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12月26日ーー。
私はレイナさんに連れられ警察に行き、保護された。
私とレイナさんは別々の場所で話を聞かれ、私は話を聞いてくれていた女性警官に全てを話した。
それを黙って聞いてくれた女性警官。
「辛かったね……。でも、もう大丈夫だからね」
全てを話し終わったあと、女性警官はそう言って頭を優しく撫でてくれた。
レイナさんと署内の別々の場所に連れて行かれてからは会っていない。
レイナさんが無事に帰れたのかもわからない。
でも、警察署に行く前にレイナさんが名刺をくれた。
「何かあったら、いつでも連絡して?私たち友達だから」
そう言って……。
連絡を受けた両親が、もうすぐ来ると言って、女性警官は部屋を出て行こうとした。
「あのっ!」
私は女性警官の背中に向かって呼びかける。
「何でしょう?」
女性警官は振り向き、そう言って首を傾げた。
「あの、せ……いや、彼は……」
「彼?」
女性警官はそう言って不思議そうな顔をした。
「…………あぁ」
しばらく考えたあと、私の言った彼が誰なのかわかったみたいで、そう声を出した。
聖夜さんは病院に運ばれたのか。
これからどうなるのか。
気になるけど……。
「あなたは何も知らなくていいのよ」
女性警官はそう言って困ったように笑った。
何も教えてもらえないのか……。
「そうですか……」
「あ、でも病院に運ばれて一命は取りとめたみたよ」
女性警官はそう言うと、部屋から出て行った。
命は助かったんだ……。
良かった。
私が家に帰れたのは、保護されて3日経ってからだった。
年末も押し迫り、世間は新しい年に向けて慌ただしく動いていた。
私が監禁されたニュースは大々的に報道され、警察署、家の前には沢山の報道陣が殺到した。
私たち家族は家から一歩も出ることが出来なかった。
家の中を暗くして、一日中カーテンを閉め切って静かに過ごす日々。
家の中だけ違う世界のようだった。
テレビは一切付けず、事件に関するものは全て目に入らないようにした。
だから聖夜さんがどうなったのか、全くわからない状態だった。
お父さんもお母さんも事件について口にすることはなかった。
私に対しては気を遣っていることが痛いほど身に沁みていた。
でも、日が経つにつれ、家の前にあれだけいた報道陣は次々に撤退していき、新しい年を迎える頃には全ていなくなっていた。
何か新しい事件や事故、芸能人のスキャンダルなど新しいことが起こると、そちらの方を報道する。
私たちのことは過去のこととして、忘れ去られる。
テレビやマスコミなんてそんなもんだ。
それでいいと思った。
いや、寧ろ、そう願っていた。
早く平穏な生活に戻りたいと、私も両親もそう思っていたから。
新しい年が明け、1週間経った。
「雪乃?ちょっといいか?」
晩ご飯の用意を手伝っていた私に、お父さんが声をかけてきた。
「うん。何?」
私は水道の蛇口を捻り、洗い物をしていた手を止め、ダイニングテーブルの椅子に座っていたお父さんの方を向いた。
「こっちに来て?」
「うん」
タオルで手を拭いて、ダイニングテーブルの自分の椅子に座る。
「お母さんも、こっちに来てくれ」
キッチンでシチューをかき混ぜていたお母さんにも、お父さんは声をかけた。
お母さんはコンロの火を止めて、私と同じようにダイニングテーブルの自分の椅子に座る。
「なぁ、雪乃?」
「ん?」
「もうすぐ新学期が始まるけど、雪乃はどうしたい?」
「えっ?」
お父さんの言うように、もうすぐ冬休みが終わり新学期が始まる。
でも、お父さんの言った“どうしたい?”の意味がわからなかった。
「幸い出席日数は足りてるし、2月の自由登校で補習を受ければ卒業できると担任の先生は言ってくれた」
