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トイレからリビングに戻った私は検査薬で陽性反応が出たことをレイナさんに伝えた。
「…………雪乃ちゃんは、どうしたいの?」
少しの沈黙のあと、レイナさんはそう聞いてきた。
これが、もし聖夜さんと結婚している関係なら“おめでとう”と言ってもらえたんだろう。
でも私と聖夜さんは恋人同士でもなければ夫婦でもない。
だから、レイナさんがそう聞いてきたのは当たり前のこと。
もしこれが逆の立場だったら、私もそう聞いたと思う。
「産みたい、です……」
私はそう答えた。
好きな人との間に出来た大切な宝物。
堕ろすなんて考えられなかった。
「覚悟は出来てる?」
「えっ?」
レイナさんの言葉に、思わず声が出た。
レイナさんを見ると、いつものレイナさんと違って凄く真剣な表情をしている。
覚悟……。
それは、どういうこと?
「アキのことが好きだから、産みたいってだけじゃダメだってこと」
「それは、どういう……」
「いい?雪乃ちゃん」
私はコクンと頷いた。
「雪乃ちゃんは高校を卒業して、結婚できる年齢だと言っても、まだ未成年で病院に行って産むにしても堕ろすにしても親の同意書がいるの。親に黙って物事を進めることは出来ないの」
「はい……」
「それに雪乃ちゃんのお腹の中にいる子供はアキの子で、雪乃ちゃんの両親からしたら大切な娘を拉致して監禁した憎い相手よね。そんな人に、いくら同意のもとであっても大切な娘を妊娠させられたと憎しみが余計に湧いてくるかもしれない」
レイナさんは私の目を真っ直ぐ見て、そう話した。
私もレイナさんの目を真っ直ぐ見る。
「それにね……」
さっきまで私の目を真っ直ぐ見て話していたレイナさんは、そこまで言うと私から目を逸らした。
「レイナ、さん?」
「それに……」
レイナさんは再び私の方を見る。
少し息を吐いた。
「アキは犯罪者で……雪乃ちゃんのお腹の中にいる子供は、犯罪者の子供に、なっちゃうの……」
レイナさんはそう言って、また私から目を逸らした。
犯罪者の子供……。
それがレイナさんの言った覚悟なのか。
「私は、産めとも堕ろせとも言えない。決めるのは雪乃ちゃんだから。でもね、アキのことが好きだからって理由だけで産むことを決めて欲しくないの。雪乃ちゃんのことが憎くてそう言ってるんじゃないんだよ?」
「わかってます……」
もし私のことが嫌いだとか憎いとか思っていたら、ここまでは言ってくれないと思うし、“好きにしたら?”の一言で終わると思う。
「……それでも私は、産みたい、です」
レイナさんの目を真っ直ぐ見て、そう言った私はお腹に手を持っていった。
「わかった。家に帰って両親に話できる?」
「はい」
産むと決めたんだから、両親には話さないといけない。
さっきレイナさんが言ったように物事を進めるには両親に黙ってることなんて出来ないから。
両親に話したら反対されるのはわかってる。
1%の望みもないことくらい。
でも私は絶対に産みたい。
それが例え、犯罪者の子供であっても。
「両親に自分の気持ちを全て話しておいで」
私はコクンと頷いた。
「絶縁される覚悟で……」
「はい」
「もし絶縁されたら、ここに来たらいい。私が雪乃ちゃんとお腹の子を守ってあげるからね」
「レイナさん……」
レイナさんの言葉が嬉しくて、涙があふれてきた。
