テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「仕事、忙しかった? 」
いつものお店、席に着き適当に注文を終えると広睦くんは私の顔を窺うように尋ねた。
「うーん。しばらくはね。でも楽しいよ。楽しい側の疲労」
「そっか」
まだじっと見てくる。
「どうかした? 」
「婚活、何か進展あったら報告してくれるって言いましたよね」
「……え、うん。別に何も無いよ。はは、止まったまんまだ」
「じゃあ、何かあったのはあっちか」
うーんと考える素振りをして言う。その意味がわからず眉を寄せた。
「あっち、って? 」
「橘さん」
ハッっと息を飲んだ。
「何で……」
「ああ、やっぱり。告白でもされた? あの人既婚者だって聞いてたけど」
「それが、……少し前に離婚してたみたい。私は知らなかったんだけど」
嘘を吐いたわけではないけど気まずい。何より広睦くんが『橘さん』を認識していたことに驚く。
「ふーん、なるほどね」
広睦くんは合点がいったとばかり親指で顎を撫でた。
「どうして、そう思ったの」
「春美さん、さっきからうしろめたいような顔してる。仕事で疲れてるのかと思ったけど、何でもないふりしてるってことは俺との関係を今日で最後にするくらいの決定的なことがあったわけじゃないのかなって」
驚いて口を覆った。この一瞬だけでここまで判断されたことに驚く。
「でも、どうして橘さんだって思ったの」
広睦くんは不機嫌そうにため息を吐いた。
「あのね。あの人と会った時の目かな」
「目……そんなのでわかるもの? 」
「わかっちゃったんだよな。普通年下の男、こんな学生。しかも親戚の子なんてどーもくらいで終わるんだよ。でもあの人はあの瞬間でしっかり俺の事見たんだ。ちゃんと男を見る目だった。向こうも気づいてんじゃない? 俺と春美さんが何かあるって。俺も探ったのバレてただろうしな」
その通りで驚く、橘さんも、広睦くんも……。
「あー……こういうのってなんでわかっちゃうんだろうね」
いつもはガツガツ美味しそうに食べるお皿を前に空の取り皿を見つめている。結論を出していない私は慰めるのも違うしなだめても仕方なくただ居心地悪く食事を勧めるしかなかった。
「ほら、お料理冷めちゃうから食べない? 」
「……何で向こうに行かないの。完璧な人でしょう、春美さんにとって」
「まだ、橘さんの気持ちを知ったばかりで感情の折り合いがつかないよ」
「感情の折り合い? へえそういうのあるんだ」
「少し、考えたい」
「ふうん。時間、無いんじゃなかったの。この何か月も俺を待たして考えて答えは出ない、なるほど。30代の大事な時間を使えないとおっしゃったけど、ご自分で無駄になさったんですね、3か月も。それで、大事なのは自分の時間だけだと思ってる。20代だって無限じゃないですからね。いたいけな若者の恋心踏みにじらないでもらえますか」
広睦くんの言葉にいちいち棘があって、でも言われても仕方がない事をしてるんだってことわかってる。無駄に引っ張るのが残酷だってことも。
「ごめん、急ぐから、待って……ほしい」
ここではっきりと言うことも言えず申し訳ないばかりだ。
カチャ、と音がする。広睦くんは何も言わず目の前の食事に手を付けた。
「しんどいんですけど……」
「うん。ごめん」
「でも、まだ大丈夫なんだってホッともしてる」
いつもみたいに美味しそうに食べず、ゆっくり口に運んでいる。罪悪感で胸が痛い。それなら開放してあげたらいいのに、その一言が出てこなかった。
「ごめんなさい」
しばらく沈黙が続いた。
「やー、いいよ。そういう約束だったのに、文句言ってしまった。……ごめん」
不意に広睦くんが箸を止めた。
「え? 」
ごめん?謝らなきゃないらないのは私の方で。何で?
「せっかくのデートで不機嫌さらすのは、良くない。だから年下扱いされるんだ、俺」
「そんなこと無いよ。謝んなきゃならないのは私の方で……」
前のめりになった私を広睦くんは手で制した。
「はは、拗ねるとか、ださ。ははは、告られんのなんて不可抗力だよな」
「そんな……」
広睦くんは二ッと不敵に笑った。
「俺もそりゃもうしょっちゅう告られる側だからわかるんだ」
……そうでしょうけども。
「なんだよ。何か言えよ」
「え、そうだろうなって思うから」
「チッ、つまんねーの」
「あ、じゃあ、調子乗ってんな、とか? 」
「ああん? 」
「ご、ごめん、ごめん。冗談って」
しかめっ面で睨んでいた顔が崩れケラケラ笑い出して、私も少し気が緩んだ。
「で、条件は。橘さんの条件」
「条件? 」
「そう。橘さんのウィキペディアみたいなもん。俺と比較するから」
「最終学歴はA大。学部どこだろう。たしか、キャンパスがどこって言ってたから……」
「割愛。どこ大だけで十分頭いいのわかったし」
「年は37歳。新卒で今の会社に就職して、私が新卒の時に教育係として仕事を教えてくれて、5年くらい前? に異動して3年前くらいに向こうの同い年? くらいの同僚と結婚……半年くらい前に離婚。このあたりちゃんとした年数じゃないかもしれないけど。本社に戻って来て社運かけたプロジェクトの主任。あとは身長体重とか? 広睦くんとそんなにかわらない。同じくらいかなぁ。好きな食べ物は一華の担々麺。上に乗ってる青梗菜が好きらしい。あとエビチリ。甘いものも好きでこっち帰って来てからは|&《エスペルットゥ》でテイクアウトして家で一人楽しんで……」
「詳しいんだね」
「そ、まあ」
「そんなことまで聞いてないけど」
「たまたま、&のことは聞いたばかりで。一華は会社から近いからお昼によく……ね」
「まあーなー。向こうの方がつき合い長いしなー。そこは俺が不利だな。でも、これから先を考えた時、密度で勝負すると追いつける可能性あり」
密度……?急に張り合いはじめて、え?となる。
「背は一緒くらいって言ってたけど体感、俺のがちょっと高い。仕事は出来る人で多分給料もめっちゃいい。でも俺はこれからで生涯年収で言うとまだわかんないよな。青梗菜は俺も好き。辛いのも平気だけどエビマヨのが好き。俺もバツイチ。|&《エスペルットゥ》は……今度買ってみる。年齢は……うーん。俺が追いつけないのって年齢くらいじゃない? 」
担々麵にまで言及するから盛大に吹き出してしまった。
コメント
1件
広睦くんの観察力、鋭すぎませんか…!「男を見る目だった」って言葉に、彼がちゃんと春美さんを大事に思ってるのが伝わってきて切なくなりました。それでいて「密度で勝負する」って張り合い始める可愛さもあって、もう感情が忙しいです。春美さんの迷いもすごくリアルで、二人の距離がどうなるのか気になって仕方ないです。
143
瑠璃🍫✨💭ྀི
183