「こずえ? 元気だった?」
『美晴! 元気だよ。美晴はどう? 体調は戻った?』
受話器からはいつもと同じこずえの声が聞こえた。
「おかげさまで。いつも心配してくれてありがとうね」
『当然だよ。親友でしょ! 心配するよぉ』
どの口が言うのだと反吐が出そうだ。散々幹雄と赤ちゃんプレイで気持ち悪いやり取りをして、私のことを馬鹿にしているくせに――思わずスマートフォンを握る手に力がこもる。こずえの本性を知らない時は、ずっと騙されていたのだ。幹雄にもこずえにも騙されていた自分は滑稽で憐れだが、もうそんな姿の彼女はいない。
「あのね、聞いて、こずえ。この前懸賞に応募していた旅行券が当たったの! 野ばらリゾートホテルのスイートルームなんだ。あんなに辛いことがあったから、神様が私にプレゼントしてくれたのだと思うの! 幹雄さんと行ってくるね!」
『あ、そ、そうなんだ……よかったね』
不幸話を期待していたのだろう。降ってわいた幸福話にこずえは声を詰まらせた。
「こずえのおかげだよ。いつも励ましてくれてありがとう。この旅行で幹雄さんとの仲をもう一度修復して、今度こそかわいい赤ちゃんを産むわ!」
『えっ、まだ幹雄さんと頑張るの? もうやめた方がいいんじゃない? あんなに酷いことする人なんだから。目を覚ました方がいいよ』
「でも、幹雄さんはこんな私を選んでくれたんだもん。あの人と一生を誓ったのだから、これからも仲良くやっていくつもりでいるの。私、頑張るね!」
『あ、そ、そうなんだ……』
「それだけ言っておきたかったの。いつも応援してくれるこずえに、一番に報告したかったから! 私と幹雄さんはずっと一緒よ。あんなに素敵な人はいないって再確認したの。最近はお義母さまとも仲良くできているし、今までは私の立ち振る舞いがよくなかったのよ。反省して頑張っているのよ」
こずえは黙ってしまい、なにも答えなかった。さっさと離婚しろよ、と罵りたいのを我慢しているように思える。
このような会話をするには、目的があった。自分がいかに幹雄を大切に思い、義母との関係もよくしようと働いているかという証拠提出にするためだ。
沈黙が長く続き、美晴は彼女の感情を察して笑顔で告げた。
「こずえ、あなたも私を心から心配してくれているんだね。ありがとう。でも、心配しないで。私、しっかりしてるから。もし、本当にダメだと感じたら、離れる覚悟もできている。でも今はまだ信じてみたい気持ちが強いの」
『美晴……』こずえの声はしぼんでいた。『あなたが幸せであれば、それでいいの。ただ、美晴を傷つけるようなことがあれば、すぐに私に言ってね。いつでも助けるから』
本当にすごい女性だと感服する。自分だったら浮気相手に同じセリフは口が裂けても言えない。アプリが教えてくれた『上原こずえ』の本性――純情そうな見た目や振る舞いに、誰もが騙されてしまうのだ。
「そういう時のために、こずえがいてくれるって知ってるから! 頼りにしてるね」
『またお茶しに行こうね』
「うん。行こう!」
じゃあね、いつもありがとう、と笑顔で電話を切った。
(ほんとすごいわ、こずえ。アカデミー賞ものの演技力!)
こずえは恐らく焦っているだろう。ブランドものや自分の着る服に金をかけることを惜しまないこずえは、自分のネイルサロンの店をすぐにでも持つことを夢見ている。趣向はさておき、幹雄は見た目もよく金回りもいい。外面もいいとくれば彼を自分のものにして彼を操り、金を引き出させようとしているように思える。だから美晴に離婚を迫り、自分が幹雄の妻の座に君臨したいと画策しているのではないだろうか。
こずえの本性が、幹雄と付き合う『理由』を裏付けた。
幹雄はしょせん、彼女にとってただの金づる。
本音を言えは早々に幹雄と離婚したいが、建前はまだ『幹雄のよき妻』でいなくてはならない。
今の電話を受けて、こずえはどう動くのか――?
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