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――完璧、なんて言葉は、誰かが僕に貼ったレッテルだ。
成績は常に学年トップ。生徒会長も任されている。先生たちは「君は将来有望だ」と口を揃え、親は近所で鼻高々らしい。友達もそれなりにいて、トラブルもない。制服もきちんと着て、遅刻もしない。推薦も取れていて、このままいけば東大は確実だって、担任に言われた。
でも。
その「確実」の裏にある時間を、誰も知らない。いや、知ろうともしない。
毎朝6時に起きて勉強して、学校が終われば図書室。家に帰れば問題集に向かって、スマホは通知を切ったまま。遊びに行くことはほとんどないし、テレビの話題には置いていかれる。自分で選んだことだし、後悔はしてない――はずなのに、時々ふと、わからなくなる。
誰かに褒められるたびに、胸のどこかがちくりとする。
「すごいね」なんて言葉は、僕を褒めているんじゃなくて、演じている僕をなぞっているだけみたいで。
今日も教室には、僕ひとり。
火曜日は生徒会の定例会議もなくて、静かに過ごせる唯一の放課後だ。誰にも邪魔されずに、勉強に集中できる貴重な時間。窓の外は夕陽が差し始めて、机の上に落ちた光がノートの端を黄金色に染めている。
手帳を広げ、明日の時間割と勉強計画を見直す。
数分ごとに色分けされたスケジュール。その通りに動いていれば安心できる。自分がちゃんと「理想の自分」でいられる気がするから。
ページの隅に、「3月 第1週」と書かれた欄が見えた。卒業式まで、あと少し。
この学校生活も、もうすぐ終わる。
きっと、何事もなく、穏やかに、予定通りに。
……そう、思っていた。
――その声が聞こえるまでは。
―――――――
「……めっちゃ頑張ってんな、お前」
声がした瞬間、心臓が一拍遅れて跳ねた。
誰もいないはずの教室に響いたその声は、妙にくだけていて、まるで風のようにふっと入り込んでくる。
振り返ると、教室のドアのところにひょっこりと立っていたのは――
……ああ。知ってる。いや、厳密には「見たことがある」だけだ。
あの髪、見間違えるはずがない。
ほんのりピンクがかった、明るすぎる髪。校則なんて気にしていないのがひと目でわかる。学ランの袖は折り返され、シャツのボタンも適当に外れていて、まるで「自分は自分」って全身で叫んでるみたいな服装だった。
たしか、名前は――佐久間。
そう、思い出したのは、去年の春。
校舎裏の小道で一度だけすれ違った。クラスも学年も違っていたはずなのに、彼の存在感だけは妙に記憶に残っている。
その日も彼は誰かと笑っていた。声が大きくて、話してる内容はくだらないのに、なぜか聞いていて不快じゃなかった。むしろ、通りすがる生徒たちが自然と笑っていたのを、覚えている。
その時思ったんだ――
(俺とは、まったく違う)
周囲に合わせて息を潜めることもなく、媚びるでもなく、気取るでもなく。
なのに、誰とでも分け隔てなく、自然に会話ができて、笑わせることができる。
どこか自由で、ルールにも縛られないように見えて、それでも周りにちゃんと受け入れられている。
「……何してんの? ってか、こんな時間にひとりで、会議でもやってんの?」
「いや、ただの自主勉強だよ」
ノートを手で隠すようにして、視線を落とす。
見られたくなかった。努力している自分を。誰かの理想を満たすためにがむしゃらになっているこの姿を。
「ふーん。なんか……生徒会長って感じだな。ちゃんとしてる」
「君は……生徒会室の前とか通ること、あるの?」
「ないない。ああいう真面目そうな空間、オレが行ったら空気壊れるっしょ?」
笑いながら、悪びれる様子はまったくない。
なのに、その言葉にどこか寂しさのようなものを感じたのは、気のせいだろうか。
「……で、なんでここに?」
「プリント取りに来ただけ。でも、お前がすげー集中してたから、つい話しかけそびれて見てた。……なんか、すげぇ顔してた」
「……すげぇ顔って」
「真剣、って意味ね。ガチで努力してる人、あんま見たことないから、ちょっと感動したっつーか」
「……べつに。普通のことだよ」
「そっかー。阿部くんって、そういうとこカッコいいよな」