「当たり前でしょ?だって雪乃ちゃんは私の大切な友達なんだもん。大丈夫だよ。アキが帰って来るまで、私が雪乃ちゃんを守るから……」
レイナさんはそう言って、私をギュッと強く抱きしめた。
レイナさんの家からの帰り道。
駅まで送ってくれると言ったレイナさんと並んで歩いていた。
61
ぽっぴあ
「明日、予定空いてる?」
「はい……」
「病院、行こう?私も一緒に行くから……」
検査薬で陽性反応が出たから病院で診てもらわないといけない。
レイナさんが一緒なら心強い。
「そうですね……」
でも……。
「この辺の産婦人科には行かないから安心して?」
私が心配になっていたことをレイナさんが言ってくれた。
この辺りの病院だったら、うちからも近いから近所の人に見られる可能性もある。
なるべく近所の人に見られないところがいい。
「時間はまた連絡するね」
朝、待ち合わせした駅に着いた。
「はい……何か、いろいろとご迷惑をおかけして……」
「そんなこと言わないで!ねっ?」
私はレイナさんに頭を下げた。
レイナさんから連絡もらったら、またここで待ち合わせすることを約束して、レイナさんと別れた。
夜、レイナさんからLINEがあった。
明日の昼から病院に行くから、今日と同じ11時に待ち合わせしようと。
それから両親には話をしたのかってことも。
両親には、まだ話してなかった。
話すタイミングがなかったわけではない。
病院に行ってから話そうと決めたからだ。
その旨をLINEで伝えた。
スマホを部屋の机の上に置いて、溜息が漏れた。
私、レイナさんに何もかも頼りっぱなしだな……。
本当は自分で全てしなくちゃいけないのに。
次の日ーー。
昨日と同じで、お母さんを説得するのに時間がかかり、待ち合わせ時間に遅れてしまった。
レイナさんは先に来ていて、謝る私を笑って許してくれた。
「電車で行くからね」
「はい……」
私とレイナさんは駅の中に入り、切符を買って電車に乗った。
3つ目の駅で降りる。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「ここから歩いてすぐなんだけど……」
レイナさんはそこまで言うと、カバンからスマホを取り出し時間を確認した。
「まだ時間あるから、お茶飲みに行こう?」
「あ、はい……」
初めて来た街。
どこに何があるのか全くわからない。
だからレイナさんについて行くしかなく……。
駅前にあったカフェに入った。
私はオレンジジュースを、レイナさんはカフェラテを注文する。
「あの、レイナさん……」
「ん?」
「約束、守れなくてゴメンなさい……」
「約束?」
レイナさんは私を不思議そうな顔をして見た。
「お父さんとお母さんに、話すって……」
「あぁ、そのことね。それは雪乃ちゃんの話したいタイミングで話したらいいと思うよ」
「はい……」
「内容が内容なだけに話しにくい気持ちもわかるけどね。でも昨日も言ったけど、産むって決めたんだったら覚悟しなきゃね」
レイナさんはそう言って優しい笑顔を見せてくれた。
その時、カフェの店員さんが注文したものを持って来た。
「レイナさん、あの……いろいろとゴメン、なさい……。本当は自分がやらなきゃいけないのに……しっかりしなきゃいけないのに……レイナさんに頼ってばかりで……」
私はレイナさんに頭を下げた。
「頼っていいんだって!ねぇ、雪乃ちゃん?」
「はい」
「私ね、アキに言われたの」
聖夜さんの名前を聞いて胸が高鳴る。
言われたって、何を言われたの?
