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寝台に座って、しばらく物思いに耽ったユカリは気合を入れるように己の両の頬を叩く。


「悪者になる覚悟は決まった?」とベルニージュがからかうように言う。


ユカリは勢いよく立ち上がり、凛々しい眼差しをベルニージュに向ける。


「いえ、得意です!」

「さすが偶像冒涜者にして魔導書の堕落者。魔法少女ユカリ」

「ちょっと待って……」あまりの驚きにユカリの口は回らなかった。「え? ベルニージュさん? 聞き捨て……今、何て言いました?」


ベルニージュは不思議そうに首を傾げる。


「本人はまだ知らなかったの? 救済機構でそう呼ばれてるよ?」


ユカリは今にもベルニージュに掴みかからん勢いで抗議する。


「知らない! です。一体全体どうしてそんな酷い蔑称で呼ばれなくちゃいけないんですか?」


ベルニージュは困り顔で答える。


「何でって魔導書を集めるって宣言して、実際にいくつか集めてて、ヘイヴィル市の二柱の女神、幻の祝い手ハリエル夢の呪い手ハロンビークを打ち壊したからだと思う。十二分だと思うけど」


あの二つの巨像を破壊したことであだ名されたのだ、とベルニージュは言うのだった。


「ハルヴァンの双子神に関しては」ユカリは力が抜けたように再び寝台に座り込む。「まあ、私も関与していますけど。でもあれは仕方なくて」

「良いじゃない、別に。気にすることないよ。救済機構に敵対してるんだから、悪しざまに言われるのなんて想定内でしょ。それに一つの出来事には複数の思惑が絡んでるものだよ。例えば救済機構はこれを好機とミーチオン地方の布教に力を入れているみたいだしね。ハルヴァンの力は衰えたが、救いの乙女の使者たる救済機構によって魔法少女ユカリを退けたのだ、なんて感じでね」


ユカリは両手で顔を覆う。狐の臭いのユカリの方がまだましだ。


「ああ、じゃあ、あれかな」ベルニージュは天井を見上げて、何かを思い出す。「もしかして『最たる教敵』認定も知らない?」


ユカリは顔を覆ったまま首を振る。


「何ですか、それ? 『最たる教敵』?」

「救済機構の教敵認定の最上位。これが新たに認定されると救済機構内に特務機関が設置される。『最たる教敵』が排除されるまでの仮設の組織だね。ちなみに最古の『最たる教敵』が魔導書災。それに伴って、例の焚書官たちを統括する焚書機関が設置されたんだね。実質的に常設の組織だけど」


ユカリは顔を覆う両手を下ろし、信じられないものを見るような目でベルニージュを見つめる。


「それってつまり、私を排除するためだけの組織が救済機構内に新たに作られるってことですか?」

「そういうこと。ユカリを、っていうより魔法少女ユカリを、だけど。気を付けないとね」

「でも、魔導書を持ってる人、国、組織なんて他にもあるわけじゃないですか。それらみんなの対策組織があるんですか?」

「それは単に魔導書災として焚書機関が事に当たっているんだよ」


「何で私だけ!?」ユカリの声が裏返る。

「個人だし、子供だし、焚書官から魔導書を奪ったし。何より魔導書を完成させちゃったしね。どれくらいの規模の組織が設置されるかは分からないけどさ。ああ、あと救済機構も一枚岩じゃないから。ユカリ対策の新たな組織を作っても、魔導書が関わってるからって焚書機関が出張ってきたりね。今頃政治的な押し合い圧し合いをしていることだろうさ」


もしかすると故郷オンギ村で、完成した魔導書を所持していると宣言した時点で、救済機構の中ではそのような大ごとになっていたのかもしれない。


「とりあえず」と言ってユカリはもう一度立ち上がる。「今は目の前のことに集中します」

「それでこそだよ。よ! ミーチオンのお喋り娘! ……これはワタシがいま考えたんだけど」

「冒涜者とか堕落者よりは良いと思います」


その時、扉が開く。そこにいたのは悲し気な表情を湛えたパーシャだった。


「ちょうど良かったです、殿下」


ユカリは【微笑みを浮かべ】て進み出て、パーシャの目の前に立つ。パーシャは目を白黒させて、身を守るように両手を構えるが、魔法少女ユカリはその手を取る。


「ユカリさん? 変身? 何?」


パーシャは助けを求めるように、ベルニージュやそこにはいない誰かに視線を向ける。


「すみません。殿下」そう言ってユカリはパーシャの両手に【息を吹きかける】。


気を失ったユカリをすかさずパーシャが受け止める。ユカリの体をベルニージュが背負う。魔法少女の杖はパーシャが拾う。


「さあ、行きましょう」とパーシャは言って、半地下室を出る。


大広間にアクティアも戻って来ていた。


「ああ、皆さん、わたくし、昼食とまではいかなくても、お腹に入れられるものを作ろうかと……? パーシャ様? ベルニージュさん? それに……。そういうことですか。青雀アオガラに憑依した魔法ですね、ユカリさん」

