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朝、壱花たちは無事に新幹線に荷物を持って乗ることができた。
倫太郎が窓際の席を譲ってくれようとしたが、壱花は、
「いえいえ。
やはり、そこは社長様がそちらに」
と断り、なんとなく、この間と同じ、両手に花の並びになる。
「そうですね。
風花的にもこの配置の方が社長越しに窓の外が見られていいんじゃないですかね」
と冷静な口調で冨樫が言ってきた。
……いや、どういう意味ですか。
確かにイケメン越しの外の景色は悪くないですが。
それは相手が社長様でない場合ですよ。
緊張するではないですか、と思っていると、
「私はこの使いっ走りの席で充分です」
と冨樫が言ってきた。
「いやいやいやっ。
だから、最初に私がそこに座りましょうかと言ったじゃないですか」
と壱花が言うと、
「冗談だ。
俺は真ん中辺りの席に押し込められるのが嫌なんだ。
逃げ場がない感じがして」
と冨樫は言う。
「……冨樫さん、もしかして、閉所恐怖症ですか?」
「あと、真っ白な雪山も怖いな。
広いのに閉じ込められてる感じがして」
「なにかトラウマがあるとかじゃなくてか」
と倫太郎が冨樫に訊く。
トラウマ……と少し考えたあとで、冨樫は、
「今の父親と初めて会ったのがスキー場でしたね。
何処までも真っ白な雪。
見知らぬお父さん。
いや、いい人なんですが、あのときの緊張感が今も頭にあるのかもしれませんね」
と言う。
何故、初対面がスキー場、と思ったが、レストランなんかで初顔合わせよりは、レジャーに紛れての方が案外いいのかもしれないなと壱花は思った。
それ以上、重い話にはなりそうになかったが、壱花は話を変えようと、鞄から、ごそごそと酢こんぶを取り出した。
「いかがですか?
旅といえば、これですよね、と思って買っておいたんですよ」
倫太郎は酢こんぶの入っていたコンビニの袋を見て、
「……何故、コンビニで買う。
うちの店で買え」
と言っていたが。
いやいや、コンビニにお泊まり用の化粧品買いに行ったときに、ふと見つけて買ったからですよ、と苦笑いしていると、倫太郎が、
「うちの親とか、旅といえば、コーヒーガムか梅ガムだって言ってたぞ」
と酢こんぶを眺めながら言ってくる。
「コーヒーガムに梅ガムですか?」
「今はもう売っていないようだが、板のガムらしくてな。
子どもの頃、コーヒーは飲ませてもらえなかったから、旅行のとき、一枚親がくれるそれをすごく美味しく感じたらしいよ。
一度復刻されてたみたいだが、今はもうないようだな」
俺も食べてみたかったんだが、と倫太郎は言う。
「……駄菓子屋の何処かにありませんかね?
隅に埋もれてそうですよ」
「賞味期限切れてるだろ」
「あの店の中、同じ時間が流れてないのに、賞味期限関係あるんですか」
と冨樫が口を挟んでくる。
まあ、それもそうなんだが、と思いながら、三人で酢こんぶを食べているうちに、壱花はなんとなく祖母の家を思い出していた。
そういえば、おばあちゃんちにも酢こんぶ、よく置いてあるよな、と思ったからだ。
「社長、ありがとうございます」
と唐突に言って、
「どうした?」
と問われる。
「いや、おばあちゃんに会えるな~と思って」
「滅多に会えないのか?」
「いえ、先月も会いましたけどね。
そんな遠くないし」
と言って、じゃあ、その感激はなんなんだ、という顔をされた。
「むしろ、お母さんの方が会いづらいんですよ」
そう壱花が呟くと、倫太郎が、
「……なにかあるのか」
と深刻な顔で訊いてきた。
冨樫的ななにかがっ、と思ったようだった。
「いやそれが、実家は近いんですけど。
ちょっと寄るねって言ってても、うちのお母さん、習い事にランチに、立ち話にと忙しくて、いつ行ってもいないんですよーっ!」
と訴えてみたのだが。
「そろそろ着くな」
「そうですね」
と二人そろって話を最後まで聞かずに、席を立って行ってしまった。