テラーノベル
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茜色の夕陽が差し込める広い居間の中心に据えられた大きなちゃぶ台を囲むは、六人の男と、一人の少年、そして一人の赤ん坊。
一本の木から切り出して作られたその天板の上には、スタンドに立てかけられたスマートフォンが鎮座している。
「もしもーし!親父ー!聞こえてるー?!」
「うん、聞こえてるよ。大介くん、かけてくれてありがとう。僕の声は聞こえてるかな?」
「うんっ!ちゃんと聞こえてるよーっ!」
「ありがとう。じゃあ早速始めようか」
「「「はーいっ!」」」
少年と赤ん坊は、机上のスマートフォンに映る見覚えのある顔を不思議そうな表情でじっと見つめる。
「涼太、組長いるよ」
「ぅ!んぱ!」
赤ん坊の声に、液晶から見えるその表情がパァァと明るくなる。
彼は目尻に年相応の深みと、包み込むような優しさとを滲ませた笑い皺を刻ませつつ、スピーカー越しに声を投げた。
「ワクワクするね!いつもお任せしてばっかりでごめんね。今回もよろしくね」
「おう!今回もみんなで気合めっちゃ入れてんで!」
「今年は、僕もいつもよりも思いがたくさん入っちゃいそうで、もうソワソワしちゃってるんだぁ、ふふ、まだ明日までたくさん時間あるのに」
「組長はホントに優しいよね、けどさぁ、当の本人は、きっとどうせねぇ…」
「俺もラウールに同意見…どうせね…」
「会計組はハッキリ言うね」
「佐久間くん、そこが阿部ちゃんの可愛いとこでしょ」
「それはそう。詰られたいもん」
「話脱線しちゃうから“華”の脳筋二人は黙ってて」
「なにぃーッ!!っていうか、照っ!」
「なに」
「照が一番責任重大なんだからね!ちゃんとやってよね!?」
「言われなくたってわかってるよ!!!」
「俺的にはホントはそっちに着いていきたいっすけどね」
「めめ、野暮なことしないの。こっちで一緒にいよう?ね?」
「阿部ちゃん…っ、かわいい…「ね?」って…」
「めめ!深呼吸だッ!」
「ふーっ、ふぅーっ…」
「どっちにしろ脱線したね」
「もう、めめとさっくん抜きで話そや」
ツヤツヤと光る大きなちゃぶ台を囲んでガヤガヤと話に花を咲かせる六人の男たちをにこやかに眺めながら、スマートフォンに映る男も会話に加わった。
「楽しいなぁ、みんなといると本当に幸せ。僕は明日の夕方にはそっちに着けると思うから、その時にできそうなことがあったらお手伝いさせて欲しいな」
「いえ、組長は休まれていてください」
「うん!阿部ちゃんの言う通り!全部僕たちでできるよ!組長は休んでて!」
「でも…」
「せやせや!親父毎日仕事してくれとって疲れてんねやから、ゆっくりしててや!」
「僕も一緒にやりたいなぁ、、だめ…かな…?」
「「「うっ…」」」
「組長、俺と涼太でお箸並べるんだよ。一緒にやろうぜ」
「翔太くんありがとう!よろしくね」
「うん、俺綺麗にできるようになったから教えてやる」
「ぅー!ぁーっ!ぶー」
「あ、でもね、いつも後ろに着いてくる涼太がぐちゃぐちゃにするの。だから、組長が涼太の後ろから着いてきて直して」
「うん、もちろん。楽しそうだね」
「…親父にあんなこと言えんの、後にも先にもしょっぴーだけやろな」
「僕も康二くんに同感、さすがだね」
「俺最古参だけど、流石に親父に「アレして、コレして」って言えないや」
「俺も佐久間の次にここ来たけど、確かに難易度高いっていうか、そもそも頼み事しようって発想がないもん」
「やっぱ面白いね、しょっぴーは」
「呑気だね、めめは。俺、今の会話聞きながらずっとハラハラしてたよ」
この打ち合わせの主題は何か。
互いの総意を分かり合っている彼らの、「最後の詰め」として設けられたこの時間は意気揚々、和気藹々、といった具合の雰囲気に満ちていた。
程なくすると、唐突に玄関の引き戸がガラガラと開いた。
