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「なあ、お前。あの小説、本当にどこで手に入れたんだ? プレミアが付いているし、そもそもほとんど市場に出たりする代物じゃないはずなんだが」
ものすごい速さで自転車を走らせながら黒宮さんは私に質問を投げかけてきたが、正直話したくない。否。話せない。こっちは振り落とされないように必死なのだ。
「……なんだよ無視かよ。それとも人には言えない方法で手に入れたりしたのか? 例えば、神保町の古本屋で万引きしたり」
「人聞きの悪い……。そんなことするはずがないじゃないですか! ましてや万引きなんて。そんなことしたら人間としても法律的にもアウトですよ」
「まあ、そりゃそうだ」
ウチの家系は腐っても名家だ。人の道を一度でも踏み外したら、私は一族の皆んなから酷い罰を受けることになるだろう。
もしかしたら、それだけでは済まされないかもしれないけど。
「いえ、もらったんです。親友から。ネットのオークションで購入したとかなんとか言ってました」
「オークションか。一体いくらしたんだ……。でだ。お前、その小説を俺にも読ませろ。読み終わってからでいいからよ」
「はい、もちろんお貸しします。ここまでしてもらっちゃってるんですから。せめてもののお礼として」
「お礼とか言うのやめろよな。くすぐったくて気持ちが悪ぃ」
「気持ち悪がらないでくださいよ。じゃあお貸ししなくてもいいんですか?」
「駄目に決まってんだろ! 貸せ。絶対に貸せ。貸さなかったらお前のクラスに毎日催促しに行くからな」
「それはそれで面白そうですけど」
「全然面白くねえから。というかお前、俺で遊んでんだろ?」
「はい。黒宮さんってからかうと意外と面白いんだって気付いちゃいましたから。大丈夫です、貸しますよ。ちなみに私は速読なので、すぐにお渡しできるかと」
「別に急がなくても構わねえよ。とにかく、確かに約束したからな。口約束だからって破ったりするんじゃねえぞ」
「そんなことしませんよ。口約束だろうなんだろうと約束は守ります。って、怖いですって! やっぱりもっとゆっくり漕いでくださいよ!」
「断る。ゆっくり走らせてその隙に小説が盗まれたらどうすんだよ」
さっきまで私が強打した頭の心配をしてくれていたと思ったら、今はそっちの方が心配なんかい。
まあ、気持ちは分かるけど。同類だから。それにしても、小説好きは小説好きに惹かれ合うのだろうか。
縁というのは本当に不思議だ。
* * *
病院に着き、今さっき全ての検査を終えた。
黒宮さんが言っていた通り、後十分でも遅かったらここの病院も閉まっていたらしい。猛スピードで自転車を走らせられたのは怖かったけど、でもそのおかげで間に合ったのだ。心から感謝している。
ちなみに異常は特になし。頭の中で出血もしていなかったし、脳波も正常。しかし、後々になって症状が現れることもあるらしい。
でも、とりあえず安堵した。
しかし――。
「黒宮さん、私をここに連れて来たらすぐにまた自転車に乗って行っちゃったけど、ちゃんと戻ってきてくるのかな……」
少々心配である。何故なら、ここの病院は自宅までかなりの距離があるから。仮に、歩いて帰ったとすると軽く一時間はかかってしまう。
「手持ちもないからタクシー呼ぶわけにもいかないしなあ。あ、そうか。お父さんかお母さんに迎えに来てもらえばいいのか」
とりあえず親に電話をするために病院を出ることにした。無機質な自動扉が開き、外に出る。そして深呼吸。春の夜の冷たい空気をいっぱいに吸い込んだ。肺が喜んでいるのを感じる。
「さてと。電話電話っと」
ポケットからスマートフォンを取り出して親に連絡しようと思っていた、その矢先だった。
「お前どけ!! 危えーー!!」
何かがすごい勢いで叫び声をあげながらこちらに向かって来た。
自転車に乗った黒宮さんだった。
「なんでどかねえんだクソッ!」
ぶつかる既のとことろで、黒宮さんはブレーキをかけてそのままドリフトのように自転車を滑らせて私を避けてくれた。
もう少しで私は黒宮さんの自転車に轢かれて、病院を出た直後にまた病院に戻る羽目になるところだった。
「どけって言っただろ! この馬鹿野郎が!」
「何を言ってるんですか。スピードを出しすぎなんですよ、黒宮さんが。悪いのは私じゃありませんから。さっきは――いえ、ありがとうございました。おかげ様で検査の結果は全て問題なしでした」
「……まあ、何事もなくて良かったじゃねえか。でもな! 今のは俺が悪いんじゃねえからな! いきなり病院から出てきたお前が悪い!」
そんなことを言われても。
もし、病院を出る際に『今から患者さんが自動ドアから出て行きます』などというアナウンスが流れるなら、確かに私に非があるかもしれない。
しかし、この自動ドアはそんな仕様ではない。そもそも、そんなターンテーブルが付いた駐車場のガレージのような病院があったら色んな意味で怖すぎる。
「あの、黒宮さんどこに行ってたんですか?」
「はあ? 言ってただろうが。お前に教えてもらったクラスの席の机の中から小説を取りに行ってたんだよ。まずはな」
「え!? 良かった! ちゃんとあったんですね。良かった……盗まれてなくて安心しました」
「ああ。俺も嬉しい。これでこの小説をやっと読むことができる」
私が『透明なブルーは美しく』を持っていることを知ってから、黒宮さんはずっとこの調子だ。
今の状況をディナーに例えると、小説がメインディッシュで、私がサイドディッシュ。格が落ちたものだ。
「それからな。その後、お前の自転車を処分してきた。思いの外時間がかかりすぎたからスピードを上げて、今ここに戻ってきたんだよ」
何から何まで、全てを済ませてきてくれたんだ。本当に感謝の気持ちしかない。だからサイドディッシュでもいいか。
(それにしても――)
街灯の下にいる黒宮さんは、スポットライトのようにして照らされて浮かび上がらされていた。
(この人、本当に容姿端麗だな)
照明が彼をより魅力的に。より幻想的に映し出す。まるで、この街灯は黒宮さんのために用意されたかのように。
「で、お前。さっきスマホで誰かに電話なりをしようとしてなかったか?」
「あ、いえ。ちょっと時報を聴いてただけです」
「じ、時報……?」
呆れているのか、はたまた、嘘であることに気付いているのかは分からない。しかし、そんな複雑な表情を黒宮さんは見せた。
(まあ、たまにはちょっとした嘘を付くくらい許させるよね)
私は許可も得ずに、勝手に自転車の後部にあるキャリアーに跨った。
「お前、今ではもう校則のことをすっかり忘れてんだろ」
「そうですね。黒宮さんの性格が私を徐々に蝕んできたんで仕方がないです」
「人のことを疫病みたいに言うんじゃねえよ」
今は何をしても、何を言われても、別にいいと思えてしまう。
黒宮さんが、私に何かしらの魔法でもかけたのだろうか。
だったら、少し嬉しいと思える自分がいた。
【続く】