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#執着
猫とろ
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#初恋
金子りさ
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女性のなんとも言えない態度を見て、いたたまれなくなる。申し訳ない気持ちが胸を駆け巡る。
身勝手な私の行いに、今すぐ二人に謝り倒したい。
けれど──多分、二人はそんなことを望んでいない。特に女性は、私に謝られてもいい気はしないだろう。
さっきまで膨張して張り詰めていた空気感は、潤の一言で破裂することなく空気が抜けたようだった。
そして潤はゆっくりと私の反応を確かめるように、私の口元から手と体をそっと離した。
私が動かないと分かると、周囲に「お騒がせしてすみません」とおっとりと声をかけた。
すると、こちらを見ていた人はそそくさと視線を逸らした。
立ち止まってこちらを見ていた人は、ぎこちなく動き始めた。
人の注目がなくなると、私が二人に声をかける前の穏やかな夜のスカイビルの空気が戻ってきた。
穏やかではないのはきっと私だけ。
窓から見える夜景も相まって、この場に自分はふさわしくないと、空間そのものに言われているように感じて仕方なかった。
自ら二人の間に割って入ったのに、この場を一刻も早く立ち去りたい気持ちに駆られた。
恥ずかしい。
まさに穴があったら入りたい!
自分勝手にも程があると分かってはいたけれど、これ以上、素の私が露呈したこの場と空気に耐えられなかった。
潤が一歩後ろへと下がったその瞬間。その場で腰を勢いよく深く曲げた。
「い、いきなり乱入してしまって、ごめんなさいっ。失礼しますっ」
たっとその場を立ち去ろうとすると、「知佳っ!」と潤に名を呼ばれ、パシッと手首を掴まれた。
先ほどの口元への緩やかな戒めではなく、指先からはっきりとした『行くな』という意思が伝わってきたけれど、それを力いっぱい振り切った。
潤の手を振り払い、とにかく何も考えずにエレベーターホールへと向かう。
カツカツッとヒールが、タイルの床を小気味よく叩く。
頭の芯が熱くて、頬まで熱い。
ホールに行くと、閉じそうになっていたエレベーターの扉を見つけて体をなんとか滑り込ませた。
まるで電車の駆け込み乗車。それでもエレベーターの扉は閉じて静かに動き出した。
潤に追いつかれなかった。
あの女性の顔を見なくていい。
一人になれたことにホッとしてしまう。
ふと、潤に掴まれた手首を見て罪悪感がどっと押し寄せる。
潤の名前を声に出してしまいそうになったとき、中にいたカップルの人たちがびっくりしていた。
咄嗟に「すみません」と謝って、エレベーターの壁へと体をめり込ませるほどに身を寄せて息を整える。
するとカップルは私を壁の一部だと認識したようで、私を視界から外してくれた。
それをありがたいと思いながら、はあっと深く息を吐く。
エレベーターボタンを見ると、最上階のボタンが光っていた。
これは下行きじゃなくて、上行き。
しまったと思った。
確かここの上にはスカイガーデンがあった。
夜景とライトアップされたガーデンは見応えがあるだろう。カップルはきっとそこを目指しているのだろう。
静かに上へと進むエレベーターに、潤が追いかけてきたらどうしよう。
何を話したらいい?
そうだ、十年前から好きだったと言う私の告白に、潤も同じことを言っていた。
それは咄嗟に私の言葉に合わせてくれたから?
それともその場を丸く収めるためのもの?
