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デビューしたての作家の処女作に、限定版でオマケが付いていたこと自体きっと異例に違いない。
萌風もふ先生は出版社にとって、相当期待を掛けられた新人だったのだろう。
もしくは――。
元々のファンがけた違いに多かったのかも知れない。
昨今、Web上で自作を発表している素人作家が、読者からの人気に押されてプロデビューを果たすと言うのはよくある話だ。
きっと、萌風もふ先生もそんな感じだったのだろう。
「お前が持ってんの、初版じゃねぇんだろ? あいつが言ってた」
「……え?」
何でもないことみたいにぼそりと告げられた信武の言葉を、思わず聞き返してしまった日和美だ。
だって、信武が言った〝あいつ〟は萌風もふ先生に違いなかったから。
「あ、あのっ、信武さんっ! 萌風もふ先生……私のこと……」
「あ? 何年も欠かさず毎月毎月ファンレター送ってくるような熱烈なファンなんだろ、お前。相当バカでもねぇ限り覚えるわ、普通」
信武が言う通り、日和美は高校生の頃、萌風もふ先生にハマって以来ずっと。
新刊が出ても出なくても毎月一通、彼女にファンレターを欠かさず送り続けていた。
新刊が出た時は新刊の感想を。
そうでないときは自分に起こった日々のこと、またはあとがきに書かれていた内容にちなんだあれこれを、作品のキャラたちへの妄想を交えながら熱心に手紙へしたためた。
萌風先生のツブヤイターアカウントをフォローしてからは、彼女のつぶやきを意識したファンレターも送って。
先日も、『紅茶王子』を書いた影響でお茶にハマったとつぶやいていらした萌風もふ先生に、抹茶入玄米茶、深蒸し京仕立て、こいまろ茶、煎茶、かぶせ茶の五種の茶葉がセットになった、『京都緑茶飲みくらべセット』を手紙に添えて送ったばかり。
そんな感じで高校生の頃からずっと……。
月に一通萌風もふ先生へのファンレターを綴り続けてきた日和美だ。
それを萌風もふ先生ご本人にも覚えていてもらえたと知って、嬉しくないわけがない。
だけど――。
バカだのなんだの交えながら、ツンと信武がそっぽを向いたのは、ヤキモチを妬いてくれていると自惚れてもいいのだろうか?
萌風もふ先生のアレコレよりもそっちの方が気になってしまった時点で、日和美は自分の中で相当信武への想いが強くなっているのを認めずにはいられない。
「どうせ出かけなきゃなんねーんならついでにお前の顔が見れたらって期待してさ。わざわざ日和美の職場近くであいつと落ち合ったっつーのに。それが裏目に出るとか本当ツイてなさ過ぎて腹立つんだけど!」
――見かけたんなら声掛けろよな!?と恨み節まじり。
信武が日和美を睨みつけて忌々し気に頭をガシガシ掻くのでさえも、盛大な愛の告白に聞こえてしまう。
「あ、あの……。信武さんは……私のこと、本気で好き……なん……です、か?」
それでしどろもどろ。
そんなことを聞いてしまった日和美だ。
「――はぁ!? 今更それ聞くのかよ。俺、今まで散々お前に言ってきただろーが、バカ日和美め! 酔狂や冗談で俺の女になれって言うほど俺は暇じゃねーんだよ! 分かったか!」
グイッとあごを持ち上げられてじっと瞳を覗き込まれた日和美は、余りの顔の近さに思わずたじろいでしまう。
(あ……、これ、絶対キスされるやつ)
そう思いながらも、言わずにはいられない。
「……じゃあなんで今、私の言葉に応えて『好きだ』って言ってくれないんですか? 意地悪ですか?」
掴まれた手をグッと掴み返してじっと彼を見上げたら、信武が驚いたように瞳を見開いた。
そうしてククッと喉を鳴らして笑い出す。
「なぁ、日和美よ。その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ。――で、結局お前はどうなんだ? 俺のこと、ちったぁ好きだと思えるようになったのか。俺も前からそれ、お前に聞いてると思うんだがな⁉︎」
掴んだ手首を逆の手でグイッと掴み直されて、日和美はぶわりと頬を赤く染める。
「――す、好き……です……。ちょっとどころじゃなく沢山沢山好きです……多分!」
照れ隠しに「多分」と付け足してしまった日和美をグイッと腕の中に抱き締めると、信武が日和美の耳元で低く甘くささやいた。
「――俺も日和美が好きだ。ちょっとどころじゃなく目一杯お前に惹かれてるから安心しろ。神様なんざ信じちゃいねぇーけど今だけそいつに誓ってやってもいい。やましいことなんてひとつもねぇから。黙って俺に愛されろ」