彼らはその音を聞きつけると、先程までの穏やかな空気を全て打ち壊すように急いで立ち上がり、通常時、日常的に時間を過ごすそれぞれの「持ち場」へと駆け足で戻っていった。
「親父っ、あいつ帰ってきちゃった…っ!ごめん!また明日ね!」
「うんっ!大介くんありがとう…っ!またね!」
佐久間は武道場へと続く長い廊下を歩きながらスピーカーへ向かってヒソヒソと声をかけ、挨拶まで済ませると通話を切った。
玄関の方からは、「ただいまぁ~、電気屋のおっちゃんからたい焼きもらってきたぞ~」と、呑気な声がしていた。
毎月一回の集金仕事を終えたその日の翌朝、徹夜こそしなかったがそれ故時間にゆとりができてしまい、夜な夜な暗い部屋の中で明け暮れたスマホゲームのおかげで目が開かず、布団の中でウダウダと二度寝三度寝を繰り返していた。
そろそろ全員起きる頃だろうか、いい加減に重い瞼を無理くり擦って起き上がろうかと思案していると、自室の襖が勢いよくスパーァンッ!!と開け放たれた。
その直後、恋人の大絶叫が鼓膜をぶち抜いた。
「ふっか!!!出かけるよ!!!!」
朝っぱらから声がデケェ、だとか、朝飯もまだ食ってねぇのに?、だとか、ツッコミたいところは山ほどあったが、とりあえずは、まず一番に浮かんだ聞きたいことを聞こう。
「いきなりどうした」
そいつはズカズカと俺の枕元まで近付いてくると、俺の返答を聞くなりぶすっとした仏頂面を全面に出した。
「いきなりじゃない!約束したでしょ!」
「え、約束?」
「は?忘れたの?」
「え、今日どっか行くって話、してたっけ?」
「嘘でしょ…信じらんないっ!」
「え、ちょ、ぃや、マジで覚えてねぇって」
「風邪治ったらデートするって言ったじゃん!!」
「その話かよ!まだ日付決まってなかっただろ!」
「今日にしようって昨日決めたの!!!」
「俺への報告・連絡・相談・確認は!?」
「逆になんで今日じゃないと思ってたの?風邪が治ってから一番最初の、俺が丸一日休みの日が自動的にデートする日になるに決まってんじゃん。何言ってんの?」
「いや、お前が何を言ってんだよ」
「ふっかは体の自由効くからいつでもいいのかもしんないけどさ、俺は現場あるからちゃんとした休みの日じゃないと、一緒にいるの結構難しいのわかるでしょ?」
「お、おぉ…」
「休みって言っても“月”の子たちのこと気になるから社員寮にも、事務所にもちょこちょこ顔見せに行ってるの知ってるでしょ?」
「う、うん…」
「でも、今日は完全にお休みなの、一日中好きなことできるの」
「…そうだな」
「で、この間まで風邪引いてたふっかをすぐに外に出すのはやめといたほうがいいだろうなーって考えながら毎日過ごして、仕事もたくさん頑張ったの」
「ありがとね…」
「なかなかゆっくり時間取れないなりに、体が空く時はふっかの部屋でまったりしたり、おやつ食べたりもしたね」
「そ、ぁ、、うん…」
「で、やっと巡ってきたの。一日完全オフの日が。それはつまりどういうことだと思う?」
「…二人で出かけるっきゃねぇ日ってことになるな…」
「ぃひひっ、朝ごはん食べたら出るからね!」
「…へいへい……」
「強行突破」どころでは済まないであろう程の強引な誘いに観念して、温かくぬくぬくとした居心地の良い布団から這い出た。
ーーそんなにたくさん理屈捏ねなくたって、誘ってくれりゃ普通にちゃんと行くのに。
照は満足したようにニコニコと笑いながら、軽い足取りで居間の方へ向かっていた。
軽めに朝食を済ませて身支度を整えた後、車に乗り込み助手席から照を眺めた。
「んで、どこ行くの?」と尋ねると、エンジンをかけてルームミラーの位置を調整していたそいつは、くりっと目を回して「どこ行きたい?」と俺に聞いた。
「お前が行きたいとこあんじゃねぇの?」
「ふっかが行きたいとこに行きたい」
「なんだそれ」
「どこでもいいよ。どこがいい?」
「急に言われてもパッと思いつかねぇよ…」
「じゃあ食べたいものとか、買いたいものとか、やりたいこととかないの?」
「んーーー…、ラーメン食いたい」
