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その容姿の良さから、美少年「不破くん」が、中等部にて「王子様」と呼ばれていることを、遅ればせながらイズミも知ることになる。
さもありなん、ではあった。
品のある雰囲気といい、少し寡黙な感じといい、「僕、簡単には落ちませんよ」的な空気をまとっている「不破くん」は、それはまあ、難攻不落な男子を落としたい系女子たちにとっては、かなり魅力的だった。
不破くんが彼氏だったら……
不破くんがとなりにいたら……
自慢以外のナニモノでもないだろう。学園生活の優勝が決まる。
たしかになあ。あのカッコよさは、ちょっと特別だった。
イズミも気になるとはいえば気になったけれど、こちらは一般クラス。あちらは特進クラスと。クラスも違えば、校舎も遠く離れているので、まず接点がなかった。
食堂でたまに目にすることはあっても、いつもドーナツ軍団に囲まれているので、せいぜいに「不破くん」のサラリとした黒髪のてっぺんが見える程度で、受験当日のあの日から、一度も会話を交わさないどころか、目を合わすこともないまま月日は過ぎていき、入学して半年が経過したころ。
突如としてそれは、はじまった。
朝の下駄箱前で、
「おはよう、成瀬さん」
中休みの廊下で、
「こんにちは、成瀬さん」
放課後の校門で、
「さようなら、成瀬さん」
一日三回、王子様からイズミへ。直々の御声掛け。
朝一発目の「おはよう」は、なぜ……という疑問しかなかった。
そうして中休みの「こんにちは」を挟んだ放課後。
三回目ともなると、なんとなく居るのは分かっていたので、校門で顔を合わせたとき。
ああ、もしかして受験票を拾ったのが、わたしだって気づいた王子は、きっと御礼を言いたいのかな。律儀だねえ。
そう思い、校門の前でイズミはようやく、
「そういえば、受験票を落とした子だよね」
こちらも覚えていますよと、話しを振ってあげた。
案の定、不破くんは、
「そう、そうなんだ。あのときは、本当にありがとう。それから、僕のことを覚えていてくれて嬉しいよ」
少し頬を染めて恥ずかしそう言う。
てっきり、「僕、簡単には落ちませんよ」のクール系だと思っていたのに――
あれ、この子、カワイイ系でもあるのか。それ、無敵じゃないか。
新たな一面を発見して、ポワアァァァ~と見惚れていると、
「あの、成瀬さん。途中まで、いっしょに帰ってもいい?」
そんなまさかの展開になって、「うん、もちろん」と二つ返事でOKした。
校門を出てすぐ、みんなの憧れの王子様と肩を並べて帰るイズミの姿に、一般クラスの同級生たちは、大いにどよめいた。
その結果、翌日。
「昨日あれは、なにごとだ」
イズミは質問攻めに合い、不破くんとの馴れ初め――受験票を落としたおマヌケな王子様の話――を、披露した。
「それって、超、超、ラッキーだよ。どうやったら〖王子の受験票」なんてレアアイテムを手にいれられるんだよ~」
「しかもさあ、それがきっかけで、いっしょに帰れるなんてー! もう、前世で徳を積みすぎー! 今世の運は、使い果たしてるー!」
と、一夜にして、今世の運を使い果たした超ラッキーガールとなったわけだけど、当然ながら不破くんは「みんなの王子様」であるからして、うらやましがられるばかりではなかった。
不破くんといっしょに帰った翌日の放課後。
「ちょっといい」
呼び出された校舎裏には、ドーナツ軍団の幹部女子たち5人。
おそらく全員が特進クラスで見るからに「不破くん同盟」を組んでいそうな皆さんだった。
どうしようかな。
呼び出された時点で、おおかたの予想はしていたし、一般クラスの仲の良い子たちは「行かない方がいい」と心配されていた。
その心配が的中したわけだけど。
「呼ばれた理由とか、わかってんの?」
5人のなかで、ボスらしき女子に問われた。
しばらく付き合ってやるのも悪くはないけれど、帰りの電車の時間が気になる。
電車通学のイズミは、時刻表を思い浮かべた。
たしか、次の電車は30分後。それを過ぎたら1時間後で、たぶん混み合う時間帯に入ってくる。
それを考えると、次の電車には乗りたいところだ、と考えていたとき。返事をしないイズミにしびれをきらしたのか、
「無視すんなって!」
ボスの手が伸びてきた。
言葉づかいが大変悪い。
「みんなの不破くん」の前では、絶対にしないだろうという醜悪な顔で、叩くことを目的とした腕をサラリとうしろに飛んで躱したとき、着地した場所が凹んでいたせいで、
「うわっ――」
驚きの声をあげて、無様に尻もちをついてしまった。
それを見て、叩く手をかわされたことも忘れたボスとその仲間たちは、大いに笑ってくれた。
「尻からいって、だっさあっ!」
「ああ、腹イタイ。自分で転んでやんの!」
「その恰好、王子にも見せてやりたいわあ」
ゲラゲラと腹を抱えて笑う、その醜悪すぎるこそ、王子に見てもらいなさいよ、と思ったときだった。
水を打ったように笑い声がおさまり静かになった校舎裏で、女子たちの顔が凍りついていた。
彼女たちの視線は、イズミのうしろだった。
なんだろうと、つられて振り返ったとき。
そこには、イズミもビビる怒り顔の王子様がいた。