「申し訳ございません。殿下」ベルニージュが目を伏せて言った。「お昼はいただけません。ワタシたちはもう行かないと。それにワタシの母がご迷惑をお掛けしたこともお詫びいたします」

「いえ、お気になさらないで。わたくし、この期に及んで先生が図書館にいらっしゃるのを楽しみにしていますもの。それに、わたくしも皆さんを翻弄させてしまいました。ハウシグ王国はパーシャ様の奪還に動くでしょうが、きっと阻止してみせます。どうかご無事で」

パーシャも一礼し、「お元気で、殿下」という言葉を残すと三人は図書館を出る。


聖ジュミファウス図書館を囲む鉄柵をハウシグの槍兵たちが囲んでいる。来た時よりも多くの兵士が図書館の中を睨んでいる。


ベルニージュがパーシャの周りを見て言う。「魔導書はまだみたいだね」

「やっぱり鉄柵の外に出ないと幽閉の呪いに抗ったことにならないんでしょうか」

「たぶんね。でも大丈夫。この図書館にある結界だの呪いだのを外す準備は出来てる。内側からだから簡単簡単」


二人は出来る限り城壁に近い東側の庭園へ移動する。そして鉄柵の前まで来ると、ベルニージュは何やら細かな文字がびっしりと書き込まれた生卵を取り出した。


「これを投げ込んだらグリュエーの力で鉄柵を飛び越えて、城壁まで行くんだけど」ベルニージュがパーシャを見つめ、背中のユカリの横顔を見る。「あれ? グリュエーと話せるの?」

「話せないですけど、それくらいは察してくれます」

「それなら良いんだけど。この卵は一個しか作れなかったからね。はい、どうぞ。鉄柵に向かって投げて。そうすれば一瞬だけ魔術の結界が解けるから」


生卵を受け取ったパーシャは思い切り振りかぶり、鉄柵に向けて投げつけようとしたが、すっぽ抜け、翻ったスカートの上を転がり、無傷で地面に落ちた。


「ちょっとユカリ!?」ベルニージュは生卵に駆け寄り、拾い上げる。「良かった。割れてない。何してるの? 投擲が苦手なんて聞いてないよ。冷や汗が出た」

「おかしいですね。他人の体だからでしょうか? ああ、そうか。これ食べ物じゃないですか」とユカリは当たり前のことに気づく。「パーシャ様の体で食べ物を粗末にするのは不可能ってことですよ」


「そういえばそんなような奇跡だったっけ」ベルニージュは少し落ち込んでいる。「それじゃあ、ワタシが解呪するからユカリはユカリを背負って」

「ちょっと抵抗ありますね。自分を客観的に触るって」

「言ってる場合じゃないよ。ほら、早く。兵士たちが集まって来てる」


パーシャはおっかなびっくりユカリの体を背負い、代わりに魔法少女の杖をベルニージュに渡す。そして奇跡が及ばないようにベルニージュから距離を取る。ベルニージュの方もかなり鉄柵に近づく。ハウシグ兵の槍がこちらへと差し向けられる。


「行くよ」とベルニージュが言い、勢いよく生卵を鉄柵に叩きつけた。


生卵は弾け飛び、硝子の割れるような音が響き、巨大な太鼓を思い切り叩いたかのように辺りの空気が震える。


ユカリを背負ったパーシャは走り込み、ベルニージュと共に風に巻きあげられ、鉄柵を飛び越え、兵士たちをも飛び越える。

いつ魔導書が出てきてもいいようにパーシャを前にして走る。走る。走る。走りにくい体だが、いつものようにグリュエーが後押ししてくれる。城壁はすぐそばにある。再びどこからともなく強風が吹き、三人の体を高く舞い上げ、城壁の上へと軟着陸させる。