あの場で言葉を偽るだろうか。
分からない。
不安が胸に押し寄せる。
このまま潤が追ってきたら、あっという間に捕まりそうだと思ったが──。
「……来る訳ないか……」
流石に手を振り払った私に呆れているだろう。
万が一来たとしても文句を言いに来たとか、そう考える方がよっぽど自然だ。
私を心配して追いかけてくるなんて、それは都合が良すぎる。
また深く吐息を吐き出すと、エレベーターの扉が開いてカップルが仲睦まじく外へと出て行った。
そのまま、私はエレベーターの中に残ろうかと思った。けれど、下で潤やあの女性と鉢合わせするかもしれない。
そう思うと足はふらりと前に進み、エレベーターの外へと向かった。
「もう、何も考えたくないな……」
さっきから頭がカッとなったり、クールダウンしたり、自分の感情に振り回されすぎて頭が痛くなってきた。
そんな頭でも、このフロアはまるでプラネタリウムを模した空間でキラキラしていて、グリーンモチーフが散りばめられており、ナイトデートにはうってつけ──綺麗だ、と思った。
カップルや女子グループで『映え』を意識したフォトスポットに人が集まり、とても楽しそうだ。
私はその人の隙間を縫うように、人を避けるようにフロア内へと進む。
ホールの正面の案内板によれば、このフロアは有料のスカイガーデンと、無料で夜景を見られるエリアがあった。
私は何も考えずに人が少ない場所へと進み、奥へと吸い込まれるように歩く。
ふと足を止めた場所は、行き止まりで周りに誰もいない静かな場所。
壁にはスカイビル設立のパネルが並び、夜景もなく、映えもない。
ただちょこんと、端にスカイビルのマスコットキャラのパネルがあるだけ。
周囲に比べてなんと地味な場所。
そんな場所に一人いる私は、何なんだろうと思った。
「人の告白に突撃して、私も告白して、その場から逃げ出して。いい歳なのに。ホント、何やってんだろ……」
口に出すと情けなくて視界が滲む。
こんな姿、家族にも見せられない。
たまらずしゃがみ込むと、視界がさらに滲んだ。
「うっ……ぐすっ」
ポロポロと涙が溢れて止まらない。
不安が溢れて形になったものが、涙として現れたのだと思った。
そして思い出す、潤の言葉。
『十年前から好きだった』
『変わらなくていい』
いくつもの涙が頬を伝い、床に落ちたとき、気がついた。
潤が好きなのは──《《十年前の私》》。
「っ……!」
今の私をすべて受け入れるという潤の思いも、それは過去の私に向けてのもの。
そう思うと何もかも、契約結婚のことも、潤が言っていたこともすべて辻褄が合うと思った。
指先が震える。
嗚咽が漏れる。
「や、だっ……、今の私は、過去のオマケなの?」
そうだとすれば、私がどれだけ変わろうとしても意味がない。自信など不必要。
私がやろうとしていたことは、潤にとってはまるで意味がない!
「ううっ」
違う。
潤はそんなこと思っていない。
瞬時に否定する思いも胸に浮かび上がるが、混乱する気持ちの中では、そんな思いはあっという間に沈む。
それにつられるかのように、潤と再会してからの記憶も褪せていくような気がした。
心が痛い。
ひっくと大きくしゃくりあげてしまう。
口元を手で押さえても嗚咽は漏れるばかり。
このまま、こんなところで泣き続けても意味がない。
むしろ、誰かに見つかる前に去った方がいい。
なのに足は床に根が生えたように動かない。
涙も止まらない。
エレベーターで素直に下に降りたらよかった。
残業なんて、しなかったらよかった。
ううん。潤に言われた通り、最初から私は何もしなければよかった!
自責の念が止まらない。
一度溢れた感情は堰を切って、とめどなく流れ続ける。
このまま流れ落ちる涙と共に私も溶けて消えてしまいたい、と思ったとき。
「知佳──」
背後から私の名を呼ぶ柔らかい声がした。
コメント
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# 第36話、読んだよ! 知佳ちゃんの心情がすごくリアルで胸が締め付けられた……。「潤が好きなのは十年前の私」って気づくところ、切なすぎるよ😢 あの場から逃げ出した後の動揺と自責の念がひしひしと伝わってきて、読んでるこっちまで苦しくなった。 でも最後に潤が追いかけてきてくれて、そこで話が終わるのが上手い! 次が気になりすぎる🔥 二人の会話、どうなるんだろう……!