「じゃあお昼ご飯はそれね。あとは?」
「クレーンゲームやりてぇな」
「じゃあ行って帰ってこれる一番おっきいゲームセンター行こっか」
「おう、お前はそれでいいの?」
「うん」
「いやでもさ…」
「ん?ふっかどっちも好きでしょ?」
「いや、好きだけどさ…」
「じゃあ、なんでちょっと微妙そうな顔なの?」
「だって、その…、えっと…俺ばっか楽しくない?って」
「? ダメなの?」
「ダメっつーか、だってこれ…、で、デート…なんだろ…?」
「うん」
「ならお前が楽しくないとこはやだっていうか…」
初めて一緒に出かけるならいつでも行ける場所より、もっとちゃんとした所の方がいい気がしてそう伝えてみたが、照は俺の心配などよそに変わらずケロッとした顔でこちらを見つめ続けていた。
「ふっかと一緒なら、いつでも楽しい」
そう言ってふにゃっと笑ったそいつが眩しくて、とても真っ直ぐには見つめ返せそうにない。
窓の外へ首を捻り、小さく呟くばかりだった。
「…ばっかじゃねぇの…っ、」
宮舘組の玄関先では、大の男五人が身をぎゅうぎゅうに寄せ合って固まり、僅かに開けた引き戸の隙間から外の様子を伺っていた。
「ねぇ、ふっかさんたち車乗って五分くらい経つのに全然出ないよ?」
「中で何してんねやろ?」
「大方行くとこ決まんないんじゃない?あいつのことだし」
「ふっかならそうなりそうだよねん」
「せっかくのデートなんだから、行きたいとこなんでも言ってみたらいいのにね」
「…ぁっ!やっと車動いた!」
「やったー!これで邪魔者はいなくなったね!」
「言い方えぐいな」
「まぁ、あいつがいたらいつまでも進まないのは事実だよね。無駄に勘鋭いんだもん。よし、早くやっちゃお」
「「「おーっ!」」」
五人の青年は、右拳を高く上げると個々に課せられた目的を果たすべく、一つの塊から分裂してそれぞれの場所へ散っていった。
車に揺られて一時間半ほど経った頃、目的の場所に到着した。
春の暖かい陽光を受けては時折うつらうつらとしたが、行きがけに寄ったコンビニで買ったお菓子を照と食べたり、次々に通り過ぎる看板や建物を即興のテーマにして取り止めのない話に興じたりしているうちに、ゲームセンターのコミカルで大きな看板が目の前に現れた。
思っていた以上の大きな建物の中には、隙間なくクレーンゲーム機が並んでいた。
少し離れた先にはエスカレーターがあり、この上にも同じくらいの数のものがあるのだと思うと自然とワクワクした。
「すげぇー!え!飲み物も取れんの!?すげぇ!」
夢のような空間に思わず声が漏れた。
早足で両替機に向かい、財布に入っているだけの千円札を崩しにかかろうとすると、その手を照が制した。
「ん?どした?」
「俺が出す」
「ふはっ、いいよ」
「だってデートだよ?」
「これはだめ、これだけは、自分のお金使いたいの」
「そっか…」
「ありがとね」
照の申し出を気持ちだけありがたくもらってから、一枚ずつ緑色のお札を機械に溶かしていった。
ジャラジャラジャラァッ‼︎と勢いよく飛び出してくる小銭の音が聞こえる度に、アドレナリンがドバドバと溢れ出した。
「照っ!カップラーメン!これ絶対欲しい!」
「こっちにそれとおんなじやつの大っきいぬいぐるみがあるよ」
「マジじゃん!それも取りたい!」
「…ふひ、かぁいい」
「ひかるひかる!二階も行こうぜ!」
「うん、いいよ。行こう」
:
:
「上もすげぇな…!キーホルダーにアクセサリー、お菓子もあるし、ほえぇ…香水もあんのか。えっ…!?ひ…!照っ!見て!!」
「ん?どうした?」
「野菜がある……!!!」
「ほんとだ。すごいね!ジャガイモに人参に、ピーマンだって!」
「ここにあるもんだけで生活できんじゃね?」
「ふひひっ、確かに」
:
:
:
「はぁ、獲った獲った!」
「すごいね、両手におっきい袋いっぱい」
「持ってくれてありがとね」
「何獲ったんだっけ?たくさんありすぎて覚えてないや」
