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「ロメ氏~、起きてる?」
明村ハルの声に、ロメはふっと目を覚ました。
見慣れた寮の天井が目に飛び込んでくる。
「……おはよう、ハルちゃん」
「おっはよ! 今日もいい天気だね~!」
二段ベットの上から発した声は、我ながらボケボケに寝ぼけていた。
ルームメイトであるハルの声は対照的にハイテンションだ。
「私、朝ごはんに行くけど、ロメ氏はいつも通りパス?」
「パスでお願いします……」
「ロメ氏、本日も朝弱しの通常営業! んじゃ、いってきま~す」
「いってら~……」
ハルが去ってしばらくしてから、ロメはようやく体を起こした。
昨日は寮に帰り着いた時点でヘロヘロになっていて、着替えもそこそこにベッドに倒れこんだ後の記憶がない。
ずいぶん寝たはずなのに体は石のように重く、ゾクゾクと寒気がした。
「風邪引いちゃったのかなあ……今日、お休みしたい」
のろのろと洗面室へ行き、歯ブラシを取り出しながら鏡を何気なく覗き込む。
「……んあっ!?」
鏡に映ったモノが目に入った瞬間、思わず変な声が出た。手から歯ブラシが滑り落ちる。
「え……!? 何これ!? こ、これが私……?」
見慣れたはずの自分の顔は変わり果てていた。
顔色は見たこともないくらい蒼白で肌はひび割れだらけ。目はどんよりと濁っていて、唇は不気味な紫に変色している。
「嘘、なにこれ……どうなってるの? こ、こ、これじゃまるで」
死体。
思わず後じさると、背が壁にドンと当たった。そのままずるりと壁に体重を預ける。
「お、落ち着け、落ち着いて……これはそう、連日の徹夜とスキンケア不足の代償なんだ……」
ブツブツと呟いていたロメは、ふと妙な違和感に気が付いた。
そろそろと手を上げて自分の胸を撫でる。
Tシャツ越し、ささやかな大きさの胸からは、何の音も感じられない。その代わりに、妙な実感があった。
自分のからだが『止まっている』感じ。
ロメは自分の胸を抱きしめたまま、ずるりとその場にへたり込んだ。
昨日のバンドマン(推定)の顔が不意に頭をよぎる。
「……もしかして私、死んでる?」
「だからそう言ってるじゃねーか」
独り言に返事が返ってきて、ロメは飛び上がりかけた。
しかも、女子寮で聞こえるはずのない『男』の声。
「おいコラ、ゾンビ女。昨日はよくもチカン呼ばわりしてくれやがったな」
「ぎゃっ!?」
振り向いたロメはのけぞった。
いつの間に現れたのか、昨日の世紀末バンドマン(推定)――ルチオが洗面室の入り口に立っていた。相変わらずヘヴィでメタルな恰好で、やたらでかいバッグを小脇に抱えている。
「お前って寮生活なんだな。高校の付属寮なんて初めて入ったぜ」
「な、な、ななな、何故ここに……!?」
「あ? 窓開いてたから」
そういう意味じゃない。
とはいえずに凍り付くロメの膝に、ぽんと手帳が放られた。
「コレ見てきたんだよ」
「あっ……わ、私の生徒手帳?」
「部屋番号までメモってんなよ。アホじゃねーのか」
「な、何しにここへ……? ハッ、まさか『人をチカン呼ばわりしやがって、お前も俺の髪みたいにピンクに染めてやろうか(18禁)』的な……」
「いきなり早口になるな! つか妙な妄想してんじゃねえ、俺はエロ漫画のキャラか」
ルチオは縮こまるロメにずいと近づくと、無遠慮に顎をわしづかみにして持ち上げた。
「ひぇっ、首がゴキって……!」
「いいからよく見せろ」
至近距離から顔を覗き込まれ、ロメはあたふたした。
「な、ななな」
「ふーん、こうなんのか。だいぶヤベーな、オカルト映画の巨匠が巨額オファーしてきそうな仕上がりじゃねえか」
「……」
うろたえていた気分が一気に静まった。
ルチオは顔を上げると、ロメのからだを引きずり上げて反転させた。
またしても鏡に自分の顔が映り、ロメは思わず目をぎゅっと閉じた。
「おい、力入れんなって」
「だ、だって怖すぎて……! ほ、ホラー苦手なんです」
「自分の顔だろ。……ま、ちょうどいいか。そのまま突っ立ってろ」
「へ」
バチンと何かを開ける音がして、しばらくごそごそと動く気配がした後に鼻の頭にちょんと冷たいものが乗せられた。続いて、額、頬、顎に同じ感触が落とされる。
「何……クリームですか?」
「動くなよ。あと喋んな」
すっ、と顔を柔らかいものが滑った。
クリームが手際よく顔全体にのばされていく。
これはいわゆる、メイクだ。
今、自分はメイクされている、とロメは気が付いた。
でも、なぜメイク?