「雪乃ちゃんを守ってやって欲しいって……」
「えっ?」
「だから雪乃ちゃんは何も気にしなくていいの。私を頼っていいんだからね」
聖夜さんがそんなことを……。
聖夜さんがレイナさんにそう言ってくれたことを知って、更に胸がドキドキしていた。
カフェを出た私とレイナさんは病院に向かって歩いた。
駅前の信号を渡り、5分ほど歩いたところに病院はあった。
個人の産婦人科医院。
コンクリートの打ちっ放しのオシャレな外観は、周りの建物に比べて一際目立っていた。
「ここの先生ね、私のお客さんなんだ」
「そうなんですか?」
「うん。私も時々、お世話になってるの」
「えっ?」
お世話になってるって、まさか……。
「あぁ!違う違う!私は妊娠は1度もしたことないよ」
レイナさんは慌てて否定した。
「そ、そうなんですね」
「ほら、まぁ、職業柄いろいろあるからね。それで……。産婦人科でお世話になってるって聞いたら妊娠を想像しちゃうよね」
レイナさんはそう言ってクスリと笑った。
「ゴメン、なさい……」
「いいの、いいの。謝らないで?あ、ここの先生ね、いらないことは聞いて来ないし、詮索もしない人だから安心してね。だから私の仕事仲間も通ってるの」
「そうなんですね」
未成年が妊娠したとわかったら、あれこれ聞かれると思っていた。
でも、レイナさんの言葉を聞いて安心した自分がいた。
「先生〜!」
病院の玄関を開けて、レイナさんが大きな声を出した。
他の患者さんは誰もいない。
シーンと静まり返った院内にレイナさんの声だけが響き渡った。
奥から廊下を歩く音が聞こえ、私とレイナさんの前に40代くらいの白衣を着た背の高い男性が出て来た。
「レイナちゃん、いらっしゃい」
笑顔でレイナさんにそう言った男性。
この人が先生?
「雪乃ちゃん?ここの院長で私のお客さんの渡部(ワタベ)先生」
「あ、は、初め、まして、朝井雪乃です……」
私は頭をペコリと下げた。
「先生、カッコイイでしょ?でも独身なんだよ」
確かに大人の魅力があってカッコイイ。
医者で背も高くイケメンで女性にモテるんだろうなぁと思う。
独身なのが不思議なくらいだ。
「こらこら、いらんこと言わんでいい」
先生はそう言うと笑いながらレイナさんの頭をポンポンとした。
キャバ嬢とお客さんの関係だけど、それを知らない人から見たら恋人同士に思うだろうな。
「雪乃ちゃん?」
「あ、は、はい」
先生ないきなり声をかけられて、肩がビクッと揺れた。
「レイナちゃんから話は聞いてる。さっそく診察してみようか?」
「はい……宜しくお願いします……」
「じゃあ、先に尿検査しようか?」
「はい」
「トイレに行ったら検査窓の前に紙コップがあるから、それに採尿して窓の前に出してくれる?」
「はい」
「トイレ案内するから、ついて来て?」
「はい」
私は先生についてトイレに行った。
診察室の前にあるトイレを案内してもらって、そこに入った。
尿検査の結果が出るで、しばらく待つように言われ、私とレイナさんは診察室の前の椅子に座っていた。
その間に渡された問診票を書いていく。
「雪乃ちゃん?」
「はい」
私は問診票を書いていた手を止めた。
「雪乃ちゃんには悪いと思ったんだけど、先生に雪乃ちゃんのことを話させてもらったの。お腹の子の父親のことも……」
「はい」
「ゴメンね……」
「いえ……」
レイナさんは私の手をギュッと握ってきた。
「そしたらね、先生が診察は誰もいない時がいいだろうって言ってくれて、今日は本当は休診日なんだけど開けてくれたんだ……」
「そうだったんですね」
だから待合室に誰もいなかったんだ。
「なんか、逆に気を遣わせてしまったみたいで……」
「ううん」
休診日じゃない時に行ったら、周りの人から見られていたかもしれない。
だからレイナさんと先生の気持ちが凄く嬉しかった。
「雪乃ちゃん、診察室にどうぞ?」
診察室のドアから顔を覗かせた先生は笑顔でそう言った。
「は、はい」
私は椅子から立ち上がる。
これでハッキリとわかるんだ。
緊張して胸がドキドキしてる。
私はレイナさんの方を見た。
レイナさんは笑顔で頷く。
私は診察室のドアをゆっくり開けて、中に入った。
椅子に座るように言われ、先生の向かいの椅子に座った。
「妊娠は間違いないみたいだね」
ニコニコしながら先生はそう言った。
そう聞いても驚くこともなく、やっぱりなって思いがあり冷静な自分がいた。
「エコーで見てみようか?」
「はい」
「そこのドアから中に入って、下着脱いでね」
「はい」
私は先生の指示通りに診察室の中にあるドアを開けた。
下着を脱いでカゴに入れる。
「ここに座ってくれる?」
カーテン1枚隔てた向こう側にいた先生にそう言われ、内診台に乗った。
初めてすることに、そこで初めて緊張感が生まれてきた。
「モニターの画面、見てくれる?」
「あ、はい」
先生に言われ、内診台横にあるモニターに目をやる。
「…………あっ」
「わかった?」
「はい」
白黒の画面の中、その中にピコピコ動いてるのが見えた。
これが、赤ちゃん?
