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「いやー、でも社長。
なんか申し訳ないですね。
私、役立たずなのに出張なんて」
旅費日当まで出してもらって悪いような気がする、と思いながら、翌日、社長室で壱花は言ったが。
書類から目を上げた倫太郎は、
「いつ飛んでもいいように、靴からなにからバッグに詰めて、店内ウロウロされても邪魔だし。
キャリーバッグ抱えて寝てたら、お前、絶対、寝返り打って俺の上に落とすからな」
と言ってくる。
側で聞いていた冨樫が、
「でも、風花の部屋を別にとる必要はない気がしますけどね。
どうせ朝まで社長の部屋にいるのに」
と口を挟んできた。
いや、そこだけ聞いたら、私、ものすごく怪しい女な感じなんですけど……。
「でも、経費切るの、木村だろ。
壱花の部屋代なかったら不自然だろうが。
出張先が、たまたま壱花のおばあさんちの近くだったから、今回、出張時の研修をすることにしたって、みんなには言うさ」
と軽い感じで倫太郎は言っていたのだが。
あとで、その話を聞いた木村たちはすかさず挙手して、言ってきた。
「社長、私は奈良が実家なんですが」
「僕は北海道です」
「私は博多ですっ」
全員が社長の出張に便乗したがった。
それを聞いた冨樫が少し考え、
「じゃあ、私はインカで」
と言ってきた。
「お前まで便乗するな……。
っていうか、お前の実家、インカじゃないだろ。
旅行なら自費で行け。
そして、俺はインカに用はないっ」
と倫太郎に怒鳴られていたが。
出張前日の夜、壱花と冨樫は荷物を倫太郎の部屋に置いてから店に来ていた。
出発時間が早いので、もうそのまま倫太郎の部屋から駅に向かうことになったのだ。
「いや~、便利ですよねえ、こういうとき」
と埃取りのミニワイパーを手に壱花は言う。
高いところにある商品の埃をとっていたのだ。
ちょっと埃をかぶっている方が雰囲気はあるとは思うが、あんまり埃まみれだと買う人がいないからだ。
壱花はワイパーについた埃を見ながら呟く。
「この中にケサランパサランはいないですかね?
幸せになれるんですよね、ケサランパサランがいると」
「……それ灰色じゃないか。
ケサランパサランって、白いふわふわした毛玉みたいな妖怪だろ?」
と倫太郎が言うと、冨樫が、
「猛禽類が小動物を食べたあとに排泄された毛玉だという説もありますよね」
と言ってきて、
「……もっと夢のある話はないんですか」
と壱花は眉をひそめる。
高尾が、
「ケサランパサランねえ。
おしろいで飼えるってあれでしょ?
江戸時代にもいたらしいけど。
僕はまだ見たことないね、若いから」
と笑って言ってくる。
いやだから、あやかしの若いの基準がわからないんですけど……と思いながらも壱花は言った。
「きっとケセランパサランは、ふわふわで可愛いうさぎの尻尾みたいなのですよ。
見つけたいですっ」
だが、倫太郎は眉をひそめて言ってくる。
「これ以上、此処に常駐するあやかしを増やすな。
すでに五体はいるのに」
「五体?」
と壱花は訊き返す。
指を折ってみた。
「高尾さんでしょ?
ああ、子河童ちゃんとかよく来ますよね。
あと、子狸ちゃんたち。
……キヨ花さんも結構来ますかね」
と言って、高尾に苦笑いされる。
「いや、キヨ花の常駐は勘弁」
と言って。
だが、倫太郎は壱花を向いて、
「莫迦」
と言ってきた。
「高尾だろ、お前だろ、冨樫に、ライオンに、オウムじゃないか」
と冷ややかにこちらを見ながら言ってくる。
「いやいやいやっ。
私、妖怪じゃないんですけどっ」
とワイパーを振って、せっかく取った埃を撒き散らしながら言う壱花に倫太郎は、
「いや、お前、なに考えてるのかわからないから」
と言う。
そして、
「あの、私も妖怪じゃないんですけど」
と反論する冨樫には、
「社長に向かって、ものすごい勢いで文句言ってくる秘書、得体が知れなくて怖いから」
と言っていた。
「いやいや、倫太郎。
ライオンとオウムは妖怪じゃないし。
何年も平然と此処に通ってるお前が一番あやかしとの境界線にいると思うよ。
ま、この中では、僕が一番常識人で、人間っぽいかもねー」
と高尾は誰もが頷かない主張をしながら、今日も番犬のように店の入り口で寝ているライオンの頭を撫でていた。