テラーノベル
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魔王の妻になるなんて、一体何をするのか。
どんな生活が待ち受けているのか、全く見当もつかない。
けれど、父から離れることができた喜びと、未知への不安。
何より、人生で初めて、誰かから真っ直ぐに必要とされているという感覚が、私の胸を激しく揺さぶった。
「……わかりました。その条件、呑みます」
「よし」
魔王は満足げに口端を上げると、改めて私を見据えた。
「では決まりだ。今日からお前は俺の妻としてこの城に留まる。怪我人の治療は頼むぞ」
こうして私は、魔王の屋敷で「妻」として過ごすという、奇妙で唐突な【契約】を交わしたのだ。
「あ……そっ、そういえば……ひとつ聞いてもいいですか……?」
「なんだ」
「あなたのお名前を、まだ聞いていませんでした。教えてくれませんか?」
「名前だと?」
魔王は、名前を聞かれることなど想定していなかったのか、少しだけ驚いたような顔をした。
「必要か?」
「必要です……! これから夫婦として…?その、お世話になるわけですし、会話するときにいつまでも『魔王さん』とお呼びするわけにもいきませんから」
私が食い下がると、彼はふっと表情を和らげ、どこか照れくさそうに視線を逸らした。
「……ディアヴィル。ディアヴィル・ランベルクだ」
「ディアヴィルさん、ですね」
微笑む私に、彼は落ち着かない様子で立ち上がった。
「……話はそれだけだ。今日はもう休め」
そう言い残すと、ディアヴィル様はマントを翻して部屋を後にした。
バタン、と大きなドアが閉まった瞬間、全身から一気に力が抜けていく。
夢か現実かわからないような出来事が立て続けに起きていたが
この柔らかいベッドの感触だけが、これが現実なのだと私に教えてくれる。
つい先ほどまで、冷たい地下で生贄として死を待っていたのに。
今は魔王の妻として、暖かな城に迎え入れられようとしている。
しかも、彼は私の命を奪うのではなく
「下界から存在を消す」という、私にとって救い以外の何物でもない方法で守ろうとしてくれている。
守ろうとしてくれている、なんて私の解釈に過ぎないけど…少なくとも、父の言っていたような非道な魔王像は崩れていた。
「でも……これから、怖いことだって待ち受けているかもしれない。ここは魔界だし……私、本当にやっていけるのかな……」
私は与えられた最高級のシーツに包まりながら、これからのことに思いを馳せる。
けれど、絶望しかなかった昨日に比べれば
その不安の中には、確かに小さな希望の光が混じっていた。
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