テーブルの上にトランプが配られた。
窓の外の光が、カードの模様を淡く照らす。
リリアンナが笑顔で手を伸ばし、手札を差し出す。
差し出されたカードを一枚引き抜こうとした際、セレンの指先が、リリアンナの手指にほんの一瞬、触れた。
自分のものより少し体温が低いのだろうか。何となくひやりと感じられたリリアンナの指は、スッと細く華奢で、なめらかだった。
手が当たったのは、秒数にして一秒にも満たないようなごくごく短い時間だったにも関わらず、まるで時が止まってしまったかのような錯覚に襲われたセレンは、思わず息を止めた。
胸の奥で、何かが音を立てて弾けた。
セレンはリリアンナから引き抜いたカードを自分の手にしたカードと照合する作業も忘れ、目の前のリリアンナに見惚れてしまう。リリアンナの髪にも窓から差し込んだ日差しが当たっていて、ふわふわの暗赤色の髪の毛が、光を透かして彼女の肩口を滑る。マラカイトグリーンの瞳に見つめられて、心臓がドキリと跳ねた。
(ああ、これは……マーロケリーの特徴だ)
リリアンナの髪色は、セレンが幾度手を変え品を変え、様々な染料で試しても作れなかった〝赤〟だった。
(僕のはまるでイスグランの色なのに)
ストレートの黒髪に、赤色の瞳。それらは全て、イスグラン国民によく出る色だ。
その特徴のお陰で、マーロケリーの人間であるにも関わらず、変装することなくこの場へ居ることが出来ている。
セレン・アルディス・ノアールという名は、今回の旅のために作られた偽名。ニンルシーラに隣接した地域を統べるノアール侯爵家の三男坊というのももちろん嘘だ。そんな侯爵家なんて、どこにも存在していないのだから。
目の前に座る辺境伯ランディリック・グラハム・ライオールが、イスグラン帝国皇太子アレクト・グラン・ヴァルドールの命を受けてでっち上げた仮初めの身分に過ぎない。
セレンの正体は、イスグラン帝国とは敵対状態にあるマーロケリー国の皇太子セレノ・アルヴェイン・ノルディール。
セレノは紛れもなくマーロケリー国の王族の血を引く身でありながら、イスグラン帝国人のような色――黒髪・赤目を持ってこの世に生を受けた。
それはかつて両国がノルディア王国として一国だった頃の名残らしい。国内においても一定の割合で生まれてくる色なのだが、残念なことにマーロケリー国においても、敵国イスグランの色は忌み色とされている。あってはならないこととして国を挙げて声を上げてはいるが、その色を持って生まれた者は虐げられることが多い。
次期国王になる自分が敵国の色で生まれてきたことは、ごく近しい間柄の者しか知らないことだ。
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