「このピコピコしてるのが赤ちゃんだよ」
「はい」
まだ小さな丸っこい形にしか見えない赤ちゃん。
だけど、私のお腹の中で生きてる。
愛おしい。
そんな感情が込み上げてきたんだ。
内診が終わり、診察室の椅子に座った。
「えーっと、最終生理日から計算して……」
先生は問診票を見ながらそう言うと、私の方を見た。
「今、11週だね」
「11週?」
「妊娠3ヶ月。で、出産予定日が……」
「あの?」
「ん?」
先生は笑顔で私の方を見た。
「えっと、その、聞かないんですか?」
「何を?」
「産むのか、産まないのか……」
未成年の妊娠。
しかも未婚だ。
どうするのか聞かれるかと思って、先生にそう聞いてみたけど……。
「産みたいんでしょ?」
「えっ?」
先生から意外な答えが返ってきて、目を見開き先生を見た。
「レイナちゃんからそう聞いてるよ。君の事情やお腹の子の父親の事も、産みたいって望んでることも全てね」
先生はさっきと変わらない笑顔でそう言った。
「ここに来る人の事情は様々で、中には雪乃ちゃんみたいに未成年で予想外の妊娠した子も来る。でも僕はどうしたいかなんて聞かない。決めるのは本人の意思だからね」
「私は、産みたいです……」
先生は何も言わずコクンと頷いた。
そして再び問診票に目をやり、すぐにこちらを向く。
「出産予定日は9月11日だね」
「9月、ですか……」
「うん。雪乃ちゃん、産むと決めたんなら僕は君を全力でサポートするからね」
「はい、ありがとうございます」
「おめでとう」
頭を下げていた私は顔を上げて先生を見た。
「おめでとう」
再びそう言われて、嬉しくて涙が込み上げてきた。
「今から泣いてどうするの?」
先生は豪快に笑う。
「だって……」
“おめでとう”って言われたのなんて初めてで。
それが凄く嬉しかったから……。
また4週間後の休診日に診察をしてもらえることになった。
先生にお礼を言ってレイナさんと病院を後にする。
「雪乃ちゃん、おめでとう」
病院の帰り道、レイナさんはそう言って笑顔を見せた。
「ありがとう、ございます……」
「帰ったら両親に話すんだよね?」
「はい、話します……絶縁される覚悟で……」
「うん。追い出されたら、うちに来たらいいからね。私、今日は仕事休みだから家にいるし……」
「はい」
お父さんとお母さんに話さなきゃいけない。
黙っておくことは出来ない。
病院に行った時とは、また違う緊張感が込み上げてきた。
電車に乗って、待ち合わせした駅に着いた。
駅を出たところでレイナさんと別れて、私は1人歩いて家に帰った。
玄関の前に立ち、深呼吸をする。
大丈夫だよ。
私はお腹に、そっと手を置いた。
ママがアナタを守ってあげるからね。
お腹に置いた手で、お腹を優しく撫でる。
そして、玄関を開けた。
「ただいま!」
ーーバタン
玄関の閉まる音が家の中に響いた。