「んーと、まずなんかのアニメの女の子のフィギュアだろ?これは佐久間にあげるやつでー」
「うん」
「んで、野菜と、飯作るときに使う道具とカメラのキーホルダーは、康二にで、」
「んふふっ、やっぱり野菜獲ったんだね」
「面白そう過ぎてやるしかなかったよね」
「あとは?」
「あとね、これ面白かったの。盆栽キット」
「何それ、初めて見た」
「これはね、阿部ちゃんにあげるの」
「そっか、いいんじゃない?」
「あとめっちゃお菓子獲れたから、全部ラウにあげるでしょ?」
「そんなにたくさん?」
「あいつ多分全部食っちゃうよ。たまに阿部ちゃんと仕事サボって菓子パしてんだよ。バレてねぇと思ってんのが可愛いんだよね」
「んふふ、だね」
「めめには、なんかのゲームに出てくるらしい剣のおもちゃあげんの。結構イカつくね?」
「それ喜ぶかな?」
「意外と喜びそうじゃない?あいつこういう男の子が好きなやつ好きそうじゃん。ガキだし」
「早くめめの反応見たいね。あとは?」
「あとは、アヒルのおもちゃと、なんだっけ、スクイーズだっけ?モニモニする食べ物のおもちゃと、ミルクせんべいと、人形が中に入ってるバスボムと、ってとにかく遊べるもんいっぱい。これはちびっ子たちにあげる」
「二人とも喜んでくれるといいね」
「おう。それから、これはお前にあげる」
「? プリンとうさぎ?」
「可愛くない?プリンのクッション。でっかいし、上にさくらんぼついてんの」
「うん、かわいい。このうさぎのぬいぐるみももらっていいの?」
「おー、お前そういうの好きだろ?」
「うん、んふ、嬉しい。ありがとう」
「いえいえ」
「でもふっかのが全然ないね、いいの?」
「俺は獲るのが楽しくてやってるからいいのよ。それにさ、」
「ん?」
「他の誰でもないお前と一緒だったから、そんだけでもう、いろんなもんもらっちゃった気分」
「ぁ……、~っ、ラーメン食べいこ…」
「お?おー行こうぜー、結構腹減ったな」
ひとしきり遊び尽くしてから、大量の戦利品を車に詰め込み、ラーメン屋に向かった。
いつの間に調べてくれていたのか、照が帰り道の途中にある美味しい店まで連れていってくれた。
久々に食べるこってりとした味に、うっとりとしたため息が出る。
満腹感ともまた違うもので、お腹がいっぱいになっていく。
体中が温かいもので満たされる。
麺を啜り、すかさず蓮華に掬ったスープを飲むと、テーブルを挟んだ向かいから照の笑う声がした。
「ん?」
「んーん、おいしいね」
「んーっ!ぅんまいっ!」
「ならよかった」
「はぁ、生きててよかった」
「ぁ…、」
「ん?どした?」
「ううん、俺もそう思ってたからびっくりしたの」
「お?」
「“生きててよかった”って」
「…ふはっ、だな」
いつも思っている。
そして、その「いつも」の中には、どんな時もお前がいてくれて。
いや、むしろ、お前がいるからそう思えるのだろう。
お前も、俺が隣にいることで少しでもそう思ってくれているのなら、これはきっとそう。
俺たちだけの“合言葉”だ。
伸びないようにペースを緩めることなく食べ進め、「ほどほどにね?」と照に心配されながらもラーメンスープを心ゆくまで飲み、一息ついてから店を出た。
今は昼過ぎの時間帯で、まだもう少し遊んでから帰ろうということになった。
俺ばかりが楽しいのはやはり申し訳なくて、照の行きたいところに連れていってほしいと頼んだ。
…のだが、そう言ったことを少し後悔しているかもしれない……。
ドライブを楽しみながら二人だけの時間を過ごせるのはとても嬉しいのだが、問題はその行き先だ。
帰宅予定時間を逆算して目的地を決めた照が、「ここに行こう」と見せてきたスマホの中には、一軒のパンケーキ屋の店舗情報が載っていた。
「…マジで?」と聞くと、そいつは「三時のおやつ」と言ってニコニコと幸せそうな顔を見せた。
車に乗っているということもあり、ラーメンを食べてからと言うものカロリーがなかなか減ってくれない。
