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「は、笑ってんなよ」
「ごめん。だって、辛いの平気、とか」
「まぁ、ちょっと腹は弱くなるけど……」
「はははは! もうやめてってば」
「負けてない。そう思うけど? 」
満足そうに言うから、困っちゃうな。手離せなくなりそうで。
「そうだね」
羨ましいな、広睦くんと結婚出来る人が。そう思ってしまってハッとする。私ももう本当はどうすべきかわかっているんだ。
「可能性だって、可能性」
ちょっと気恥ずかしくなって来たのか、口を尖らせた。
「はは、確かに。まだまだこれからだもんなぁ」
「そうだよ。伸びしろに期待しといて」
「楽しみだね」
「……思ってんのかよ」
広睦くんは不服そうにしたけど、思ってるよ。きっと……ますます素敵になるんだろうなって。それを私が見られる可能性はとことん低い。
――お店を出てぶらぶら歩く。最近はこれが定番だ。人気が無くなるそっと顔を近づけてきてキスをする。私も周りをわずかに気にしたもののすぐに応えた。
キスが終わるとぎゅっと抱きしめてくる。
「春美さん、今度ちゃんとデートしよ。約束して、待ち合わして、ちゃんと。お互い休みの日に」
「うん。わかった」
「ん。今日は帰る」
「あ、うん。そうだね」
珍しく早く切り上げる広睦くんにわずかに違和感を持ったけど、やっぱりさっきの橘さんの件で落ち込んでいるのかもしれないと頷いた。
駅までの道、広睦くんは次第に口数が少なくなっていった。
「再来週の土曜はー? 空いてる? 」
「うん。空いてるよ。お昼から会う? 」
「うん。ランチしよ。で、夜も一緒に食べて」
「了解! 」
また沈黙が訪れる。
「次の約束はあるけど、春美さんは俺が望んでる答えは言ってくれないんだ」
低い声に驚いて顔を上げる。顔を見ようとしたのにぎゅっと抱きしめられて見られなかった。広睦くんの腕に力が入る。
「帰ろっか」
「え、うん。また……」
そう言う前に広睦くんは背を向けた。
「惚れさせるのって難しいんだな」
ぼそり呟いたのが聞こえた。
早急に答えを出さないといけない。
というか、答えは出ている。たった一度の人生だけど、広睦くんを巻き込むことはできないと思う。
それなら早々に別れを切り出すべきだ。
橘さんを受け入れることはまだ心の準備が出来ていない。橘さんと付き合うから別れるわけじゃない。
さすがに誰にも相談できない。相談しても全員一致で“橘さんにしておけ”って言うに決まっている。“婚活女子はもっとうまくやらなきゃ”そう言われるに決まっているから。
はぁ、広睦くんに出会って、婚活始めてから自己嫌悪ばっかりだ……。
「いよう、なんだよ。冴えない顔して。昨日デートだったんじゃないのかよ」
「!? 何で分かった……そういうのセクハラでは? 」
「ははは。聞いただけだよ。本当にそうだったんか。あ、じゃあ別れたり……」
「してませんよ。なんですかもう、朝から」
「なんだよ。まだ別れてないのかよ。あー……いいな、同じ会社って」
「橘さんなんかキャラ変わってません? 」
「んー、何か色々吹っ切れたのかも。今日の夜は? 」
「毎日外食はきついです」
「じゃあ、昼に。後でな」
橘さんは私の返事も聞かず機嫌よく去って行った。もう、と呆れて吹き出す。新たな一面、なんだけどさ。昔の方がずっと橘さんを大人に感じていた。そうだな……23歳の私から見て橘さんはずっと大人だったし、30を過ぎた人は本当に大人にみえたものだ。実際30過ぎた私はずっと優柔不断で情けなくて周りの意見を気にしながらも自分の一時の感情に振り回されている。
自分を大人だなんて到底思えない。
「東谷さんと橘さんって仲いいんですね」
不意に声をかけられ固まってしまった。振り向くと沢田さんがいて、まぁ、と濁す。
「いいなぁ、私も早くお二人に追いつきたい」
他意のない顔に私はただ微笑んで
「これから、これから」と声をかけた。意識しすぎだって私。
「なぁ、今日のあれ何なの。お偉いさん方参加するっていうからまとめてきたのに、紙で出せつって紙で出したら実物見てみないとって言うから、現物用意したら印刷じゃ色の違いが――とか言い出して全員眼鏡上にあげたり下げたり。老眼なんかいってなぁ。挙句、一部の上の人が帰った後、ずっと何も言わず静かだった人が急に元気になって『いつも上の人たちの意見ばかり気にしてちゃじゃダメだ。我々若い力で変えていこう! 』って。あれ言った人40代後半なんだけど、若い世代って何歳なの。なんで自分若手側なんだよ」
ぶふーっとパスタ屋さんで吹き出してしまった。
「橘さん、悪意、悪意ありますって」
「いやさ、こんな実りない時間のために全員集めて手止めさせられたんだぜ。信じられない」
「途中から橘さんが切り上げようとしていたのが痛いほど伝わりました」
「そりゃそうだよ、昼跨がれたらたまんねーって。せっかくのランチデート」
「……はい? 」
「うん。で、どうだった本当に若い男とのデートは」
「別に……普通です」
「ふうん。そっか。別れようと思わなかったんだ」
「え、すぐには」
別れようとは思っているけど、すぐには……とは言い辛く、目が泳いでしまう。
「そっか、俺の告白受けてすぐに婚活終了、とは思わなかったってことか。残念」
「そんな急には……。確かに婚活は時間との戦いもありますけど」
「俺の事をそういう目で見たことなかった? 」
「お昼に話す内容ではないのでは……」
「はは、まぁ、いいじゃん。夜誘うのはなかなかハードル高いし」
「……うん。実は昔、橘さんが私の教育係してくれてた頃、憧れてました」
もう過去の事だし、と口に出すと橘さんはすごく驚いた顔をしてゴホンと咳払いをした。
「じゃあ、何。あの頃……」
「まあそうですね。両想いだった」
「ふ、はははは! 言い方。幼い表現だな」
「そうじゃないですか。実際幼かったんだし」
恥ずかしくて言い返すと、橘さんは真顔になってそれから微笑んだ。
コメント
1件
第9話-3読み終えました……広睦くんの「惚れさせるのって難しいんだな」という呟き、すごく切なくて胸にきました。春美さんの自己嫌悪と迷いがリアルで、橘さんとの過去の両想い発言も衝撃的でした。大人の恋愛のもどかしさが伝わってきて、続きが気になります。西原さんの心理描写、繊細で素敵です🌙
#年の差
西原衣都
915