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翌日から、クリスは部屋から出てくるようになり、ルシンダとも会話してくれるようになった。
「ルシンダ、ずっと無視して悪かった」
「いいんです。クリス様が部屋から出てきてくれて嬉しいです」
「……僕のこと、お兄様と呼んでもいいから」
やや無愛想に見えるのは、照れ隠しなのかもしれない。
精神年齢でいえばルシンダのほうが年上だが、今世ではクリスが兄だ。それに、自分を家族として見てくれることが嬉しかった。
「はい、お兄様!」
ルシンダが満面の笑みで返事をすると、クリスはほっとしたように微笑みながら、ルシンダの頭をポンポンと撫でてくれた。
(私、両親運はないけど、お兄ちゃん運はあるみたいね!)
ちなみに、「仕事」を無事に成功させたので、義両親の態度にも何か変化があるかもしれないと思ったが、まったく変わることはなかった。
それでも、「仕事」が済んだ途端に追い出されなかっただけで十分だろう。
また、食事の時間にクリスも同席するようになったので、気まずい空気がいくらか和らいだのもありがたかった。
そしてある日の朝食の時間のこと。いつものようにクリスと会話をしていると、珍しく義母が話しかけてきた。
「ルシンダ」
「はい、何でしょうか?」
「王宮からお前宛に、第一王子とのお茶会の招待状が届いたわ。きっと将来の婚約者探しね」
「え……王宮? 王子? 婚約者?」
突然降って湧いた話に、理解が追いつかない。
「そうよ。第一王子のアーロン殿下と歳の近い令嬢とその母親が招待されているらしいわ。王子にアピールするチャンスよ! 孤児の娘を養子になんてしたくなかったけれど、こういう可能性もあるかと思って引き取ったのよ。必ず参加して役立ってちょうだい」
「で、でも、お茶会なんて参加したこともないですし……」
「マナーの先生を呼ぶから、しっかり覚えなさい。私に恥をかかせるんじゃないわよ」
「は、はい……」
そうして、翌日からお茶会マナーのスパルタレッスンが始まったのだった。
◇◇◇
「ルシンダ、疲れているようだけど大丈夫か?」
レッスンを終え、庭でボーッと呆けていたルシンダに、クリスが気遣わしげに声を掛けた。
「……はい、なんとか」
「茶会まであと一週間だったか」
「そうですね。毎日のレッスン漬けのおかげで、マナーもだいぶマシになったので安心してください」
ルシンダが疲れ気味の笑顔を浮かべると、クリスが小さくため息をついた。
「僕は茶会なんて行かなくていいと思ってる」
「えっ」
「いくら王子が参加する茶会とは言え、ルシンダがそこまで無理する必要などない。それに婚約者探しだなんて……」
クリスが不機嫌そうに顔をしかめる。
「心配してくれて、ありがとうございます。でも、さすがに王宮のお茶会を欠席するのはマズそうですし、お母様が王宮に行く気満々ですから、行くしかなさそうです……」
「……あの母だったら、何がなんでも連れて行きそうだな」
「はい。もう仕方ないので、美味しいお茶とお菓子を食べに行くんだと思って頑張ります」
ルシンダがぎゅっと拳を握って宣言すると、クリスが可笑しそうに笑った。
「そうか。それなら、せっかくだから楽しんでくるといい」
◇◇◇
そして、お茶会当日。
義母と一緒に茶会の会場である王宮庭園を訪れたルシンダは、王宮のあまりの壮麗さに圧倒されていた。
伯爵家の何十倍あるのだろうかと思うほどの巨大な宮は、白亜の壁が日の光を反射してきらきらと輝いている。
眼前に広がる庭園は、熟練の庭師たちが丹精込めて世話したであろう季節の花が、美しく咲き誇っていた。
(もしかして私、すごく場違いなんじゃ……)
二度の人生最高レベルの高貴な空間に、居た堪れなさをひしひしと感じて冷や汗が浮かぶ。
「あら、緊張してるの? これだから平民上がりは……。まぁ、あんたは顔だけはいいから、少しでも愛想良くして印象を残してきなさい」
義母は、さすが生粋の貴族なだけあって堂々としている。
ルシンダが少しだけ感心していると、やがて王妃と第一王子が姿を現した。
(やっぱり王族はオーラが違うなぁ……)
つい先ほどまでは、義母の自信に満ちた態度に感じ入っていたルシンダだったが、いざ王族を目の前にすると、格の違いは歴然たるものだった。
王妃は絶世の美女との噂に違わない美しさで、その佇まいには一介の貴族には持ち得ない気品と風格が感じられた。
第一王子も、母親譲りの綺麗な顔にはまったく緊張の色も見えず、サラサラの金髪に、やや垂れ目の碧眼という容姿も相まって、まさにお伽話の王子様といった様子だ。
挨拶に伺った招待客一人ひとりに優しく微笑みかける姿は、女神と天使のようだった。
(お母様は女神というより魔女って感じだもんなぁ)
そんなことを考えているうちに、ルシンダが挨拶する番になり、慌ててお辞儀をする。
「本日はご招待いただき、ありがとうございます。ルシンダ・ランカスターと申します」
「アーロン・ラス・ハイランドです。こちらこそ、今日はありがとう。楽しんでいってください」
毎日レッスンに励んだおかげで、第一関門の挨拶は無事にクリアすることができた。
次はテーブルに着いて、いよいよお茶会の始まりだ。
なんでも、今回のお茶会では親子別々の席に座り、母親たちは王妃と、令嬢たちは第一王子と一緒に歓談するという趣向らしい。
(これなら、うっかり失敗してもお母様に怒られずに済むから助かった!)
ほっとしながら案内された丸テーブルの席に着いたルシンダだったが、安心できたのはほんの一瞬だった。
「失礼します」
礼儀正しい挨拶とともに、隣の席にアーロンが腰掛けたのだ。