この状態で、ちゃんと一つ食べられるだろうか…と大変に心配であったが、それは杞憂に終わった。
苺と生クリームがたくさん乗った三段重ねほどのパンケーキを一つ注文すると、照はそれを半分に切り分けてくれた。
「夜ご飯食べられなくなっちゃいそうだし、それに、半分こしてみたかったの」
なんて言っては嬉しそうにそれを頬張る照の方が、よっぽど甘ったるかった。
はち切れそうな腹を抱えた状態で次に照に連れてこられたのは、タピオカ屋だった。
「まだ食うの?!いや飲むの!?どっちでもいいわ、まだ腹になんか入れんの!?」とツッコむと、照はすっとぼけた顔で「締めの紅茶」とのたまった。
紅茶は紅茶でも、大分腹に溜まる粒が入っているし、そもそもミルクティーにはどのくらいの砂糖が入っているのだろうか。
今のこの状況では最早魔物としか思えないようなそれを余裕でグビグビと飲んでいく照の姿を見ていたら、眩暈がした。
だが、それも含めて「面白れー奴」だなと思う。
そんなところさえ可愛くて、愛おしかった。
「ふっかは飲まなくてよかったの?」
「マジで限界来てるから大丈夫、あ、でも…」
「?」
「やっぱ飲んどきゃよかったかな…」
「無理しなくていいんだよ?」
「いやさ、せっかく出かけられたんだから、今日くらいは照と一緒のことしたいなって今んなって思ってさ…、ラーメン屋でもパンケーキ屋でも、おんなじ空間でおんなじことするの楽しかったし、いつまた照と出かけられるかわかんないし…さ…」
「はい」
「ん?」
「一口あげる。これなら今日はもう、全部「おんなじ」でしょ?」
「っ、ぁりがと、、」
「きゅんてした?」
「…教えねぇ」
「ぃひひっ、可愛い」
「るせ…、ぁ、ぅま」
「俺もここの初めて飲んだけど、おいしいよね!」
「うん、腹に余裕ある時また飲み行こうぜ」
「うん!いこ!絶対ね!あ、そうだ。ねぇふっか」
「んぉ?」
「それ、間接キス」
「…お前マジでさぁ……」
少しずつ俺たちの住む屋敷に近付いていくその車の中、ひどく熱くなった顔を冷ましたくて、冷房のつまみを一気に左へ回し、勢いよく吹き始めたエアコンの風を正面から浴びに行った。
見慣れた門扉を潜り抜け、いつもの場所まで入ると車は止まった。
「着いたよ」
「お疲れー、運転ありがとね」
「いえいえ、俺が連れて行きたかったし、何よりふっかに運転させるわけにいかないしね」
「ふははっ!それはそうか」
「先に荷物屋敷に入れてくるからちょっと待ってて」
「あいよー」
運転席から降りると、照はトランクを開けて大量の戦利品を屋敷の中へと運び出していった。
待っていろと言われたので助手席に乗ったままスマホを眺めていると、しばらくしてから窓ガラスをコンコンと叩く音が間近で鳴った。
「お、もう全部運んでくれたの?」
「うん」
「あんなたくさんあったのに。ありがとね」
「ううん、いつも運んでる鉄材の方が全然重いよ」
「マジかよ。やっぱ俺にはその仕事はできねぇな」
「うん、お願いだからしないで」
「そこまで言う?!」
「危ないでしょ!?絶対やめて!!」
「わーったよ!」
気を抜くとすぐにこれである。
過保護なんだか、それだけ大事にしてくれているのか、どちらにせよ毎回この手の話になるとむず痒くてたまらなくなるが、それさえ幸せだと思えるのだから、俺も十分に末期だ。
今から屋敷に入るので勝手に緩んでしまう頬をどうにか引き締めたかったが、なかなか元通りになってくれない。
表情筋の使い方を思い出しながら玄関で靴を脱ぎ、照のあとに続いて居間に入った瞬間、そこかしこからパンッ!パパンッ!!と何かが破裂するような音がした。
「!?なになになに!?!」
遂にウチもドンパチするようになったのか!?と辺りを見回すようにキョロキョロと首を振っていると、肩に紐状の黄色い紙が落ちてきた。
「…え?」
「「「せーのっ!」」」
「「「ふっか!誕生日おめでとーっ!!」」」
…たんじょうび?
誰の?
いや、今名前呼ばれたか。
え、俺の?
待って、今日何日?
