コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
凪が寝室に入ってくると、考え事をしていた千紘はその姿を見て歓喜の声を上げそうになった。自分の服を着ている凪がとても可愛く見えたのだ。
世の女性に彼氏の服を着せる彼シャツなんてものが好まれているが、ゲイの千紘には女性がダボダボの服を着ていて何が可愛いのかよくわからなかった。
体型にそこまで差がない凪が千紘の服を着ているのはとても自然でむしろ似合っていた。ただ、反対にそれが千紘に親近感を覚えさせた。
まるで凪が家にいることが当たり前で、いつも千紘の服を身にまとっているように錯覚しそうになった。
「何見てんだよ……」
凪は半乾きの髪をかきあげながら、怪訝な顔をした。いつもなら凪が気持ち悪がるような言葉をつい言ってしまうのだが、千紘は心の中で我慢、我慢と呟いて言葉を飲み込んだ。
「なんでもない。俺もシャワー浴びてくる。シーツは新しいのに変えてあるから、眠かったら先に寝ててもいいよ」
それだけ言ってシャワーに向かった千紘だったが、しっかりと髪を乾かして戻ると、凪はベッドの上で仰向けに寝転んでいるだけだった。
「眠れないの?」
千紘が近付いてそう尋ねると、「いや、眠い」とだけ呟いた。凪は、湿気を纏った千紘の体温を感じると、普段は白い肌が赤みを帯びているのに気付いて無意識に頬をじっと見つめた。
「なに?」
「肌白いよな」
「まあ、外に出ないからね。元々色白なんだよ」
「ふーん」
「凪も白いじゃん」
「お前ほどじゃないし」
言いながら凪は千紘の首筋に目を移した。キメ細やかで色素の薄い肌は、何度見ても綺麗だった。しかし、男性特有の筋っぽさと血管の太さが際立っていた。
特に血管においては色白だからか青く浮き出て見えて、それもなんだか独特な雰囲気を醸し出しているようだった。
時々あの肌に騙されたんだ。そう思い出すこともあった。初めて会った時、女性だと勘違いするほどに綺麗だった。
凪はその肌を眺めながら、何度会っても変わらず綺麗だと感じた。
「それより凪、布団かけないと湯冷めするよ」
千紘はそう言って掛け布団を凪の体に被せた。こんなふうに世話を焼かれるのもあまりないことで、凪は布団を口元まで引っ張って少し笑った。
「お前こそもう寝ろよ。3時過ぎてんぞ」
「だって、集合したのが23時だもん。そりゃ過ぎるよね。でもまあ、たまにはオールでもいけそうな」
「マジ? タフだな」
「凪だって大した睡眠取らずに出勤してるじゃん。俺は短時間で熟睡できるんだよ」
「嘘言うなよ。お前、熟睡したら起きねぇじゃん」
オールでも大丈夫だと言った千紘の睡眠事情を思い出し、凪はケラケラとおかしそうに笑った。
千紘は凪の笑顔にホッとしながら「じゃあ、目覚まし鳴ったら起こしてよね。俺の方が朝早いんだから」と言いつつ凪の隣に潜り込んだ。
急に凪との距離が近付き、千紘の心臓はトクトクと速くなる。自分と同じ匂いを凪から感じて感動してみたり。
まるで恋人ごっこの空間に表情が緩んでしまいそうになる。
「嫌でも起こすわ。うるさくて寝れねぇし」
「そりゃそうか。でもいいの? 今からだと4時間半くらいしか寝れないよ」
「どうせ家に帰ってもそれくらいで起きるから」
「出勤11時からなのに?」
「うん。3時間くらいしか眠れない」
そう言いながらも凪はウトウトとし始めている。目を擦りながら瞼は重そうで、ゆっくり瞳を閉じてはまたゆっくりと持ち上げる。
「そっか。じゃあ、今度はもっと時間がある時に一緒に寝よう」
「ん……時間あっても寝れねぇんだって」
凪の話すスピードも緩徐になってきた。もう限界かな、と思った千紘は腕を伸ばして腕枕を誘う。
「してみる?」
プライドの高い凪が自ら腕枕をされにくるとは思えなかった。黙って腕を差し出したところで、擦り寄ってこないことはわかっている。
しかし、判断力の鈍っている今なら素直に応じてくれるような気がした。
「この前来た時、気が向いたらって言った」
「……気が向いたら」
そう言いながら、凪は無理に瞼をこじ開けた。
「ほら、頭上げて。俺、この前腕枕してもらって気持ちよかったよ」
そんなふうに誘導すると、凪はゆっくりと頭を上げた。すかさず腕を差し込んだ千紘は、しっかりと凪に密着した。
もっと甘えてくれないかな。そんなふうに思いながら頭を2回撫でる。その瞬間、すぅーっと凪の寝息が聞こえて千紘はぽかんと口を開けたまま凪の寝顔を覗き込んだ。
凪はジャアアアアアン! っと鳴ったアラームの音で飛び起きた。またこの音、と顔のパーツを中央に寄せて苦い顔をした。
音の主を手に取って勝手に止めた。千紘が直ぐに起きないことなどわかりきっているからだ。
上半身だけ起こした状態で千紘の体を揺する。しかし、やはり起きる気配はなかった。
凪はふうっと息を吐き出して、膝立ちになった。それから千紘の体を跨いでベッドから降りるとトイレに向かった。
どうせ起きないのだから、とりあえず自分の用を足そうと思ったのだ。
トイレの中も、いつも通り綺麗に掃除されていた。凪はボーッと排泄しながら、そういえばアラームが鳴るまで一度も起きなかったことに気付いた。
普段は自分のアラームが鳴る前に目が覚め、二度寝するのだ。それが4時間半一度も目が覚めなかった。それだけでの驚きだというのに、眠った記憶もなかった。
寝付きはいい方だとは思う。普段浅眠だからか、眠気は何度もやってくるし横になれば寝入ることはできる。ただ、すぐに目が覚めて眠った気になれないのが辛くもあった。
しかしどういうわけだか頭はスッキリとしていて、久しぶりに熟睡できた気がした。
……なんでだ。あんな変態野郎の隣で寝たのに、俺は危機感ゼロか。
そんなふうに自分にあきれながら、寝室へと戻る。掛け布団を丸めて抱きしめている千紘。足の間に挟み込んで顔を埋めて眠っている。
あの布団を凪だと思っているかも、と想像したらおかしくて凪は肩を震わせて笑った。
「さすがの俺も潰されるわ」
そう呟きながら、千紘の肩を掴んで再び揺さぶった。
「おい、起きろ。朝だぞ。仕事」
そう声をかけるが起きる気配はない。凪は少し考えて「アラームセットし直したから、俺帰るよ?」と耳元で囁いた。
すると次の瞬間、パチッと千紘の瞼が開いて体を起こすより先に「ダメっ!」と叫んだ。