「うん……」
「でも、お父さんは雪乃の意見を尊重してやりたい。もし学校を辞めるならそれでもいいし、卒業まで頑張るならそうしたらいい」
あぁ、だから“どうしたい?”と聞いてきたのか。
お父さんがそう聞いてきた理由がやっとわかった。
「私は、ちゃんと学校を卒業したいと思ってる……」
「それでいいのか?」
お父さんの言葉にコクンと頷いた。
「雪乃、本当にいいの?」
「うん」
「さっきは雪乃の意見を尊重すると言ったけど、無理するなよ」
「無理なんてしてないよ」
私はそう言って笑顔を見せた。
「友達や先生や守ってくれるかもしれないけど、中には好奇の目で見る人もいると思う。本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって!」
確かに、お父さんの言うように、中には好奇の目で見る人もいるかもしれない。
でも私は、そういうのが嫌だからと学校を辞めたくない。
ちゃんと卒業したいと思ったんだ。
「お父さんもお母さんも心配しないで?私は大丈夫だから」
「あぁ、わかった」
お父さんはそう言ってくれたけど、お母さんは泣いていた。
3月ーー。
私は高校を卒業した。
あの事件で私が保護され、新学期が始まり約2ヶ月。
お父さんの言うように、先輩や後輩からは好奇の目で見られ、中にはいろいろ聞いてくる人もいた。
でも仲の良かった子や先生たちが守ってくれたおかげで、卒業までは学校を1日も休むことはなかった。
今日で高校生活が終わった。
1年生、2年生は平凡に過ぎていき、3年生の12月に聖夜さんと出会った。
その出会いは最悪で、殺人犯とそれを目撃した被害者としてだった。
聖夜さんに監禁されて、恐怖心しかなかったのに……。
だった半月ほど一緒にいただけで、恐怖心が消えて、いつしか聖夜さんに対して恋心を抱くようにまでなってしまった。
その気持ちは今も変わらない。
親にも友達にも絶対に言えない私だけの秘密。
卒業式のあと、みんなで写真を撮ったりした。
夜に打ち上げがあるから行こうと誘われたけど断った。
誘ってくれた友達の心配そうな顔。
何か言いたそうだった。
それは多分、あの事件のこと。
打ち上げには、あの事件のことを根掘り葉掘り聞いてきた子も来る。
だからそれを理由に断ったんだと思ったんだろう。
「何かあったらフォローするよ?」
そう言ってくれたから。
でも断った理由は他にある。
先月くらいから体調が悪かった。
風邪のような症状。
でも咳もなく鼻水が出るわけでもない。
体が怠くて、微熱が続いていた。
いろんなことがあってストレスから体調を崩しているんだろうと思っていた。
学校から帰って来てからも体調が優れず、服を着替えてベッドで横になった。
目を閉じて、どれくらい経ったのか……。
寝ていても体の怠さは相変わらずで、吐き気で目が覚めた。
ヨロヨロしながらベッドから降りて、部屋を出る。
階段を降りた時、玄関にお母さんがいた。
「あ、雪乃?お母さん、買い物に行って来るけど、晩ご飯、何が食べたい?」
靴を履き終えたお母さんがそう聞いてきた。
「何でもいい、かな」
「何でもいいって、その答えが一番困るわ」
お母さんはそう言って苦笑いしていた。
「今日は卒業祝いのご馳走作るから、雪乃の好きなものを作ろうかな。あ、あとケーキも買って来なきゃね。お父さんも早く帰って来るみたいだし」
「うん。楽しみにしてる」
私は笑顔でそう言って、買い物に行くお母さんを見送った。
お母さんが買い物に行って、リビングに行こうとした時……。
再び強烈な吐き気に襲われ、そのままトイレに駆け込んだ。
胃の中のものを全て吐き出し、少しスッキリしてトイレを出る時に汚物入れが目に入った。
…………あれ?
先月、生理来たっけ?
その前は?
えっ?
あれ?
