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成瀬泉と不破理人の出会いは、小学6年生。
中高一貫教育の私立青双学園の受験日だった。
100年以上の歴史を持つ青双学園は、創始者が英国人であり、校舎も英国人の建築家によるものだった。
広い敷地には、ゴシック建築の建物が点々とあり、緑に囲まれた時計台のある図書館、大聖堂ホールなどがあり、歴史的建造物としての価値も高い。なにより景観が素晴らしかった。
質の高い中高一貫教育でありながら、そこまで高額ではない授業料。卒業生の多くが政財界で活躍していることもあって寄付などが多く、親世代から圧倒的な人気を誇る学校なのである。
そうなると当然、定員に対しての倍率も高くなるわけで、受験のための塾通いに高い教育費を捻出してきたイズミの母は、
「イズミちゃん、いつもより、ちょっとがんばるのよ!」
正門前で娘にプレッシャーをかける。
「ママの夢は覚えているかしら? 一度でいいから大聖堂ホールで行われる入学式に参加してみたいのよ~ ママは受験で落ちちゃったから~」
むかしからイズミの母は、正直すぎる人だった。
「勝率は五分五分とみているわ。あとはママのために、がんばろうとする気合よ!」
あまり聞いたことがない叱咤激励の仕方ではあったけれど、下手に「貴女のためよ」といわれるよりは気が楽だったので、「なるようになるよ」とイズミは、母と別れて試験会場に向かった。
午前8時20分。
試験会場となる校舎は第一と第二の2箇所で、小学校別にわかれている。
昨日、下見を済ませているので場所はわかっているけれど、これまで通っていた公立の小学校とはくらべものにならない敷地の広さで、会場となっている校舎までがとにかく遠い。
それでも、もう一箇所の会場よりはマシだった。第二試験会場とされている校舎は、敷地の奥も奥。時計台に近い校舎となっている。
試験開始は午前9時。
時間にはまだ余裕があるけれど、少し早歩きで石畳を歩いていたときだった。
風に乗ってイズミの足元に飛んできたのは──
「まったく……なんで落とすかな」
だれかが落とした受験票だった。
拾い上げて、その会場が敷地の奥の奥である第二試験会場であることに気づいて、「おいおい」と、ため息を吐いたあと、イズミは駆けだした。
第二試験会場の校舎が見えたときには、もう息も切れ切れ。
肩でハアハアと荒い息づかいのイズミの目に入ったのは、案内係とおぼしきスーツ姿の男性といっしょに、ポケットを確認している男子の姿だった。
「受験票が……」という会話が漏れ聞こえてくる。
──わたしを走らせたのは、アイツだな。
背を向けている男子に近づき、「これ、キミのかな?」と声をかける。
ハッとしたように勢いよく振り返った黒髪の男子は、まさしく美少年。
イズミは、カチンと硬直した。
白シャツに紺地ベスト、秋物のコートをオシャレに着こなす美少年など、イズミの通う小学校にはいなかった。
ついでにいうと、『育ちの良い金持ち』という雰囲気がプンプンとしていた。
これは、未知の生物との遭遇に近かった。
「はい、これ」
ガチガチのイズミが差し出した受験票を、
「あっ、これ、僕の……」
美少年が受け取る。
それを合図に、「それじゃ!」とイズミは、回れ右をして駆けだしていた。
「……あなた、第一会場なら連絡をしておきましょうか?! 名前は?!」
大きな声で叫んでくれていたけれど、もう走り出したので「大丈夫です!」と返した。
最後にイズミの耳に届いたのは「──ありがとうッ!」美少年の声だった。
試験前にそんなことがあったので、遅れはしなかったけれど、余裕もなく第一試験会場入りしたイズミは、額に汗したままの興奮状態で筆記試験をスタート。
できたのか、できなかったのか。
試験後に正門まで迎えにきてくれた母に「どうだった?」と期待を込めた目で聞かれても「う~~~ん」としか、答えようがなかった。
しかし、天にまします神様は、イズミの善行をみていてくれたのか。
一次の筆記試験は合格。
ついで最大の難所と思われていた二次の面接試験にて、面接官はあの日「名前は?!」と叫んでくれた案内係の人だった。
イズミのことを覚えていてくれた面接官は、
「貴女は自分のことよりも、困っているであろう彼のことを思い行動しました。その行いはじつに尊く、我が校の理念、思想そのものです。ぜひとも、我が校で学んでください」
そういってその場で「良い結果をお待ちください」と笑顔を見せてくれた。
その後、入学式で学園長として大聖堂ホールの壇上にあがった面接官を見て、イズミは口をあんぐりと開けた。
で、美少年はというと。
なんと秀才が集う特進クラスだった。
イズミは当然ながら一般クラスだったので、同級生とはいえ、校舎のちがう美少年との接点はまるでなし。
しかしながら少年のことは、その顔面偏差値の高さからか、一般クラスにまで届いていた。
不破くん――それが試験当日に受験票を落とすおマヌケな少年の名前で、二度目に彼を食堂で目にしたときには、ドーナツみたいに女子たちに囲われていた。