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放課後、体育の授業で使った道具を片付ける当番になった。
「今日はバスケボールとコーン、全部倉庫の奥まで戻してね」
軽く返事をして、ひとり体育倉庫へ向かう。
埃っぽい空気の中、ボールを棚に戻し、コーンを重ねる。
あと少しで終わり、というところで――
「ガチャ…」
背後で金属音がして、ドアが閉まった。
「え…?」
反射的にドアノブを回す。
…動かない。
「ちょっと!開けてください!」
外に声をかけても、誰の返事もない。
どうやら、誰かが私が中にいることに気づかず鍵を掛けてしまったらしい。
体育倉庫は窓が小さく、外の光もほとんど入らない。
湿った匂いと暗さが急に圧し掛かってくる。
心臓が早くなり、喉が乾く。
携帯…鞄の中だ。手元にはない。
(やだ…どうしよう…)
膝が震え、足元のボールが転がる音がやけに響く。
このまま誰も来なかったら――そんな不安が胸を締め付けた瞬間。
「〇〇?中にいるのか?」
聞き慣れた低い声。ドアの向こうから、吉沢先生の声がした。
「せ…先生…!」
声が裏返るほど安堵した。
「待ってろ、すぐ開ける」
数秒後、金属の音と共にドアが開く。
光が差し込み、先生の顔がはっきり見えた瞬間、全身の力が抜けた。
「…大丈夫か」
しゃがみ込んだ私に手を差し伸べ、外へと引き上げてくれる。
その手の温かさに、涙がにじみそうになる。
「…なんで先生が…」
「たまたま通りかかっただけだ。…でも、お前がいなくなったら困るだろ」
軽く笑ったその横顔を見たとき、胸が強く跳ねた。
外に出た瞬間、涼しい風が頬を撫でた。さっきまでの息苦しさが少しずつ薄れていく。
「…本当に、大丈夫か?」
先生が私の顔を覗き込む。その距離が近すぎて、心臓がまた速くなった。
「…うん。助けてくれて…ありがと」
視線を落としたまま、小さく呟く。
先生は「仕事だからな」と軽く言って、私から視線を外した。
けれど、ほんの一瞬――迷うように唇を結び、目を伏せたその表情に、何か引っかかる。
(…今、先生、少しだけ…)
そう思った瞬間、自分の心が危うい方向へ傾いていくのを感じた。
「でも…これ以上は困るぞ」
その言葉は、釘を刺すように聞こえる。
だけど、不思議と完全に拒絶された気はしなかった。
第9話
ー完ー