…。
……。
………。
あ。
そっか、今日だったっけか。
「ふっか!いつまで突っ立ってんのー!」
「早く座ってくださいよ、ずっと待ってたんすから」
「僕もうお腹ぺこぺこー!」
「たくさん食べてな!主役なんやから!」
「やっぱ忘れてたか、まぁ、そんなとこだろうと思った」
「ふっか、俺腹減った。早く一緒に食べよう」
「んぅーっ!まんま!びゅー!」
「辰哉くん、おかえり。息抜きできた?」
広いちゃぶ台を囲む家族たちが、一言ずつ俺に声をかけてくれる。
一人一人と目を合わせていき、その最後に問いかけをくれた人の顔を見た瞬間、俺の眼球は遥か遠くまで吹っ飛んでいった。
「親父!???!なんで!??!」
「僕の大切な子のお誕生日だもん、辰哉くんに内緒で帰ってきちゃった」
「内緒でって…、今日確かタイの方でアポありませんでしたっけ?!」
「うん、今日はそっちの方でご飯会の予定だったんだけど、「明日でもいいよ~」って“お友達”が言ってくれたの、優しいよね」
「康二…手回しやがったな…」
「なんのことかさっぱりわからんな」
「その子、随分立派になったんだよ、しばらくの間は「ボスの後継ぎは俺でいいんでしょうか、全然自信ないです」って言ってたのに」
「あー、あの時色々案内してくれたあの子ですか。無事に後継いだんですね」
「今でもよく会いに行くんだ、すっかり仲良くなっちゃったの、ふふ」
「ねぇ組長、腹減った」
「ぁっ、そうだよね、ごめんね。みんな揃ったしパーティー始めよっか!」
「「「へい!」」」
ラーメン、パンケーキ、一口分のタピオカで俺の胃はパンパンに膨れていたが、みんなが作ってくれたのだと思うと、どうしてか箸は止まらなかった。
康二と阿部ちゃん、それから佐久間も手伝ってくれたのだそうだ。
箸は翔太と坊、そして何故か親父が並べてくれて、紫を基調に彩られた部屋の装飾はめめとラウールが中心となってやってくれたのだと、どいつもこいつも自慢するように、誇らしげな口ぶりで教えてくれた。
「ありがとね」と伝えたが、そう言われたら言われたで五人の大人たちは、それはそれは可愛げのない言葉ばかりを返してきた。
「そうだそうだーっ!、毎日もっと感謝してよね!」
「自分の誕生日忘れてたくせに。これだからふっかは」
「阿部ちゃんの言う通り!もっと自分を大事にしてよね!」
「ラウ、ええ事言うやん!ほんまやで!もっと食えやァッ!」
「お返し期待してます」
目黒の言葉にハッとしたように、照が不意に席を立った。
しばらくして戻ってきたそいつの両手には、大量の景品が入ったあの袋が抱えられていた。
「ふっか、お返しになるかどうかはわかんないけど、渡してみたら?」
手渡された大きな袋の中を覗き込み、手に触れた順番にそれぞれへ渡して行った。
「嫁ーーーッ!!やったー!」
「おかずいっぱい取れるシリコンのおたまや!これ欲しかってん!ほんでなんで野菜?」
「なにこれ盆栽作れんの?すごい、楽しそう」
「え、うそ…まじ…」
「なんすかこの剣、、めっちゃカッケェ…!!」
「ふっか、このモニモニしたやつ食える?涼太、ふっかがせんべいくれるって」
「んきゃぁ!ぇんべ!」
佐久間とめめは、大きな箱を頭上高く掲げて興奮していた。
案の定康二は手の上に収まるジャガイモを眺めては困惑したような目をこちらに向けていたが、本命の調理器具には喜んでくれていた。
箱に書かれた商品の説明書きを真剣に読むのは、なんとも阿部ちゃんらしい。
翔太はアメリカンドッグの形を忠実に模したスクイーズを一心に揉んでいる。どうやら気に入ってくれたようだ。
ラウールだけはどこか暗い顔をしていたので、あまりハマらなかっただろうかと気になった。
「ラウ?気に入んなかった?」
「ぁ、ううん…すっごく嬉しいよ…」
「香水とかもあったから、そっちの方が良かったか?」
「ううん、そうじゃなくて、、被っちゃったなって…」
「お?」
「僕たちもふっかさんに用意してたんだよ」
「えっ、マジか!」
「先越されちゃったけど、みんなからも渡そっか」
「「「はーい!」」」