中学2年生の時に初潮を迎え、それから遅れることなく毎月きっきりあった。
でも……。
先々月も先月も生理が来てない。
いろんな事があり過ぎて、そんなことすっかり忘れていて、トイレの汚物入れを見て気付くなんて……。
風邪に似た症状、体の怠さ、吐き気……。
まさか…………。
…………妊娠?
確かに聖夜さんとは関係を持った。
でも…………。
あの時、1回だけだった。
でも……でも……。
いろんな思いが頭をグルグル回る。
私はトイレから出て自分の部屋に戻った。
カバンからスマホを取り出して、妊娠について調べる。
今の自分の症状が全て当てはまる。
それから生理の遅れも……。
本当に妊娠してたら……。
このお腹の中に赤ちゃんがいるかもしれない。
私は自分のお腹に手を当てた。
頭にお父さんとお母さんの顔が浮かんだ。
もし私が妊娠していると知ったら……。
それが、お父さんとお母さんが殺したいほど憎い相手の子だと知ったら……。
いや、でも、まだ妊娠したとは確定してないわけで。
でも……もし……。
その時、LINEを受信した受信音が鳴った。
レイナさんからだ。
新しい携帯を買ってもらう時に、ガラケーじゃなくてスマホにした。
レイナさんの番号を登録した時に、LINEの友だち欄にもレイナさんの名前が登録されて、それからは時々、レイナさんとLINEをするようになっていた。
LINEを開いてレイナさんから来たLINEを読む。
『卒業おめでとう!雪乃ちゃんに卒業祝いのプレゼントを買ったので、もし明日、時間があったら渡したいんだけど、どうかな?』
『ありがとうございます。明日は1日空いてるので大丈夫ですよ』
『ホント!?じゃあ、11時に◯◯駅でもいい?ランチしよ?』
『はい、大丈夫です』
『久しぶりに雪乃ちゃんに会えるから楽しみ!』
『私も楽しみです!』
私はLINEを閉じて、ベッドの上に置いた。
次の日ーー。
お母さんに友達と遊ぶと言って家を出て来た。
あの事件以来、私が1人で外出するのをあまり快く思っていないお母さん。
3学期から学校に行く時も、校門近くまで一緒に行ってたくらいだ。
はっきりとは言わないけど、態度を見ていたらわかる。
明らかに表情が変わるから。
未成年の1人娘が約半月も連絡が取らなくなり、拉致され監禁されていて、しかも監禁していたのは殺人犯だ。
無事に帰ったあとも、また同じような事が起きたらと心配する気持ちもわからなくもない。
でも、やっぱりそれが鬱陶しいと感じる事もある。
まぁ、それは無事に帰れて、今こうして家族と暮らしているからそう思うんだろうけど。
今日も家を出る時も、明らかに表情が変わった。
どこで誰と会うのかとしつこいくらい聞いてきた。
何とかお母さんを説得して家を出て来たけど、家を出るだけで疲れた。
待ち合わせの約束をした駅に着いた時には、レイナさんはすでに来ていた。
「レイナさん!遅くなってゴメンなさい!」
私はレイナさんの前に行くと、そう言って頭を下げた。
久しぶりに会うレイナさん。
いつ見ても身なりが綺麗で、フワフワした感じで可愛い。
「ううん。私もさっき来たとこだから」
レイナさんはそう言って可愛い笑顔を見せた。
「お腹空いちゃったから、ランチ行こう?」
「はい」
レイナさんの隣を歩く。
駅地下にあるオシャレなカフェレストランの前に着いた。
「ここでもいい?」
「はい」
お店の前で待っている人はいないけど、時間的に店内は人が多かった。
4人掛けの席に案内されて、レイナさんと向かい合わせに座る。
レイナさんはステーキランチを、私は和風パスタランチを注文した。
メニューを見て、あれこれ迷っていたレイナさん。
パスタやグラタン、オムライスなんかを注文するのかなぁ?と勝手に思っていたけど、ステーキランチを注文したのは意外だった。
