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夜となったが、『黄昏』では引き続き戦後処理に追われていた。町中に松明の明かりが灯され、更に数少ないが発電機から得られる電力によって電灯が灯されて町を明るく照らし出す。
『黄昏』中央広場に設営された野戦病院では医療班が縦横無尽に動き回り負傷者の手当てに奔走している。
シャーリィは負傷者達を見舞ったあとは野戦司令部に移り戦後処理の為の指揮を執っていた。
「優先すべきは、この瞬間を狙った奇襲攻撃です。『血塗られた戦旗』だけではなく、他の組織が動く可能性もあります。引き続き厳戒態勢を維持しつつ、交代で休養を取ってください。マクベスさん」
「はっ、現在動ける者達を集めて各陣地の警備を継続しております。今回戦場とならなかった北部、南部陣地の人員が自主的に活動してくれているので、その分皆を休ませることが出来ます」
皆汗や泥、血等で汚れたままではあるがテーブルを囲んで方針を話し合っている。
「お嬢様、この度の作戦で貴重な戦車を一両と部下達を死なせてしまいました。申し訳ありません」
戦車隊を率いるハインツが頭を下げる。戦車隊に損害が出たことは『暁』各員を大きく驚かせたが。
「運用上の誤りがあったのは私の責任です。砲兵陣地へ突撃を命じるなど、明らかに無謀でした。他に手段が無かったのかと自問しています。ハインツさん達はそんな中で確実に戦果を挙げて作戦成功へ導いてくれました。称賛されるのは当然、責める理由がありません。本会戦最大の功労者は皆さんです。充分な見返りを期待してください」
「はっ!皆も喜びます」
「我が砲兵隊も敵戦車を撃破することが出来ず歩兵団に無用な犠牲を払わせてしまいました。申し訳ありません」
「マークスさん、戦車を最優先に仕留めるように命じたのは私です。同じく責任は私に有ります。その後の砲撃支援には多いに助けられました。次も期待しています」
「はっ!」
「ダンさん、此度の被害は?」
「死者も出ましたが、総員の半数以上が負傷する結果となりました。医療班の尽力に感謝を。しかしながら、三者連合から立て続けに行われた戦いで我々は疲弊しております。せめて一年、いや半年は体勢を立て直すために時間を頂きたく」
「ダン殿、言葉が過ぎるぞ。今年になってから続く戦いは、決してお嬢様の本意ではない」
マクベスがダンを諌めるが、シャーリィがそれを制する。
「ダンさんの意見は尤もです。私としても組織の再建と更なる拡大のために時間を作りたいと考えています」
「『血塗られた戦旗』の後始末は私達情報部が請け負うわ。もう正面から戦う力も残されていないでしょうからね」
ラメルが不在のため代わりに出席したマナミアが発言する。
「よろしくお願いします、マナミアさん。とは言え、戦闘部隊の皆さんにはもうひと頑張りして貰う必要があります」
「ガズウット男爵の領邦軍ですね?シャーリィ」
隅に置かれた椅子に座り黙って聞いていたカテリナが口を開く。
「はい、シスター。ラメルさんからの情報によれば、ガズウット男爵の領邦軍が四日前に男爵領を出撃したそうです。鉄道輸送を行っていて、一週間以内に『黄昏』へ辿り着くことが予想されます。数は三百名」
シャーリィの言葉に皆が顔を見合わせる。
「また多いな、今の俺達で勝てるのか?シャーリィ」
ルイスが代表して問い掛けると、シャーリィは何でもないように言葉を返す。
「問題ありません。ガズウット男爵は領邦軍の装備については随分とケチな様子。マスケット銃を主体とした戦列歩兵です」
「このご時世にまだマスケット銃、ですか?それも貴族様の私兵が?」
エーリカは信じられないように問い返す。
「事実です。まあ、普通ならば貴族相手に揉めても利益はありませんからね。そんな旧式の軍隊でも言うことを聞くのでしょう」
「普通なら、な。嬢ちゃんは気にもしないだろう?」
壁際に立つドルマンが不敵な笑みを浮かべてシャーリィを見る。
「そうです。そのための手段は用意しました」
「レイミちゃんのことだね?シャーリィちゃん」
椅子に座ったエレノアがシャーリィを見上げながら問い掛ける。
「ええ、この後連絡を取るつもりです。レイミならば問題ないと確信していますが、万が一の場合は少しだけ面倒なことになりますよ」
「お嬢が面倒事に巻き込まれるのはいつものことさ。そして俺達がやることも変わらない。そうだろ?」
足を負傷したため椅子に腰かけたベルモンドが言葉を返す。
「その通りです。マクベスさん、マスケット銃を装備した三百名に勝てますか?」
「はっ。相手が旧態依然とした装備と戦法に頼るならば、現状の戦力だけでも充分に対処できます」
「ドルマンさん、装備の質で問題は?」
「全く無いな。問題があるとすれば、弾が無駄になるだけだな」
「では、万が一交戦状態となっても問題はないと」
「主様、付け加えるなら錬度も低いわよ。ガズウット男爵は領邦軍を恐喝にしか使わなかったから、質も低いし実戦経験なんてほとんど無いわ」
「対する私達はこの四年間で派手に遊びましたからね。経験だけならそこらの軍人より積んでいます。つまり、負ける要素がありません。慢心をしなければ、ね」
「シスターの言葉、肝に銘じましょう。事後処理を行いつつ『血塗られた戦旗』を警戒。領邦軍を迎え撃ちます」
幹部一同がシャーリィの言葉に頷く。
「けど、先ずは風呂に入ろうぜ。流石に色んなものでベタベタだしよ」
「ルイの言う通りですね。先ずは汚れを落として身体を休めましょう。今日はご苦労様でした」
幹部達が解散して各自役目を果たすために散るが。
「シャーリィ」
カテリナがシャーリィを呼び止めた。
「何でしょう?シスター」
「付き合いなさい」
カテリナはそれだけ伝えるとシャーリィを伴い浴場へ向かう。
そこはシャーリィが個人的な使用している小さな浴場ではあったが、二人が入浴する分には問題の無い広さがあった。
手早く身体を清めた二人は湯船に浸かり、一息つく。
「シスター、お話とは?」
「貴女はどうするつもりですか?」
「と言いますと?」
「レンゲン公爵家との話が上手く纏まれば、貴女はレイミと一緒に保護を求めることも出来るでしょう。裏社会ではなく華やかな貴族社会に復帰することも出来る」
カテリナはいつになく強い意思を秘めた目でシャーリィを見つめる。
本音を言えばシャーリィには日陰ではなく陽の当たる世界で暮らして欲しいと言う親心から来るものである。
親代わりとして今も自分を見守ってくれる存在の言葉にシャーリィは少しだけ考えて、そして向き合う。
少し長い、親子の語らいが始まる。