親父の号令のもとでそれぞれから手渡されたものは、形も大きさも様々だった。
「佐久間のはやけにデカいな。…ぉ!?は!?おま…これっ…!」
「マ○カー!本体付き!」
「相変わらず金銭感覚バグってんな!」
「みんなでやろうぜ!」
「最初っからそのつもりかよ!全然いんだけどさ!」
「阿部ちゃんのはなんかモフモフしてるな、お、枕じゃん!」
「ちゃんと良いやつだよ」
「嬉しい、ありがと」
「康二のは結構小ぶりだ。お!小型マッサージ機!」
「パソコン仕事は肩凝るからな!最新型やで!」
「ありがと!」
「どういたしましてや」
「そんで、ラウのは…、お菓子とホットアイマスクか。全然いいじゃん。嬉しい」
「高校の時に、クラスメイトの子達がそういうのよく渡してたから、こういうのがプレゼントにいいのかなって思って選んだんだけど、まさかこの倍以上のお菓子もらっちゃうとは思ってなかったから、なんか複雑…」
「選んでくれたのが嬉しいんだよ、ありがとね」
「…へへっ、良かった。喜んでくれて」
「ふっか、これあげる。涼太と一緒に作った」
「お、これは……なんだ…?」
「犬。粘土だよ。頭は涼太が作って、俺が体作ったの。顔は俺が描いた」
「ほぇ、上手じゃん。こいつ名前あんの?」
「犬卵」
「あ、だから口がギザギザなのね、ありがとな。机に飾るわ」
「うん」
「ふっかさん、俺の早く開けてください」
「…お前のだけは毎年入ってるもんわかってんだよ…」
「流石っすね」
「出たよ…これ毎年絶対入ってんだって…「俺とけんかできる券」。なんで俺が喧嘩したい側なんだよ…。あと、人のこと言えないけど「けんか」ぐらい漢字で書けよ…」
「今年はオマケで伊達メガネ入れときました。ブルーライトのやつ」
「せめてメインであれよ…オマケ扱いされちゃぁメガネもたまんねぇだろうよ…」
「有効期限は“俺が死ぬまでずっと”なんで、一生使えますよ」
「重いわ。尚更毎年入れてくる意味がわかんねぇよ。一枚ありゃいいだろ」
「無くしたとか水に濡れたとか、破れたとか折れたとかがあったら使えなくなっちゃうじゃないですか」
「駐車券か」
「僕からはこれ、良かったら使ってね」
「親父までほんとにすいません…。えっ、、温泉チケット、、ですか…?」
「二泊三日分しかないんだけど、ゆっくりしてきてね」
「十分すぎます、ありがとうございます」
みんなからもらったプレゼントを全て両手に抱えてみれば、胸が詰まった。
本当に嬉しい贈り物ばかりだった。
もう一度全員にお礼を伝えたあとで、親父が俺を手招きして呼び寄せた。
体を彼の元まで移動させる。
何か仕事の話だろうか?と思いつつ親父の方へ耳を寄せると、優しい囁き声が鼓膜を撫でた。
「それ、ペアで行けるやつなの。二人だけで楽しんでおいで」
それだけ言うと、親父は楽しそうに笑った。
「ふぁぁ…、」
「およ?翔太もう眠い?」
「うん」
「じゃあ歯磨きしに行こうぜ!俺着いてったげる」
「佐久間ありがとう、俺たちもそろそろ解散しよっか」
「せやな。阿部ちゃん片付け手伝ってくれるか?」
「いいよー」
「阿部ちゃん俺もやる!」
翔太、佐久間、康二、阿部ちゃん、めめが順番に席を立っていく。
俺も片付けに加わろうと思い、もらったものを元の入れ物にそれぞれしまい始めると、また徐に親父から声をかけられた。
「辰哉くん、お誕生日おめでとう」
「ぁ、ありがとうございます。へへ…」
「今年の誕生日こそは、辰哉くんにとって特別なものになったらなって思ってるんだ」
「え?」
「君の生き方は、きっと今少しずつ変わってきてる。それを辰哉くん自身が一番に認めてあげて。今日の昼間に感じた気持ちを、これからもずっと大切にしてあげてね」
「昼間って…」
「デートしてきたんでしょ?素敵じゃない」
「んなっ!?なんでそれ…!」
「ふふっ、辰哉くんをお家から出そうって、昨日からみんなで張り切ってたんだ」
「ぁ…、、もぉぉ…そういうことかよ…」
「今日が辰哉くんの第二の誕生日になったら嬉しいな。ここからは、自分のために、自分の人生を楽しく幸せに生きてね」