「あの……」
「喋んなって言ってんだろ! 殺すぞ」
「ひいっ、すみません!」
「まあ、もう死んでるけどな。ワハハハハ!」
全然笑えない上に異様な状況に突っ込みたいことが多すぎたけど、ロメは結局なされるがままに目を閉じていた。殺されたくはない。
「……昨日の話だけど」
話しかけられたのは、しばらく経ってからだった。
「何でお前がゾンビになっちまったかって話」
返事をしていいのかどうか迷っているうちに、声は勝手に続いた。
「事故の時、俺の持ってたパウダーがお前にかかっちまったんだ」
頭の中に昨日の光景が浮かぶ。ポケットから転がり落ちた、白い袋。
もしかしてアレに入っていたんだろうか。
「そのパウダー、『死体をゾンビにする』って話でな。アホくせえって思ってたけど、まさかマジもんだったとはな」
話を整理するのにしばらく時間がかかってから、ロメはようやくハッとした。
「……それもしかして、私がゾンビになったのあなたのせ」
「しっ」
「ふむっ」
抗議しかけた唇に筆が走り、色が重ねられる。
「だから喋んなっつってんだろ、鼓膜破けてんのか? まあいい、見ろよ」
ロメはこわごわと目を開けた。
「――どうよコレ。少しはましになったろ」
真正面、鏡の中にはいつもと変わらない自分の顔が映っていた。
肌は生き生きとして、頬は赤みが差し、唇はみずみずしい。
「……わあ、生きてるみたい……」
前言撤回だ。むしろどう見ても、生前以上に生き生きとした顔になっている。
「す、すごいです……あっ、魔法使いの方ですか?」
「何アホなこと言ってんだよ。お前ちょっとヤベーな頭ン中」
お前に言われたくない、という言葉を飲み込んでロメは「すみません」と呟いた。
「まあ、これなら何とか騙せるな。さすが俺。……これなら生き返れるかもな」
「ほんとにそうですね……って、え!?」
鏡に見とれていたロメは一瞬で現実世界に帰還した。
「ちょちょちょ、今何て言いました!?生き返れる!?エリクサーですか!?復活の呪文ですか!?」
「ゲームじゃねえよ! ちょっとどころじゃなくだいぶイッてんのかお前は!」
「じゃっ……じゃあ、どうすれば!?」。
「彼氏を作れ」
ルチオは微かに顔を赤らめつつ、きっぱりと言い切った。
「『理想の彼氏と恋をする』。これが生き返る方法だ。……クソ、こっ恥ずかしいなこの説明」
ゲームはゲームでもクソゲーの匂いがしてきた。
「かっ……か? こ……こい……?」
「バグってんじゃねえぞ、おい。脳溶け始めたか?」
「ち、ちょっと待ってください、えーと……」
「ロメ氏~、ただいま!」
唐突にバン!とドアが開いた。
「今日の朝食はパンケーキだったよ~、神レベルの味……って、え!?」
鼻歌交じりで入ってきたハルが、ルチオを見て固まる。
「な、ナニヤツ!?」
「ヤベ」
ルチオはバッグを担ぐと、ロメにメモ用紙を押し付けた。
「詳しく聞きたきゃここに来い。一人で来いよ!」
「えっ、ここってどこですか!?」
「俺んち!」
そう言い残して、ルチオはさっと部屋を横切ると、窓から飛び出していった。
「俺んちって……まさか、家に来い、と?」
あの見るからに怖くて怪しい男の人の家に?
ひとりで?
呆然と立ちすくむロメにハルが駆け寄ってくる。
「何今の!? 人間!? ロメ氏、悪魔でも呼び出したの!?」
「……ハルちゃん」
ギギギ、と首を回すとロメはぎこちなく微笑んだ。
「窓……窓には鍵かけよう。ここ、一階だし……ね」
「へっ? あっ、うん……ってロメ氏!? 立ったまま白目むいてるよ!? しっかり、しっかりして~!?」