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目を見開いてシャーリィを見つめるカサンドラ。それに対してシャーリィは満面の笑みを浮かべながら答えを返した。
「理由が気になりますか?分かりました。簡潔にお伝えします。エレノアさんは私の大切なもの。そして、エレノアさんの敵は私の敵です。簡単でしょう?」
カサンドラはその顔を見て何かを口にしようとしたが果たせずそのまま光の粒となって消滅した。
次の瞬間『暁』隊員達の大歓声が東部陣地全域へと轟く。
雨が止み、夕暮れ時の赤いを見上げながら、シャーリィは一息吐いた。
『暁』が『エルダス・ファミリー』に続きジャイアントキリングを成し遂げ夕陽に照らされた彼等を見て、大番狂わせの大勝利を噛み締めるのだった。
「シャーリィちゃん……ありがとね」
肩からコートを羽織ったエレノアが声をかける。
「ご無事で何よりでした、エレノアさん。さあ、後始末をしましょう。死傷者の数も正確に把握しておきたいので」
シャーリィが浮かれることはない。彼女は次に来る問題に頭を悩ませていた。
その日の夜、三番街にある『帝国日報』本社にある執務室では、『ボルガンズ・レポート』を率いるヨシフ=ボルガンズが今しがた届いた情報を見て上機嫌になっていた。
「はははーっ!やりやがった!四倍の差がある相手を撃退やがったぞ!流石はシャーリィ、俺様の見込んだ女だ!」
上機嫌なボルガンズと一緒に速報を見ていた腹心のステファニーも驚きを見せる。
「まさか本当に勝つなんて。それに、傭兵王と残虐のカサンドラの死亡を確認……これだと『血塗られた戦旗』も終わりね」
「だから言っただろう?ステフ。『血塗られた戦旗』なんざシャーリィの敵じゃないのさ。明日の朝刊は決まりだな。“『暁』の快進撃!彼等はシェルドハーフェンに新しい風を呼び込む!新時代の到来か!?”ってな!」
「そんなことを書いて良いのですか?他の勢力を、特に保守的な組織を刺激することになりますよ?」
ステファニーの言葉に対して、ボルガンズは愉快そうに答える。
「ははっ、だから書くんじゃないか。俺様はシャーリィをスターにしてやるって言ったじゃないか。スターたるもの、波乱万丈の人生を送らなくちゃいけない。山有り谷有りの物語こそは、読む人間を引き込む。それがエンターテイメントだろ?」
「彼女からすれば余計なお世話に他ならないわね」
肩を竦めるステファニーを見てボルガンズは上機嫌に言葉を続ける。
「先ずは『血塗られた戦旗』の残党がどう動くかだな」
「流石に降伏するのでは?リューガが死んだ以上、組織も瓦解するでしょう」
「そんな面白くもない展開は、誰も望んじゃいないんだがなぁ」
「残された戦力では無理ですよ。それとも介入しますか?」
「……いや、まだテコ入れには早すぎる。まあ、多少は楽しませてくれたんだ。それで満足するとしようか。明日の朝刊の原稿、手配しておいてくれ」
「畏まりました」
一礼して部屋を出ていくステファニー。残されたボルガンズは愉快そうな笑みを浮かべてシェルドハーフェン全体の夜景に視線を移す。
「スターへの階段、その第一歩だ。楽しみにしとけよ、シャーリィ。俺様が忘れられない、飛び切りのスターにしてやる。波乱万丈で退屈しない素敵な人生を用意してやるからな」
メディア王は密かに暗躍を開始する。彼の身勝手な願望により、シャーリィにとっては更なる苦難の始まりを意味していた。
『黄昏』では『暁』が戦後処理に追われていた。死傷者の数を正確に把握し、広場に作られた野戦病院ではロメオを中心に医療班が負傷者の手当てに奔走していた。
死傷者の合計は百名近く、最も大きな被害を出したのは『海狼の牙』からの援軍であり、死傷者は五十名を越えていた。
これは後方からの奇襲を敢行した後、総崩れになるまで攻撃の手を緩めなかったことが一因となっている。
これによって『血塗られた戦旗』に背後から圧力を掛け続けることが出来て、総崩れを起こす要因の一つとなったが、数に勝る敵と戦い続けた結果死傷者も増大したのである。
野戦病院はシャーリィの要請でドワーフチームが製作した簡易テントと簡易ベッドによって構成されており、これらは簡単にではあるが折り畳み式となっていて移動や展開を迅速に行うことが出来た。まだまだ課題は多いが、野晒しにするよりは遥かにマシだと医療現場からは好評を得ている。
その野戦病院の一角、簡易ベッドではなく木製の椅子に座り右腕に包帯を巻いて貰っている強面の紳士をシャーリィが見舞う。
「メッツさん」
「おっ、ミス・シャーリィ!大勝利ですな。お見事!」
強面に似合わぬ爽やかな笑みを浮かべてシャーリィを迎えるメッツ。
看護師が気を利かせてもう一つの椅子を用意し、シャーリィはそれに腰かけた。
「お怪我の具合はどうですか?」
「なぁに、掠り傷だよ。流れ弾を貰ってしまってね。いやはや、締らないものだ。ボスに笑われてしまうよ」
「そうでしたか……大事がなくて良かったです。貴方を死なせた何て、サリアさんにお知らせしたくはありませんから」
「はっはっはっ!何のこれしき、ちょっとした運動にもならんよ!」
笑みを浮かべるメッツを見て、シャーリィは少しだけ視線を下げる。
「……今回は、ありがとうございました。多大な犠牲を払わせてしまうことになってしまい、申し訳……」
「おっと!謝罪は無しで頼むよ、ミス・シャーリィ」
謝罪しようとしたシャーリィを遮り、メッツは言葉を続ける。
「血の盟約に則り、我々は血を流した。むしろ無傷だったらボスに叱られてしまう。我々は契約を果たした。なら、ミス・シャーリィが言うべき言葉は謝罪かな?」
メッツの言葉にシャーリィは一度目を閉じて深く息を吐き、目を開いて彼を見つめる。
「此度のあなた方の犠牲、決して忘れません。今度は私達が血を流す番。『海狼の牙』とは今後より一層の深い関係を構築していきたいです」
「その言葉を待っていた、ミス・シャーリィ。貴女は自分のために流された血を粗末に扱わないだろう。『暁』と『海狼の牙』は利害関係を越えた友好関係を築く。それがボスの願いだ」
「はい……ではせめて、怪我が完治するまで皆さんのお世話をさせていただきます」
「それは助かるよ。ボスにも一報入れてくれると有難い。ご覧の通り、手紙を書けるような状態じゃなくてね?」
包帯を巻かれた右腕を見せるメッツに、シャーリィも薄く笑みを浮かべる。
「その辺りはご安心を、既に使者を派遣しています。皆さんの傷が癒えるまでお世話させていただく旨も伝えていますよ」
「ははっ、用意が良い。流石はミス・シャーリィ。とは言え、今日は貴女も疲れただろう。しっかりと休みなさい」
「ありがとうございます、メッツさん。もう少ししたら休みますね」
メッツを見舞い、『海狼の牙』との関係をより深化させたことを確信したシャーリィは、疲れた体に活を入れて戦後処理を続けるためその場を後にした。