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次の日から、私はちょっとだけ自分を変えてみることにした。
いつもは最後列の端っこで静かにしているけれど、授業中、先生が黒板に書きながら説明しているときに、わざと前のほうの席に移ってノートを取ったりする。
(これなら絶対視界に入るはず…)
そんなことを思いながらペンを走らせていると、不意に視線を感じて顔を上げた。
案の定、先生と目が合う。
ほんの一瞬のことだったけど、あのとき体育倉庫で助けられたときと同じ、少し困ったような、それでいてどこか優しい目だった。
昼休み、廊下で先生とすれ違う。
「…おう」
それだけ。なのに、私が笑顔で「こんにちは」と返すと、先生は少しだけ口角を上げてくれた。
(…やっぱり、冷たくしようと思えばできるのに、しないんだ)
放課後、職員室にプリントを届けに行ったとき、机で作業していた先生が顔を上げた。
「ああ、ありがとう。…もう帰るのか?」
「はい。…先生も早く帰ってくださいね」
軽く手を振って出ようとすると、背後から「お前はほんと…」と、小さく呟く声が聞こえた。
なんでか、その声が胸の奥に残った。
その日、放課後の廊下はやけに静かだった。
生徒たちはほとんど帰っていて、夕陽が窓から差し込む。
私は、先生がまだ教室にいるのを知っていて、わざと忘れ物を取りに行くふりをした。
ガラリ、とドアを開ける。
「…あれ、先生まだいたんですか?」
「おう、ちょっと仕事残っててな。…お前こそ、何してんだ」
「忘れ物です」そう言って、自分の席へ歩く。
だけど、カバンからノートを取り出すのにやけに時間をかけて、先生の視界に留まるようにする。
視線が、何度かこちらに向く。
思い切って、机に肘をつきながら先生のほうを見て言った。
「…先生って、優しいですよね」
「は?」
「体育倉庫のときもそうだったし。私、あのときちょっとだけ…」
そこまで言って、わざと口ごもる。
先生は少し眉をひそめて、私から目を逸らす。
「…変なこと言うな。立場ってもんがあるだろ」
「立場じゃなくて、先生の気持ちが知りたいんです」
口から出た言葉に、自分でも心臓が跳ねる。
短い沈黙。
先生はペンを置いて、深くため息をついた。
「……俺も、揺れるときがある」
そう言って立ち上がり、黒板のほうへ歩き去ってしまった。
でもその言葉だけで、胸が熱くなる。
(…揺れてるって、認めた)
第10話
ー完ー