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57 ◇新しい道が
「親しくさせてもらっているうちにどうも僕は温子さんのことを好きに
なってしまったみたいです」
「えっ……」
「いつも4人でわいわい楽しく過ごしてますが、たまには明日にでも
ふたりで出掛けたりしませんか、おいやでなければ」
『おいやでなければですって。嫌なわけないじゃないですかー』
「はい」
「ほんとうに? いいんですか」
『私のほうこそ、いいんですかって聞きたいくらいです』
「はい。楽しみにしています」
「よかった……。あっ、失礼っ」
涼さんはそういうと、私の身体から離れた。
触れていた暖かいものから離れると、心もとなさを感じた。
私は彼のような素敵な男性に抱きしめられて夢心地だったような
気がする。
実際にこんなことが自分の身に起きるなんて、人生って捨てたも
んじゃないのねって心からそう思った。
「じゃあ、明日ここで待ち合わせしませんか? 10時頃でどうでしょう」
「はい。10時頃こちらへおじゃまさせていただきますね。
それじゃぁ―――あの……
怪我をするところを助けていただいてありがとうございました。
では、これで失礼します」
「じゃあ、また。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
事務所から外に出て、夜空を見上げると満月が
くっきりと見えた。
月を見ながら、知らず知らずのうちに私は先ほど与えられていた温もりの
残骸を知らず知らず、追いかけていた。
それにしても……今宵はなんと素晴らしい1日だったのだろう。
皆で花火をして、楽しく語らいながらお弁当を食べて……それだけでも
幸せな気持ちになれたのに、素敵な男性からの告白まであった。
梅雨時に家族全員から家を追われるようにして家を出た日の自分に……
絶望と悲しみのどん底にいた自分に……先でこんな素晴らしい人たちに巡り
合えてとっても幸せになっているよと、教えてやりたい。
絹さんに涼さんとのことを勧められた時は、自分なんて彼にふさわしくない
と話したけれど、私には夫がいて家から追い出されたということも知った上
でああいうふうに言ってくれたのだから、自分を卑下することはやめて彼を
信じてみよう。
――――― シナリオ風 ―――――
〇工場・応接間 花火の夜のあと (続き)
涼「……親しくさせていただいているうちに、どうも私は温子さんを
好きになってしまったようです」
温子「えっ……」
涼「いつも四人で賑やかに過ごしていますが……
たまには、明日にでもふたりで出掛けませんか。お嫌でなければ」
温子(心の声)『嫌なわけないじゃないですか……!』
温子「……はい」
涼「ほんとうに? よろしいのですか」
温子(心の声)『私のほうこそ(いいんですかっ)て聞きたいくらい……!』
温子「はい。楽しみにしております」
涼「……よかった。あっ、失礼」
涼はそっと温子から身体を離す。
温子は一瞬、離れた温もりに心細さを覚える。
温子(心の声)『夢心地のよう……こんなことが本当に起きるなんて。
人生も捨てたものではないのね』
涼「では、明日ここで。10時頃でいかがでしょう」
温子「はい。10時頃、こちらへ伺います。
……あの、先ほどは助けていただいてありがとうございました。
それでは、失礼いたします」
涼「ではまた。おやすみなさい」
温子「おやすみなさい」
〇 工場敷地内・夜道 寮への帰り道
外へ出た温子の目に映るのは、冴え冴えとした満月――
ハーベストムーン。
月を仰ぎながら、先ほどの温もりを胸の奥で追いかけている
自分に気づく。
温子(心の声)『花火をして、笑い合い、お弁当を囲んだだけでも幸せだった
のに……そのうえ、涼さんから告白まで……。
梅雨に家族から追われ、絶望の中にいた私に教えてあげたい。
――未来にはこんな素晴らしい出会いが待っているのだと』
回想:絹の言葉を思い出す温子。
温子(N)「涼さんにふさわしくない」と卑下した自分に、
彼女は「大丈夫」と背を押してくれた。
全てを知った上で気持ちを伝えてくれた涼さんを信じよう。
その想いを胸に、温子は夜空の下で静かに微笑んだ。