞬間。
ぷつっと、私の中で何かが千切れた。
胸元を握りしめていた手を解き、ばっと後ろを振り向く。
そこには窓に映る夜のオフィス街を背景に、潤に寄り添おうとしている女性がいた。
私は迷うことなく二人に近づき、その間に入った。
潤の「知佳っ!?」という驚きの声がしたけれど、私はそれには何も答えず、潤と同じく驚いている女性の顔をじっと見つめた。
すると女性は私のことを知っていたらしく、「あ、あなた氷室さん?」と弱々しく呟いた。
その言葉にしっかりと頷く。
「告白を勝手に聞いてしまいました。それは、ごめんなさい。けど……」
さっきまで高鳴っていた胸の鼓動は、今はしんと静かで、夜の風景に馴染むくらいに落ち着いていた。
女性が「けど?」と言い返そうとする前に、私が口を開いた。
「私の方が、潤のことを十年前からずっと好きだった!」
前後で息を呑む気配がはっきりと分かる。
周囲の人もギョッとしているが、構わずに続ける。
「十年前、別れたのは彼の負担になりたくなかったから。潤とのライフスタイルの差に、私が勝手に引け目を感じて、私から一方的に別れを切り出したのっ」
後ろで「ち、知佳?」と戸惑いの声を上げた潤に向き直ると、潤はやっぱり驚いた顔をしていた。
けれどその瞳の奥には、私を気遣う心配そうな気配も感じた。
勝手なことをしてごめんなさいと思いながらも口を閉じることができず、潤の綺麗な瞳に訴える。
「自分から別れを告げたのに、ずっと潤のことを忘れられなかった。未練がましく、潤のことを思ってた。でも私はお姉ちゃんで、しっかりしなきゃって仕事に没頭したの。そうやって冷静さを取り繕ってきたのっ」
すうっと息を吐いて、また吸って、言葉と気持ちを吐き出す。
「だから再会して、潤に出会っても冷静でいなくちゃって……妹の学費のことだって──!」
そこまで言ったとき、背後から口元に手が回ってきた。指先の緩やかな戒めで言葉が遮られる。
耳元で「ストップ」という潤の声がして、ハッとする。背中に密着する潤の存在感。
優しく後ろから抱きしめられている状況に、目が覚めるような気持ちになった。
私ってば、勢いでなんてことを口走ってしまったのだろう。
あまつさえ、契約結婚のことまで言いそうになった。
目の前の女性は「いったい何なの!?」と気色ばんで、きりっとした眉をさらに吊り上げている。
しかも、周囲から注がれる好奇の視線。
耳を澄ませば「痴話喧嘩?」「三角関係かしら」などと、ひそやかな声が上がっていた。
──やってしまった。
家族にしか見せない、ありのままの私が出てしまった。
背中に潤の体温を感じながら、肝が冷える思いになる。
潤がどんな顔をしているか、分からない。勝手なことをしてしまって、怖くて振り返れない。
人の告白を無茶苦茶にしてしまった。どうしようと思っていると、ひどく落ち着いた潤の声がした。
「君、悪いけど……俺も十年前から好きな人がこうやって混乱しているみたいだから、今日は引き取ってくれないか」
私と目の前の女性がびっくりして、ゴクリと息をのむタイミングは一緒だった。
「君の優しさに訴える形で悪いが、このことは黙っていてもらえると助かる」
ふっと、潤の吐息を感じた。
多分、苦笑したのだろう。
その証拠に、目の前の女性は吊り上げていた眉尻を頼りなく下げて「ズルい」と、力なく呟いた。
#執着
猫とろ
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#初恋
金子りさ
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コメント
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第35話、読み終わりました。巴知佳さんが「私の方が、潤のことを十年前からずっと好きだった!」って叫ぶところ、胸が熱くなりました。ずっと我慢してきた本音が溢れ出る瞬間、すごく共感しました。でも後ろから潤さんが「ストップ」って抱きしめて、冷静にさせる大人の対応も素敵で…最後の「俺も十年前から好きな人がこうやって混乱しているみたいだから」って台詞に泣きそうになりました。二人の想いがようやく重なっていく感じがたまらないです。続きが気になります!