ふわっと言葉を置いて、佐久間は軽く笑った。
からかってるわけでもなく、本当にそう思ってるみたいに、まっすぐな声だった。
そのとき、不意に胸がざわついた。
何だろう、この感じ。
たった今話したばかりの相手なのに、言葉が妙に心に刺さる。自分をちゃんと「見られた」気がして、落ち着かない。
「なあ、火曜っていつもここで勉強してんの?」
「……してるけど?」
「へー。じゃあさ、オレも火曜、暇なんだよね。……また来てもいい?」
その問いは、風のように軽やかで、どこか予測不能で――
だけど、なぜか、断る理由が見つからなかった。
「……好きにすれば」
それが、僕と佐久間の、最初の約束だった。
火曜日が、少しだけ待ち遠しくなったのは、何回目だったろう。
佐久間がまた来るなんて、本気で思っていなかった。
最初はたまたま。次も、ただの気まぐれ。そう思っていた。だけど、あの日から毎週火曜日の放課後、彼は教室に現れる。
大きめのイヤフォンを首にかけたまま、何も持たずに現れて、僕の隣の席に無言で腰を下ろす。
そして――
「でさぁ、この前の体育、サボったら先生に超怒られて。まじで反省してるふりすんのも面倒だったわー」とか、
「阿部くんってさ、実は甘党っぽくない? あ、当たった? マジで?」とか。
僕の集中をかき乱すように、飄々と、何気ない話を始める。
最初はうるさいな、と思っていた。
でも、話のテンポがよくて、つい返してしまう。気がつくとペンが止まって、笑っている自分がいた。
「なあ、阿部くんって、人に悩みとか話すタイプ?」
「……話さないかな。あんまりそういうの、得意じゃない」
「へー。そうだよなー。見た目通りっていうか、しっかりしてるもんな。……でも、それってちょっと寂しくね?」
佐久間の言葉は、時々、ドキリとするくらい鋭い。
「寂しいって……何が」
「だってさ、誰かに頼らないとバランス崩れる時ってあるじゃん?自分でどうにかしようって思っても、うまくいかないこと、あるだろ?」
その言葉が、頭から離れなかった。
誰かに頼ることが、自分にはできない。昔から、そうだった。期待されるのが怖くて、期待を裏切るのがもっと怖くて。だから全部自分で抱え込んで、きっちり詰め込んだスケジュールの中でしか、生きられなくなった。
佐久間は、僕が無理してることに――気づいている?
「……君って、不思議だよね」
「うん、よく言われる」
笑って答える佐久間の声は、いつもと同じ調子なのに、不思議とあたたかかった。
「いい意味で、君みたいになれたらいいのにって……思うこと、あるよ」
「マジで? オレ、不良だぞ?」
「うん。でも……君のままでも、みんなに好かれてるじゃないか」
ぽろりと出た本音に、自分で驚いた。
こんな言葉、自分の口から出るなんて。
佐久間は、少し黙ってから――ふ、と笑った。
「阿部くんさ、それってちょっとズルいと思う」
「……ズルい?」
「オレから見たら、阿部くんのほうがよっぽど“すげぇ”んだよ。ちゃんと努力して、成績もよくて、先生にも信頼されて」
――そう言われて、喉の奥がひどく苦くなった。
ありがとう、と笑えばいいのに。
何も考えず、そうだと受け取ればいいのに。
いつもはそうしているのに。
なのに、どうしてか佐久間から出たその言葉が、胸に突き刺さるように痛かった。
「……そんな風に見えるんだ」
声に出すと、自分の声が少しだけ震えていた。
「だって、実際そうじゃん?」
佐久間は悪気なく笑った。純粋な目で僕を見ていた。
だけど、そのまっすぐさが、余計に苦しかった。
「……誰も、努力の過程なんて見ないよ。結果だけ見て、勝手に“すごい”って言うだけだ」
ノートの端を、指でそっとなぞる。薄く汗ばんだ指先が、書き込みだらけのページを滑った。
「評価されるためにやってるわけじゃないって、自分に言い聞かせてるけど……それでもさ、誰も気づかないと、ちょっとだけ……虚しくなる」
小さく漏らした言葉に、佐久間は珍しく何も返さなかった。
ただ、僕の横顔を見つめていた気配がした。
責めるでも、慰めるでもなく、ただ――そこにいる、みたいに。
その静けさが、少しだけ心地よかった。
言葉じゃなく、そばにいるだけで救われることもあるんだって、初めて知った。
