「それで?」
肩に置かれた手の力が強くなる。
力を抜けば行人の胸にもたれかかってしまいそうで、星歌は地面に足を踏ん張った。
「こんな時間に、こんな人通りのない所で、うちの義姉に何か用ですか」
冷たい声。
敵意は翔太に向けられたものだ。
「ち、違うよ?」
言い訳するように呟いてから、星歌は一体何が違うのか自問する。
翔太は忘れていたスマートフォンを届けてくれただけだ。
なのに何故、行人に対してこうも後ろめたい気持ちになるのか。
それに、翔太にだって悪いではないか。
彼は純粋に、ただの親切心で動いてくれた。今だって、こんな邪気のない笑顔で──。
「しょ、翔太?」
少年のようにも見える目の前の男。そのキラキラ輝く瞳は幾分細められ、真っすぐな笑顔を作っていた唇は歪められている。
その目は星歌を捉えてはいない。
彼女の背後にいる行人と、まるでにらみ合うかのように視線を絡ませているではないか。
僅か数秒のこの時間を、星歌はふたりの思いを読み取ることなく無為に過ごした。
やがて翔太の顔がこちらに向けられる。
大きな瞳は柔らかく細められ、微笑を湛えた優し気な表情。
「僕は帰るね。明日もよろしく、星歌。一緒に働けるの、楽しみにしてるよ」
軽やかな調子でそう告げると、バイバイと手を振って駆けていく。
とっさに手を振り返し、星歌は何故だか背が冷たく凍るのを自覚した。
「アイツ、うちの姉ちゃんを呼び捨てに……!」
肩がプルプルと震える。行人の手が震源地となっているのだ。
いつも冷静で星歌のツッコミ役となっている義弟が、珍しく感情を高ぶらせている?
どう声をかけたものか分からず、星歌はひとまず静観の構えをとることに決めた。
静かな夜が過ぎて、また太陽が昇れば、気まずかった今の思いも吹き飛ぶに違いないと信じて。
だが、事態は混濁へと向かうことになる──。
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