誰もいない。図書館を囲むために城壁の歩哨を割いたらしい。


「ベルニージュさん。魔導書は?」

「出てない」

「まだパーシャさんは幽閉されていると見なされてるんですね」

「そうなるね。ハウシグ市を出よう」ベルニージュが胸壁の狭間から外を指さす。「城壁を降りて、堀を越えれば」

「パーシャさん」とユカリは張り詰めた声で言う。


ユカリが目を覚まし、パーシャも自分の意識を取り戻していた。ユカリはパーシャの背中からずり落ちて尻もちをつく。

パーシャもまた這うようにして二人から距離を取る。


「勝手なことを!」怒りの籠ったパーシャの視線がユカリを射抜く。「しないでください。パーシャは言ったはずです、テネロードに戻るつもりは、ない、と」

「ユカリ、もう一度!」とベルニージュは言った。

「ベルニージュさん」魔法少女ユカリはかぶりを振る。「もしかしたら、殿下をどこまで連れて行っても、このままでは魔導書の憑依は解除されないのかもしれません」


魔法少女のユカリはパーシャを見つめて言った。


「どういうこと?」とベルニージュもまたパーシャから目を離さずに言う。

「一時的に脱出して、テネロードまで逃げ延びてもパーシャ姫を待っているのは幽閉なんじゃないでしょうか」

「なるほど」ベルニージュは納得したようだった。「祖国だけど、いや、祖国だからこそあり得るかもね。幽閉の呪いはどこへ行っても変わらず働き続けると」

「そもそも幽閉の呪いではないのかもしれません。いえ、見方が違うというか。より正確に言うなら閉じ籠る呪いなのでは?」


ベルニージュもパーシャを見下ろす。


「たしかに、そうかもしれない。いや、そうか。ユーアやセビシャスのことを考えると。その方が正しいように思える。パーシャ姫は蝶々じゃなくて蛹ってわけだ」


パーシャはベルニージュの方を睨みつけ、ベルニージュは首をすくめる。


「だとしてもとりあえず脱出しようよ。ワタシが言うのもなんだけど、それでとりあえず母は止まるんだから」


城壁の左右から、がちゃがちゃと鎧を鳴らし、兵士が集まって来た。


その時、ベルニージュが苦しみに満ちた悲鳴をあげる。胸壁にかけていた左手を抑えている。その手から、目玉の模様が描かれた蛾の羽根のようなものが花弁のように生えていた。それを見たパーシャも悲鳴をあげる。ベルニージュはすぐに呪文を唱え、羽根が生える進行を遅らせた。


「ベルニージュさん!」ユカリは駆け寄ってベルニージュに肩を貸す。「図書館に戻ります! パーシャ姫も早く! 私に捕まって! グリュエー!」


三人は大風によって木の葉のように吹き飛ばされ、碌に体勢を保てないままに聖ジュミファウス図書館の方へ逆戻りすることとなる。いきおい地面に叩きつけられるようにして庭園に転がり落ち、土まみれになった。


ユカリはベルニージュに駆け寄る。すでに羽根は焼き払われているが、痛々しい傷に覆われている。


「パーシャ様」ベルニージュが苦しそうに呼びかける。「群青花ラベンダーはありませんか? 解呪に必要なんです」


パーシャは大地に縋りつくように膝をつき、恐怖の眼差しをベルニージュの左手に向けている。


「……乾燥したものなら」

「お願いします。ユカリは火傷に効く薬草をお願い」

「はい。すぐに」


ユカリは涙を堪え、薬草に、水に、綺麗な布を求めて走り回る。


「他に何か欲しいものはありませんか?」とユカリはベルニージュの左手に布を巻きつつ尋ねる。

「大丈夫だよ。かなり古い魔術にしては洗練されているから解呪にてこずっただけ。歴史ある街はこういうのが怖いんだよ。それよりありがとうね。堀の向こうへ逃げてたら不味いことになってたかも」

ユカリは恐る恐る尋ねる。「どういうことに?」

「羽根が生えてたわけだし、飛んで行っちゃったかもね」


自分の左手に連れ去られるベルニージュを想像してユカリは身震いする。


「とにかく一度中に戻ろう」処置を終えた左手を何でもなさそうに動かして、ベルニージュは立ち上がる。「殿下も、よろしいですか?」


二人を見るパーシャの眼差しは、罪深い咎人を繋ぎ止める鎖と同様に冷たかった。当然だ。本人に無断で体を乗っ取り、連れ出そうとしたのだから。

パーシャは何も言わず、頷きもせず、図書館の方へと歩いて行った。


「何もかもが裏目に出ちゃったね」とベルニージュはあまり気落ちした様子もなく言う。

「はい」としかユカリは答えられなかった。


二人もパーシャの背中を追って急ぐ。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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