「阿部! うちの東大合格第一号! ぜひ期待してるぞ!」
職員室から出ようとした背中に、担任の声が飛んできた。
廊下にいた数人の生徒がこちらを振り返る。拍手を送る子さえいて、なんとなく場の空気が華やいだ。
「ありがとうございます」
そう答える声は、自分でも驚くほどよく通った。笑顔も、いつも通り。完璧だった。
でも、その瞬間、心の奥に冷たい何かがひたっと貼りついた。
(期待、か……)
歩き出した足取りはいつも通りなのに、息が少しだけ詰まっていた。
肩にのしかかるものが、さっきより重くなっている気がする。
東大。
それはたしかに、自分が目指してきた目標だ。
誰かに言われたわけじゃなく、自分で決めたこと。
だからこそ、誰かに「期待してる」なんて言われると、途端に苦しくなる。
(……失敗できないって、思っちゃうじゃないか)
目立たないように、けれど必死で積み上げてきた。
教科書を何度も読み返して、過去問は3年分を5回ずつ解いた。模試の結果をグラフにして、伸び悩んだ科目には別の参考書を用意した。
息をするように努力して、それが「当たり前」になっていた。
でも。
それが誰かの「期待」と結びついた瞬間に、なぜだろう、心がざわつく。
「阿部なら絶対大丈夫」
「阿部は安心して見ていられる」
「阿部が受からなかったら、他の誰も無理だよ」
……その言葉たちは、誉め言葉のはずなのに。
なぜか僕を、追い詰めていく。
(失敗する余地なんて、最初から与えられてないんだ)
きゅっと、ペンケースを握る手に力が入る。
指の関節が白くなったのを見て、ようやく自分が息を止めていたことに気づく。
教室に戻っても、どこか落ち着かなくて、机に突っ伏した。
窓から入り込む夕陽が、ページの端に差し込んでいた。
「期待に応える」って、こんなにしんどいことだったっけ。
職員室を出て、教室へ戻る途中。ふと、廊下の先がざわついているのに気づいた。
「お前それマジで言ってんの!?」
「いや、マジだって! 渡辺が目撃したんだから信憑性あるだろ~」
「お前が信じてる時点で信用ならねぇんだよ!」
聞きなれた声に混じって、ひときわ高く響く笑い声がした。
――佐久間だった。
ピンク色の髪が夕陽に反射して、やたらと目立つ。
いつものように制服は着崩していて、ネクタイはポケットの中。
隣には、同じく制服にまったく忠実じゃない渡辺と深澤がいた。
僕は彼らに関わったことがない。きっとこれからも関わる事などないのだろう。
三人とも、大笑いしながらくだらない話をしていた。
「なんでそっちでオチつけてくんの!? 今のオレの話台無しじゃん!」
「知らねーよ、元からオチてたっての!」
そうやって言い合いながら、肩をぶつけ合って歩いていく。
周りの生徒たちは、それを避けながらも笑っていた。
邪魔だ、とは誰も言わない。
むしろ、空気が明るくなるような、そんな存在だった。
(……ほんと、君はどこにでも馴染むんだな)
気づかれないように足を止めて、遠くからその様子を眺めた。
あの火曜日以外、僕と彼はほとんど関わらない。
向こうも、特別に僕を気にしている様子はないし、僕もそうしてきた。
でも、どうしてだろう。
あの笑い声が、やけに遠く感じた。
楽しそうで、自然で、誰に気を使っている様子もなくて。
そんな姿が、まぶしすぎて、見ていられなかった。
(……うらやましい、な)
口に出せば、すぐに打ち消したくなるような感情。
心の奥底に押し込めてきたはずなのに、佐久間を見ていると、ふと顔を出す。
“みんなに好かれてて、自由で、好きに笑って生きてるみたいで。”
……そんなの、ずるい。
努力も我慢も必要ないみたいな顔をして。
何もしなくても、誰かが君を受け入れてくれる。
(ずるいよ、佐久間くん)
握っていた教科書が、くしゃりと音を立てた。
思わず力を入れていたことに気づき、慌てて緩める。
一瞬、佐久間がこちらを見たような気がした。
でも、彼の目はそのまま、渡辺と深澤へと向かう。
……そう、僕はあの輪の中にはいない。
火曜日。
放課後の静かな教室。
今日はやけに空が曇っていて、窓からの光も鈍い。
教科書を開いたまま、集中しようとしても、頭の奥に昨日の光景がこびりついて離れない。
ピンクの髪、明るい笑い声、自然な笑顔。