「パスタとオムライスで悩んだけど、メニュー見てたらステーキが食べたくなっちゃった」
そう言って笑っていたレイナさん。
「雪乃ちゃん!そのワンピース、着てくれてるんだね!」
「はい」
レイナさんからクリスマスプレゼントにもらったワンピースん着ていた私。
「着てもらえて嬉しい!ちょー似合ってるよ!」
お世辞だとしても、そう言ってもらえるのは嬉しくて、恥ずかしくて思わず目を伏せた。
「あ、卒業おめでとう!」
「ありがとうございます」
「これ、卒業祝いのプレゼント」
レイナさんは紙袋を差し出してきた。
「ありがとうございます」
紙袋を受け取る。
「開けていいですか?」
「もちろん!」
私は紙袋にかけられていたリボンを解き、紙袋の中を見た。
透明のフィルムに包まれたヘアアクセサリーが入っていた。
透明のフィルムを開けると、シルバーのハートの形をしたマジェステが出てきた。
「可愛い!」
「喜んでもらえて良かった。雪乃ちゃんって綺麗な黒髪だから似合うと思って」
「ありがとうございます!」
私はお礼を言って、マジェステを元の通りとはいかないけど、透明のフィルムに包んで紙袋に丁寧に入れた。
「雪乃ちゃん、あれからどう?少しは落ち着いた?」
「……はい」
「良かった。昨日ね、アキの面会に行って来たんだ……」
レイナさんの口から聖夜さんの事が出てきて、胸がドクンと高鳴った。
「面会って、病院にですか?」
保護された時、女性警官は聖夜さんは病院に運ばれたと教えてくれた。
あれからどうなったのか私にはわからない。
「ううん、拘置所」
今、聖夜さんは拘置所にいるんだ……。
「そうなんですね……」
元気でしたか?と聞くのもおかしいと思って、それだけ言って黙っていた。
「ねぇ、雪乃ちゃん?」
「はい」
「アキに会いたい?」
「えっ?」
水の入ったコップを持っていた私の手が止まった。
会いたい……聖夜さんに会いたい……。
だけど、会ってしまえば……。
聖夜さんに対しての感情が抑えきれないかもしれない。
手で触れて欲しい、抱きしめて欲しい。
そんな感情が……。
「わからない、です……」
だから、そう答えるしかなかった。
「そっか……そうだよね……。雪乃ちゃんは被害者だもんね……」
レイナさんはそう言って困ったような少しだけ寂しそうに笑顔を見せた。
ランチが運ばれてきた。
パスタを3口ほど食べて、フォークを置いた。
「雪乃ちゃん?どうしたの?」
「お腹、いっぱいで……」
「体調が悪いの?」
「いえ……朝ご飯をたくさん食べちゃったから……」
そう言って、笑顔を見せたけど本当は体調が悪かった。
相変わらず体は怠い。
だけど我慢できないほどではなかった。
でも鉄板の上でジュージューと焼かれているステーキの匂いが鼻につき、それで吐き気が襲ってきた。
カバンからハンカチを出して口に持って行った。
「雪乃ちゃん?大丈夫?」
ステーキを切っていた手を止めて、心配そうな顔をして私を見るレイナさん。
「だ、大丈夫です……。気にしないで食べて下さい」
「でも……」
「ちょっとお手洗いに行って来ますね」
私はそう言って、席を立った。
カバンを持って、近くにいた店員さんにトイレの場所を聞いて、お店を出て駅地下のトイレに急いだ。
トイレに駆け込み、個室に入り、胃の中のものを全て吐き出した。
個室から出ると、手洗い場にいた人にジロジロ見られたのが恥ずかしかったけど、下を向いて急いで手を洗いトイレを出た。
トイレを出ると、トイレの前にレイナさんがいた。
「レイナさん……」
「雪乃ちゃん、大丈夫?」
「はい……すみません……」
「まだ時間ある?」
レイナさんの言葉にコクリと頷いた。
レイナさんは何も言わず、私の手をギュッと握ると、ゆっくりと私の体を気遣うように歩き出した。
駅から歩いて5分くらいのマンションに着いた。
