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あまりに予想外の提案に、私は涙を流すことすら忘れて呆然とした。魔王は淡々と続ける。
「お前の父親がどれほどお前を追い出したかは知らないが、もしまた必要となればお前を呼び戻そうとするだろう」
「そうなったら面倒だ。ならばいっそ、最初から存在しなかったことにすればいい。お前という人間を、あの世界から完全に抹消してやる」
まるで、ごく当たり前の事務手続きを進めるように冷静な口調で言う。
私は混乱しながらも、必死に彼の言葉を理解しようとした。
「ここで会ったのも何かの縁だ。俺の屋敷の一室を貸してやる。少なくとも衣食住は保証してやろう」
「ほ、本当ですか……!?」
夢ではないかと思って、思わず頬を抓りそうになる私に、彼は指を二本立てた。
「そういうことだ。ただし条件が2つある」
その深い赤い瞳で、私の存在を丸ごと貫くように見据えた。
「条件……なんですか……?」
やはり、命を救われ、居場所まで与えられるには相応の対価が必要なのだ。
私は唾を飲み込み、どんな過酷な要求でも受ける覚悟を決めて次の言葉を待った。
「お前、聖女とか言ったろう。なら、傷を癒す力ぐらいあるのだろう?」
「は、はい、確かにありますが……」
「なら、怪我をしている部下がいたら、その力で傷を癒してやってくれ」
「怪我……ですか?」
「最近、魔界のとあるモンスターに襲われた部下たちがいてな、怪我をするやつらが多発しているんだ」
「うちの医官だけじゃ手が足りん。その補助をしてもらえれば……というわけだ。お前自身も、屋敷の中なら自由に出歩いていい」
思いがけない、あまりに慈悲深い提案に戸惑うが、私に他に選択肢はない。
それに、誰からも必要とされなかった私が、誰かのために力を使えるというのは……。
「そういうことでしたら、ぜひ。それじゃあ……2つ目は?」
「ああ」
魔王はゆっくりと間を置いて、重々しく続けた。
「これが一番重要だが───」
ゴクリ、と私は唾を呑む。命を削るような契約だろうか。
「いたって簡単なことだ。────俺の妻になれ」
一瞬、彼の言葉の意味が全く理解できず、思考が停止した。
「え、つ、妻……!?」
「なんだ、不服か?」
「そ、そうではなく……どうして私が……?」
叫ぶ私の動揺などどこ吹く風で、彼は平然と問い返してくる。
私が問い返すと、彼は初めて少し考えるように、長い睫毛を伏せた。
「ただ単に、お前が気に入った。それだけだ」
私生児として疎まれ、屋根裏部屋で一人震え、最後には生贄として放り出された私。
この世界で最も恐ろしいはずの王が、私に向かってたった一言「気に入った」と言い切った。