周囲に溶け込む彼の姿と、そこにいない自分。
(何を気にしてるんだよ、くだらない)
そう言い聞かせていた矢先、教室のドアが開いた。
「おっす、来たよー」
佐久間だった。
今日も飄々とした足取りで教室に入ってきて、いつもと同じように僕の隣に座る。
「今日も真面目だなあ。阿部くんさ、ちょっとくらい手ぇ抜いても誰も怒んないのに」
その言葉に、胸の奥がつんと疼いた。
(……何も知らないくせに)
ぽろりと、言葉がこぼれる。
「……そうやって軽く言わないでくれないか」
「え?」
「“手を抜いてもいい”なんて、簡単に言うけど、君にはわからないだろ。こっちは、そうしないと――認められないんだ」
想像よりずっと強い声になっていて、自分でも驚いた。
でも、もう止められなかった。
「君はさ、何をしても受け入れられる。何もしなくても、笑ってるだけでみんなが好きになってくれる。……でも、僕は違うんだ。全部ちゃんとやらないと、“価値”なんてないんだよ」
言ってから、息が詰まった。
やばい、と喉まで出かけた言葉を飲み込んで、目をそらす。
(……最低だ。何を言ってるんだ、僕は)
教室の空気が冷たくなった気がした。
いつもより静かな沈黙が、重くのしかかる。
でも。
「……そっか」
佐久間の声は、穏やかだった。
「それ、阿部くん……ずっと一人で抱えてきたんだな」
その一言に、なぜか胸が詰まった。
怒られると思ってた。引かれるかもしれないって、思ってた。
でも佐久間は、ただ静かに僕の言葉を受け止めてくれた。
「オレ、軽く言っちゃったな。ごめん。……そういうの、ちゃんと知らないまま踏み込んじゃった」
顔を上げると、佐久間は少し困ったように、でもやさしく微笑んでいた。
その笑顔が、いつもより少しだけ近くに感じた。
あれ…人の笑顔ってこんなんだったっけ?
俺は…?
モノクロの世界に色彩で色を塗っていくように色を取りもどしていく。
家族さえもフィルターにかけられてたように感じていたのに…
佐久間だけはちゃんと色を持っている。
あぁ…俺…ただ疲れてたんだ。
「……ありがとう」
気づけば、言葉がこぼれていた。
「……佐久間」
その名前を口にした瞬間、佐久間の顔がぱっと明るくなった。
「え、今……オレのこと名前で呼んだ?」
「……呼んだよ」
視線をそらしながら答えると、すぐ隣でククッと笑い声が響く。
「ずっと“君”呼ばわりだったからさ~。まじで名前知られてないのかと思ってたわ」
「……そんなわけないだろ」
思わずむくれてしまった声に、自分で驚く。
火照った顔を隠すように視線を落とすと、佐久間はますます楽しそうに笑っていた。
「ほんと? じゃあ、最初から呼んでくれてもよかったのに~」
「……気分だよ、気分」
誤魔化すように言ってみるけど、頬の熱は引かない。
それでも、不思議と嫌な感じはなかった。むしろ、こんなふうに気を抜いて笑える自分に驚いていた。
少しの沈黙のあと、阿部は小さく息を吐いた。
「……さっきは、ごめん。君……いや、佐久間には関係ないのに、当たって」
「んー、気にしてないけど?」
「でも、助けられたよ。ああやって受け止めてくれたの、嬉しかった。ありがとう」
そう言ったとき、佐久間の表情がふっとやわらかくなった。
普段のチャラけた笑みじゃなくて、本当に優しい、あたたかい笑顔だった。
「……やっぱり無理してたんだな、阿部くん」
「……え?」
「いやさ、オレ昔からそういうの敏感なんだよね。なんとなーく、気づいてた」
「気づいてたって……何を?」
「阿部くん、完璧に見えるけどさ。いつもピシッとしてて、誰にでも礼儀正しくて。
でも、ちょっとした瞬間に、肩の力抜けてる時あるじゃん? あれ、すごく疲れてる人の顔なんだよ」
「……」
「だから、火曜だけは時間空けてさ。ちょっとでも、息抜きになればいいなって思ってた」
まるで、すべてを見透かされていたようだった。
(……見られてたんだ。気づかれてたんだ)
誰にも言わなかったし、見せてきたつもりもなかった。
でも、佐久間はちゃんと見ていてくれた。
――火曜の時間は、与えられたものじゃなくて、もらったものだったんだ。
言葉が出てこなくて、阿部はそっと視線を落とした。
教室の窓の外には、雲の切れ間から少しだけ光が差していた。
