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「いやぁ、寅さん!さすがだねぇ!ちゃんと、こっちの事を計算して出前してくれるたぁ、たいしたもんだよっ!」


風呂上がりの二代目は、顔を蒸気させご機嫌だった。


茶を運んで来た寅吉に、いつものように適当な事を言いながら、そんじゃあと、喜び勇んで箸を取った。


なんでも、夕飯時に岩崎家へ訪ねるのもなんだからと、自分が食べる物を出前で用意したようだった。


まさか、男爵家の晩餐にありつけるとわっ!などと、嬉しそうに重箱へ箸を伸ばしその味を堪能している。


「男爵家といえば!聞きやしたよ!亀屋も、およばすながら演芸会のお手伝いさせて頂きますっ!」


演奏会の当日、亀屋が出演者である学生達に弁当を用意し、ついでに、客へ売るとかなんとか……。


完全に発表の場は娯楽の場に転じていると岩崎はムッとした。


「まっ、そういうことで、京さん!演奏会は大成功!田口屋も亀屋も一儲けできるという!こりゃまた、ありがたいねぇ!」


二代目は、モグモグ肉を頬張り寅吉に酌をしてもらい、ご機嫌だった。


そうこうするうち、


「寅さん!すまねぇ、布団頼むわっ!横になる!」


少々呂律の回らない口調で二代目が寅吉へ指示を出す。すると、何故か寅吉も慣れた動きで隅の押入れから布団を取り出しさっさと寝床を用意した。


「……二代目。いつになったら、その布団を……」


黙りこんでいた岩崎が、口を開いた。


「あ?!ああ、布団ね。いくら大家だからって、そこまで甘えられないだろ?」


言うと二代目は、布団に潜り込み、今日は疲れた酒が回った、などと言って、あっという間にすーすー寝息をたて始める。


「そんじゃー、徳利とセイロ下げとくよっ!」


寅吉は、徳利とセイロを持ち店へ帰って行く。


「……月子。気にするなといっても気になるだろうが、二代目はいつもこうなのだ。ここに泊まれるように、布団まで持ちこんでるのだよ……」


やれやれと、呆れながら岩崎は、腰をあげた。


「月子とお咲で、ゆっくり食べなさい。ああ、風呂に入るといい」


「おっ!そうだ!先に風呂に入んなよ!月子ちゃん!今ならまだ湯も冷めてない!って言うか……」


寝ていたはずの二代目がムクリと起き上がり、月子へ風呂を勧めるが……。


「まさか、俺が寝てる間に、二人で入ろうなんて言うつもりだったんじゃないの?!京さん!」


たちまち批難の言葉を岩崎へ浴びせる。


「う、うるさいぞ!!な、な、何を言っているっ!私は忙しいんだっ!明日の準備をする!邪魔しないでくれっ!!」


怒鳴り付けるように岩崎は言うと、そのまま居間を出て行ってしまった。


「なんだよ!感じ悪いなぁー!」


ふて腐れる二代目とは裏腹に、月子は岩崎が殆んど食べていないことに気を揉んだ。


男爵邸でも、演奏会について何かやることがあるようで、岩崎は確か部屋にこもったはずなのだが、芋羊羹やら晩餐会やらで、どうなったのか月子には見当もつかない。


とにかく、食べてもらわなければと、月子は慌てて取り皿に清子が詰め込んでくれているお握りをよそって岩崎の後を追った。


「あっ、田口屋さん。お咲ちゃんに食べさせてあげてください!」


それだけ言うと、月子は慌てて廊下に出る。


「え?!ちょっ!月子ちゃん!」


二代目の側では、お咲が肉と言って、口を開けていた。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

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