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そう思うと、屋久蓑三姉妹弟の中、唯一男として生まれた大葉が果恵に似ていたのは不幸中の幸いだったのかも知れない。
(さすがに僕も同性相手に変な気は起こらないしね)
お陰様で、良い伯父を出来ていると思っている。
***
「そっかそっか。たいちゃんが財務経理課長かぁ~。お祝いしてあげなきゃね。もちろん! サプライズでっ♪」
ニヒヒ……と企み顔で笑う柚子に、七味が「あの子、クソ真面目なんだから……あんまりいじめないのよ?」と吐息を落として。
柚子が「あら、ななちゃん。私が可愛い弟にそんな酷いことをするお姉ちゃんに見える?」と抗議した。
「見えるわね」
「残念ながら」
七味と恵介がほぼ同時に柚子の抗議を否定したら、柚子がムムッと愛らしい唇を突き出した。
「伯父さんもななちゃんも覚えてなさいよぉ!?」
そんな柚子の様子に七味と二人で顔を見合わせて笑ったと同時――。
仕切りに挟まれた、恵介からは背面の位置に座っていた男が会計のためか立ち上がって、恵介たちの横を通って行った。
姪っ子二人との会話に夢中で、意識をそちらに持って行かれていた恵介は、その男を斜め後方からしか見られなかったけれど。
(倍相くん?)
休日で、スーツこそ着ていなかったけれど。背格好やチラリと一瞬だけ垣間見えた横顔が、期待の新人としてよく名の上がってくる男――倍相岳斗に見えた。
その証拠と言うか――。
「今の男の子、めっちゃ優しそうな顔のハンサムくんだった!」
自分のすぐ前に座る柚子が嬉しそうに声を弾ませて。
「確かにふわっとした印象の綺麗な子だったけど……貴女、既婚者なんだからもう少し節度を持った発言をなさい」
七味もその男のことをハンサムだと認めている。
基本的に彼女たち自身はもちろん、両親にしてもその弟の大葉にしてもかなり顔面偏差値は高い方なのだ。
その二人が〝いい男〟認定をする人間なんて、そうそういないだろう。
そう考えると、やっぱり今出て行った男は、倍相岳斗ではないかと思ってしまった恵介だ。
そう考えたと同時。
(もしかして……今の会話、聞かれた?)
大葉のことは〝たいちゃん〟と愛称で呼んでいたけれど、新しく財務課長に就任したばかりの人間だということは口走ったと思う。
それが屋久蓑大葉を指すのは、土恵の人間なら容易に分かることだ。
そんな大葉のことを、会社からは離れた喫茶店という立地と、可愛い姪っ子たちの前と言う気の緩みから思いっきり身内認定するような会話を繰り広げてしまっていた。
もし今のやり取りを聞かれていたら、大葉の立場が危うくなるかも知れない。
一瞬そう懸念した恵介だったが、自社の社長がいると分かっていて、いくらプライベートとは言え、すぐ横の通路を歩くのに会釈もなしに通り過ぎるというのは有り得ないかな?と考え直したのだ。
(倍相くんは新人研修の際、どこの部署の上司からの覚えも良かったし……そういうのが出来ない男じゃないはずだよね?)
「――伯父さん?」
つい考え込んでいたらしい。
急に黙り込んでしまった恵介を不審に思ったらしい七味に声を掛けられて、恵介は「あ、ごめん。ちょっと考えごとしちゃってた」と気持ちを切り替えたのだけれど。
それから程なくしてのことだったのだ。
新しく財務経理課長に就任したばかりの屋久蓑大葉が、土井社長の血縁だという噂が広まったのは――。
***
「結局ね、あの時のあれが倍相くんだという確証はなかったから……僕は何も動かなかったんだけど」
人の噂も七十五日――。
普通ならある一定の期間を過ぎれば沈静化するはずの大葉への噂話が、何年経っても収まらなかったのはきっと。
火種が消えかける度に誰かが新たな燃料を投下していたとしか思えないのだ。
「倍相くんは凄く優秀な男だったし、社内での評判も悪くなかった。だから――」
可愛い甥っ子の大葉を、針の筵から掬い上げてやりたいと言う気持ちも手伝って、恵介は倍相岳斗を異例のスピードで財務課長へと就任させた。
そう。
それこそ甥っ子の大葉よりも若い年齢でそうさせたのには、岳斗の実力もあったことは確かだが、恵介に〝大葉の伯父〟としての焦りがなかったとは言い切れない。
仕事に関しては非情に徹してきた恵介が、身内の情にほだされて、大葉を現状から救ってやりたいと思わざるを得ないほどに、課長時代の大葉の立ち位置は苛烈を極めていたのだ。
倍相岳斗が管理職に昇進した途端、不気味なくらい大葉への悪い噂も流れなくなったのは偶然だったのかどうか。
「ごめんね、たいちゃん。――確証がないからって放置してしまったけど、倍相くんがそれを知ってたってキミに言ってきたんだとしたら……。あれはやっぱり彼が僕たちの話を聞いてしまったのが原因だと思うんだ」
そう話したら、大葉が「……何にせよ過ぎたことです」とつぶやいた。
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