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それからヒミコは秋葉原駅の方向へまた歩き始め、トモエは後からついて行った。東京有数の繁華街である秋葉原の街は、大通りから一本裏に回ると結構道が入り組んでいて、全く迷う事なくスタスタと歩いて行くヒミコに感心してトモエは思わず訊いてみた。
「ヒミコさん、道に詳しいんですね。もう東京は長いんですか?」
ヒミコの返事は意外な物だった。
「いや、ウチらも半年前に京都からこっちへ移ったばかりや」
「そうなんですか。でもヒミコさんみたいに、関西弁で通してる人って東京では珍しいんじゃないですか?」
「あのなあ」
ヒミコは少し歩く速度を緩めて横目でトモエを見ながら言った。
「日本の本当の首都は今でも京都やで」
トモエは思わず目をぱちくりさせて訊き返した。
「え? 首都は東京でしょ?」
「明治維新の時に天皇はんが東京に移らはったんは、あくまで新政府の体制が整うまでの一時的なもんやったんや。その証拠に、明治時代から今に至るまで、歴代のどの天皇はんも、東京遷都の詔(みことのり)を出してはらへん」
「は? セント……ミコトノリ?」
「この国の都、つまり首都を移転するいう、天皇直々の勅命の事や。それが出とらん以上、今でも日本の本当の首都は京の都、つまり京都や」
「はあ、まあ京都の人はそう考えるんですかね?」
「京都の歴史は千二百年以上。それにひきかえ東京の歴史なんて、徳川家康の江戸開府から数えても、せいぜい四百数十年。ほんまの都人(みやこびと)のウチらが、なんでそんな短い歴史しか持っとらん街の東戎(あずまえびす)に気を遣ってしゃべらなならんのや?」
トモエは数秒記憶をたどって「東戎」の意味を思い出した。確か、東の野蛮人とか未開人とか、そんな意味だったはずだ。トモエは唖然として心の中でつぶやいた。
『東京都民がアズマエビスって……あたしみたいな北関東の地方都市から来た人間は何になるのかな?』
ヒミコはさらに言った。
「それとな、ウチのは関西弁やのうて京都弁。正式には京言葉(きょうことば)ちゅうて、京の都人が使う由緒正しい言葉遣いなんや。大阪と一緒にしんといてぇな」
トモエは何も言えなくなって、また心の中でつぶやいた。
『今度は大阪と一緒にするなって……ヒミコさんてすごい美人だけど、見かけと違ってすごい毒舌家だなあ』
やがて二人は秋葉原駅の通り過ぎ、全フロアが書店らしい細長いビルの脇にあるこじんまりした公園のような場所に着いた。大通りに面した入り口から中に入ると、神田川に面した場所だった。小さな看板に「親水テラス」と書いてあった。
「ちょっとここで待っといてや」
結構大きな公衆トイレの建物があり、ヒミコはトモエにそう言って、その方向に歩いて行った。トモエは近くの金属製の柵にお尻を乗せて待つ事にした。
ヒミコのすぐ後ろから、地味なスーツの中年の女性が同じ公衆トイレの建物に入って行った。トモエが数分、神田川の景色をながめながら待っていると、さっきの中年の女性が先にトイレの建物から出て来て、足早に去って行った。
それからさらに一分ほど経って、ヒミコが出て来たので、トモエは側に歩いて行った。ヒミコは肩から下げたトートバッグの口を開いてトモエに見せた。中にはA4サイズぐらいの茶封筒が入っていた。ヒミコが周りに人がいない事を見回して確かめてトモエに言った。
「次の仕事の依頼の資料や。で、今回のがAの5の連絡方法。よう覚えときや」
トモエはハッと息を呑んで思わず口にした。
「あ! さっきの女の人って……」
ヒミコは素早く右手の人差し指をトモエの唇に押し当てて黙らせた。
「こら、声が大きい」
トモエはヒミコの顔に口を近づけて小声で言った。
「すみません。でも、どうして電話とかメールとか使わないんですか? ずいぶん回りくどい連絡方法じゃないですか?」
ヒミコは無表情な顔のまま言った。
「裏の仕事なんやさかい、そんな物使えるかいな。電話もメールも誰が盗聴しとるか分からん。ウチらの中で、裏の仕事にそういう電子系の道具使うんはトワノだけや。あの子は凄腕のハッカーでもあるさかいな」
「そ、そこまで気をつけなきゃいけないものなんですか?」
「そういう事や。もし今、ウチらに尾行が付いとるとしても、少なくとも男は、女子トイレの個室の中まではついて来れんからな。デジタル全盛の時代やからこそ、秘密のやり取りは、アナログ100%が一番安全なんや。さあ、事務所に戻るで」
コメント
1件
このエピソード、めっちゃ面白かったです。ヒミコの「日本の本当の首都は京都」発言には思わず笑っちゃいました。あの京都愛と毒舌のバランスが絶妙で、すごく魅力的なキャラだなと。それにしても、連絡方法をわざわざ公衆トイレで受け渡すなんて…デジタル全盛の時代にアナログ100%っていう逆転の発想、痺れました。この世界の「裏の仕事」の空気感がじわじわ伝わってきて、続きが気になります。