「ここ、私が住んでるマンション」
「そうなんですね。凄い……」
タワーマンションとまではいかないけど、でも駅から歩いて5分くらいの大きなマンション。
レイナさんって若いのに、こんなところに住めるなんて凄いなぁ……。
私はマンションを見上げた。
オートロック式のエントランスを抜けて、エレベーターに乗る。
エレベーターは6階で止まった。
「ホントは最上階が良かったんだけどね。高過ぎて手が出なかったの。でも6階でも眺めは最高なんだよ」
そう言って笑うレイナさん。
6階でも何階でも、こんなマンションに住める事が凄過ぎるよ。
「散らかってるけど」
そう言って通してくれたリビングは、どこが散らかってるの?と思わず口に出してしまいそうなくらい綺麗に片付けてあった。
ピンクと白を基調としたフワフワして可愛いレイナさんっぽい、お姫様のようなインテリア。
私の部屋とはえらい違いだ。
「ソファに座ってて?」
「はい」
私は白のソファに座る。
フカフカしてて座り心地が良くて眠くなってしまいそうだ。
キッチンに行ったレイナさんがトレイに飲み物を乗せてリビングに戻って来た。
「レモンスカッシュ。サッパリしてるから飲んでね」
「ありがとうございます」
綺麗なグラスに注がれたレモンスカッシュ。
それにストローを挿して、一口飲んだ。
「雪乃ちゃん?」
「はい……」
レイナさんが私をジッと見る。
聞かれることはわかってる。
だから、レイナさんは自分の家に私を連れて来たんだろう……。
もしレイナさんに全て話したら、どんな反応するのか。
妊娠が今は疑惑の段階であっても、殺人犯である聖夜さんとそういう行為をしたというのがわかってしまう。
軽蔑されるか、それとも……。
「私、もう何を聞いても驚かないから」
「えっ?」
「今、雪乃ちゃんがどういう状況かもわかってる」
「えっ?」
「でも雪乃ちゃんの口から話を聞きたいの」
レイナさんは私の目から自分の目を逸らすことなくそう言ってきた。
レイナさんはわかってたの?
私が妊娠してるかもしれないということを。
「…………レイナさん、私」
私もレイナさんの目を見て、ゆっくりと全てを話し始めた。
殺人犯である聖夜さんを好きになってしまったこと。
聖夜さんと関係を持ってしまったこと。
生理が2ヶ月遅れていること。
もしかしたら、妊娠してしまったかもしれないこと。
全てレイナさんに話した。
レイナさんは話し終わるまで何も言わずに静かに話を聞いてくれていた。
話し終わったあと、レイナさんがギュッと私を抱きしめてくれた。
「レイナさん、私……どうしよう……」
「1人で、ずっと悩んでたんでしょ?」
私はコクンと頷いた。
涙をポロポロと流しながらレイナさんにギュッと抱きついた。
「辛かったよね……誰にも言えなくて……。でも、もう大丈夫だよ」
レイナさんはそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。
レイナさんがドラッグストアで検査薬を買って来てくれた。
トイレに入って、深い溜息が口から漏れた。
数分後には疑惑が確信に変わるんだ。
そう思うと、胸がドキドキと煩かった。
私は便座に座り、検査薬の箱を開けた。
初めて使う検査薬に手が微かに震えていた。
説明書通りに検査薬を使う。
………………。
………………うそ。
嘘でしょ……。
さっきよりも手が震えてる。
再び涙がポロポロとこぼれ落ちていった。
疑惑が確信に変わった。
ーー陽性。
検査窓にクッキリと現れた陽性反応。
まだ目立たないお腹。
吐き気と体の怠さだけで、お腹は何も感じない。
でも、ここにいる。
私のお腹の中に、聖夜さんとの赤ちゃんがいるんだ。
手でペチャンコのお腹を撫でる。
優しく、優しく……。
お腹を撫でていた私の顔は自然と笑顔になっていた。