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シャインに手を引かれて地下の階段を上って地上に出ると、その眩しさにレイニルは目を細める。
時刻は昼前、天気は快晴。春の日差しが心地よくて、レイニルはこんな清々しい気持ちは初めてだった。
「すごい、晴れてる……」
「ふっ、レイニルは晴れの日を知らないのか?」
呆然と空を見上げるレイニルの横でシャインは鼻で笑うが、意地悪ではなく本気で面白がっている。
そのまま屋敷の正門まで連れて行かれるが、そこでは使用人など沢山の人々が外に出ていた。隣国の王の訪問に誰もが緊張した顔をしている。
その中から一人の貴婦人が歩み出てシャインに声をかける。
「シャイン様、娘をどうされるのですか……!?」
この貴婦人はレイニルの母親で名はマリス。40代だが金髪の長い髪が美しく若々しい。
3歳から地下に幽閉されていたレイニルは親の顔も覚えていないので、その者が母である実感などない。
シャインは何も答えずに母親を一瞥すると、レイニルを引き連れたまま通り過ぎて門の外へと出る。
呆然と二人の背中を見送るマリスの横に、ようやく地下室から上がってきたローサが隣に立つ。
「お母様。シャイン様はレイニルに求婚しておりましたわ」
「なんですって……なんで、あの子が?」
レイニルが雨女である事は世間には秘密にしているが、4度の婚約破棄から噂が流れて隣国のサンディにも伝わっていた。
マリスとしては、長女のローサが王弟に嫁ぎ、次女のレイニルが国王に嫁ぐのであれば、こんな栄誉はないはずだった。
だがマリスが危惧するのは、レイニルの呪われた『雨女』の能力が隣国に及ぼす影響であった。
「大丈夫ですわ、お母様。あの子、また30日以内に帰ってきますわ」
「そうね……そうでないと困るわ」
大雨を降らせ続けるレイニルの能力を恐れて、今まで4度も婚約破棄された事を思えば、今回も当然そうなると考えた。
アメリア国内で嫁がせるか、未婚のままで地下牢に幽閉するか……レイニルの利用価値はその2つしか考えられなかった。
マリスには最初からレイニルを遠い砂漠の国に売り飛ばす考えなどなかった。
屋敷から馬車へと乗せられたレイニルは、車内の椅子に座って俯いていた。その隣にはシャインが座っている。
(王様……なのよね? 私、どうなるの?)
なぜか熱い視線を感じたレイニルが恐る恐る横目で隣を見ると、眩しく輝く金色の瞳と目が合った。
すると、膝の上に乗せていたレイニルの手にシャインが手を重ねてきた。
「ひっ……!?」
「そんなに驚くな。レイニル、オレはお前をずっと娶りたいと思っていた」
なんとストレートな求婚だろうか。しかし、見ず知らずの異国の王様に求婚されても、どう反応すればいいのか分からない。
馬車に乗せられたからには、もう逃げられない。かと思うと、なぜかレイニルは急に卑屈になった。
「……どうせ婚約破棄なさると思います」
「は? なんでだ?」
シャインは純粋に目を丸くしている。だが、それはレイニルも同じ。見ず知らずの子爵令嬢を娶る理由が知りたい。
王様だから金銭関係はありえない。シャインはおそらく20代前半で若いし、このイケメン顔を見ると絶対にモテるだろうから嫁探しとも思えない。
幼い頃から呪いの子として忌み嫌われてきたレイニルには何もない。4度の婚約破棄という記録と、雨を降らせる能力くらいしか……。
「だって、私は雨女です」
「さっき聞いた」
「ずっと雨が止まないんですよ。困るでしょう?」
「オレは困らない。それに今日は晴れてたぞ」
レイニルは何も言い返せなくなった。確かに、なぜ今日に限って晴れたのだろうか。これでは雨女の主張の説得力がない。
そんな答えの出ない会話を続けているうちに、馬車はサンディ国の城下町を通り抜けて王城へと辿り着いた。
シャインの手を借りてレイニルが馬車から降りると、まず地につけた足元の地面に違和感を覚えた。砂の地面はヒビが入るほどに乾燥している。
「なんか地面も空気も乾燥してる……」
それに眩しいほどの晴天。異国に来ると雨女の能力は消えてしまうのだろうか。
雨ばかりのアメリア国の多湿の空気しか知らないレイニルは、乾燥しきった大地が異世界のようにさえ感じて不気味に思う。
だがシャインは相変わらず太陽のように明るい笑顔でレイニルに語りかける。
「そうだろうな。もう30日くらい雨が降ってないからな」
「……え?」
「オレが生まれた頃から、この国はほとんど雨が降らなくなった。なんでだろうな」
「………」
(陛下……あなた様は『晴れ男』なのでは?)
そう思ったレイニルだが、本人に自覚がないようなので口には出せない。忌み嫌われる能力を持つ者として虐げられる自分のようにはなってほしくない。
しかもその能力は確実にレイニル以上。こうやってレイニルが地上に出ても雨どころか曇り空にもならない。
「シャイン様。もしかして雨を降らせたいから私を……?」
「あぁ、そうだ。お前の噂は聞いてるぞ。呪いの『雨女』だってな」
レイニルはその言葉に眉をひそめた。おそらくシャインに悪気はない。むしろ褒め言葉として言ったのは彼の清々しい笑顔を見れば伝わる。
シャインは雲1つない青空を仰ぐと少し困った顔をした。
「しかし、すぐには降らないのだな……雨女の力はその程度なのか?」
(……陛下の能力が強すぎるのです)
レイニルは喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。
「まぁいい。とにかく今からお前はオレの妃だ」
「今からですか!?」
思わずレイニルはツッコミのように声を張り上げてしまった。婚約を飛び越して結婚。しかも今から。唐突すぎる。
婚約なら簡単に破棄できるだろうに、この陛下はなぜ自分の首を絞めるような行為をするのだろうか。その雨女への過剰な期待と信頼は何なのか。
雨が降らなかった時の責任など持てない。それなのにシャインは顔を近付けると甘い言葉で誘惑してくる。
「安心しろ。溺愛してやるからな」
「…………!」
溺愛という名詞に『してやる』という動詞を繋げる文法なんて初めて聞いた。本はたくさん読んできたのに、シャインは物語の王様のイメージとは全く違う。
しかし今から王妃と言われても、レイニルはどうしたらいいのか分からない。
「あ、あの……結婚式は……?」
「必要ないだろ。オレが妃と言ったらお前は妃だ」
なんだろうか、この俺様ルールは。レイニルが戸惑っていると、その白い頬をシャインの大きな手の平が包むようにして捕らえる。
「……ふむ。噂通りの美しさだな。青空のような瞳だ」
レイニルはハッとして頬を紅潮させた。今まで自分の瞳は雨を連想させる水色だと思っていたが、まさか青空に例えらるとは思い付きもしなかった。
シャインはレイニルの頬から手を離すと、マントを翻して堂々と王城を見上げた。やはり王の所作は威厳に満ちていて様になる。
「まぁ、話は後だ。行くぞ、この城が今日からレイニルの家だ」
太陽のように明るい笑顔でシャインが片手を差し出してきたので、レイニルも青空の瞳を細めて微笑んだ。
「……はい、シャイン様」
何もかもが唐突だが、シャイン陛下は笑顔で人の心を温める魅力的な人だという事が分かった。
雨女と晴れ男、正反対の二人が結ばれて歩む先には、どのような未来があるのか……まだ想像はできない。