その光が、少しだけ優しく見えた。
昼休み。
教室の窓から見える中庭には、ちらほらと生徒たちが出てきて思い思いに過ごしていた。
生徒会の雑務を早めに片づけた阿部は、職員室ではなく、校舎裏へと足を向ける。
「……いた」
タバコは吸っていない。けれど、制服のネクタイは相変わらずポケットに突っ込まれ、髪はいつものピンク。
佐久間は植え込みに腰かけて、スマホをいじっていた。
「昼休みくらい教室にいればいいのに」
そう声をかけると、佐久間が顔を上げて、にやっと笑った。
「おっ、生徒会長。火曜以外にも顔出すなんて、どしたの?」
「別に……暇だっただけだよ」
そう言いながらも、自然とその隣に腰を下ろす。
もう、“火曜限定”の関係ではなくなりつつあった。
そんなふたりの姿は、通りがかった生徒たちの目に止まらないはずがなかった。
「え、ちょっと待って……阿部先輩と佐久間先輩が一緒にいる……?」
「ウソでしょ、阿部くんってあの“完璧生徒会長”だよ? 佐久間くんってあの……えっと……目立つ人……?」
「仲良し……なの? ど、どういう関係???」
ひそひそと声が聞こえてくる。
聞こえているのか、いないのか、佐久間はまったく気にする様子もなく笑った。
「……いや~目立っちゃうね、オレたち」
「佐久間の髪が原因だと思うけど」
「じゃあさ、阿部ちゃん」
「……は?」
「阿部ちゃんって呼んでもいい? そろそろ距離も縮まったし?」
「……さすがに、“ちゃん”はおかしいだろ」
「え~いいじゃん。かわいいよ? 阿部ちゃん」
「……まぁ、別に、呼びたいなら……いいけど」
言ってから自分でも驚くほど、すんなりと認めていた。
“君”と呼んでいた時とは違う。
“佐久間”と名前で呼んでから、彼との間にあった透明な壁が少しずつ壊れていっている気がした。
佐久間はいたずらっぽく笑って、肩をぶつけてきた。
「じゃ、決定な。阿部ちゃん。よろしく~」
「……勝手に決めるなよ」
苦笑しながらも、俺はその呼び名を否定しなかった。
そして――また誰かが、ふたりをちらちらと見ていた。
でももう、それを気にする気持ちは薄れていた。
それよりも、隣で笑う佐久間の声の方が、ずっと大きく胸に響いていた。
昼休みの喧騒の中、校舎裏から戻ろうとしたそのときだった。
「うわ、マジで阿部じゃん!お前と一緒にいるって、どーいうこと?」
甲高い声で近づいてきたのは、渡辺。
その後ろからは深澤辰哉も口元をにやけさせながら続いてくる。
「なになに、ついに佐久間生徒会長に直々に呼び出し?ご愁傷様~」
からかうような二人の言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
だが、隣の佐久間はまったく動じる様子もなく、満面の笑みで肩をすくめてみせる。
「いや~まさかそんな訳ないじゃん。からかわないでよ」
そう言ってから、俺の肩にぽんと手を置いた。
「俺たち、仲良しだも~ん」
「……なっ」
予想外の言葉に阿部は一瞬、言葉を失った。
視線を逸らそうとして、けれど、佐久間の目がすっとこちらを向いたのを感じる。
「あっは!マジかよ。あの生徒会長が“仲良し”って言われて拒否らないんだ!」
「これは記念日だな、なべ」
「やめてくれ……」
顔を手で覆いたくなる気持ちを抑えながら、俺はできるだけ平静を装う。
「からかうだけなら、もういいだろ。昼休み終わる前に戻らないと」
「そーゆーとこ、真面目すぎんだよ~阿部ちゃん」
「その呼び方、やめろ」
「やめませ~ん」
にやにや笑う佐久間に、小さくため息をついて、阿部は彼の手を払おうとする。
が、それよりも早く佐久間は歩き出し、阿部の袖を引くようにして言った。
「ほら、阿部ちゃん、行こ~。仲良しコンビでね♪」
「……もう、好きにしろ」
そう返して、阿部は佐久間と並んで渡辺と深澤の前をすっと通り過ぎた。
後ろからは、爆笑する二人の声がいつまでも聞こえていたけれど、不思議と悪い気はしなかった。
仲良し――。
冗談のような響きのはずなのに、その言葉が妙にあたたかく胸に残った。
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