「ありがとうございます、ちょっとずつやってみます」
「うん、そう言ってくれて嬉しい。こちらこそいつもありがとう。辰哉くんに出会えて僕は本当に幸せです。…独り占めし続けちゃうのも良くないね、じゃあ僕は涼太と翔太くんのところに行ってくるね」
「あ、はい、いってらっしゃいやせ」
親父との話が突然に終わると、後ろから照に肩を叩かれた。
「ふっか、運ぶの手伝うよ」
「おー、ありがと。助かるわ。てかお前、今日無理して休み取っただろ」
「そんなことないよ?祝日だし、現場はホントに休み」
「朝自分で言ってただろ、事務所とか社員寮行かなきゃいけない日もあるって」
「うん、でも「今日はふっかの誕生日だから行けそうにない、ごめんね」って“月”の子に言ったら「こっちのことは全部忘れて楽しんできて」って、「初デート頑張って」って言ってくれたの」
「…お前、どこまで喋ってんだ…?」
「俺はなんにも言ってないよ?俺も「なんで知ってるの?」って聞いたけど、「いつまで待たされるんだろうってヤキモキしてた」って言われた」
「お前普段どんな話してんだよ…」
「ふっかにまた話聞いてもらったーとか、ふっかがまた徹夜してたーとか、そのくらいしか話してないと思うんだけどね」
「余計すげぇわ。そんだけでなんでわかんだよ…」
「さぁ、ウチの子達はみんな、筋肉で会話してるから」
「ふははっ、どんな特殊能力だよ」
もらったものを半分に分けて、二人で自室へと持っていった。
ひとまずは部屋の隅に置いておこうと手に持っていたものを壁際に並べ終えてから、後ろに立っていた照を振り返ると、そいつはなぜかモジモジしていた。
「どうした?」
「ぁ、ぅん…」
「トイレか?もう大丈夫だから行ってこいよ」
「違うっ!デリカシーなさすぎ!!」
「悪かったな!!!」
「これ!俺から!」
「お?照もくれんの?ありがと!」
今日の一日で、照からは物以上に尊いものをもらってしまっていたような気分でもあったので、用意してくれていたと知れば、更にたまらなく嬉しくなった。
なんだなんだ?とその小箱の包みを開けていくと、中には文字盤が刻まれたタイプのアナログ時計が入っていた。
その盤面は金色に輝いている。
暗めのブラウンのバンドが、その色味によく合っていた。
「おーっ!かっけぇ!おしゃれだわ!ありがと!」
思ったままに感想とお礼の言葉を述べると、照は返事の代わりに真面目くさった顔でをこちらに向けた。
「二人だけの時に渡したかったから」
「そうだったの、全然気付かなかったわ。ほんとにありがとね、大切にする」
「ふっか」
「ん?」
「俺と、これから、おんなじ時間を生きてくれたら嬉しい」
「ひかる…、」
親父の言った「第二の誕生日」からを、どう生きていこうか。
何をするにも自分を優先にして決めていいなんて、どうしたらいいんだろうと少し怖くなる。
誰かに生き方を決めてもらう方が、よっぽど楽なのだ。
今までがそうであったが故に、ここ最近は余計にそれを強く感じる。
自分次第の未来は、全てが新鮮で、全てが真っ白だ。
迷って恐れて、不安になることばかりだが、同時に清々しい気分でもあった。
やるべきことに踏み込めないでいたあの頃の罪悪感が薄れていくたびに、どんな色にでも染められるまっさらなキャンバスに何を描こうかと期待が募ってワクワクする。
そして、すぐそばには照がいてくれたらと思うのだ。
親父の後押しがあって、自分のための人生を歩いてもいいのだと思えるようになった。
自分で敷いた新しいレールの上を、まっすぐ一人で辿っていくのもきっと楽しいだろう。
だが、俺の生き方を変える理由でもあったこいつと、二人で肩を並べて、手を取り合って歩いていけたら、もっと楽しくて、もっと幸せだろうと、そんな根拠のない展望がいっぱいに広がっていく。
この予感はきっと、あながち間違いではないだろう。
今日の昼間に感じたものの全てが、俺に確信を与えてくれた。
照が隣にいてくれなきゃ始まらない。
頼みたいのは俺のほうだ。
「照にいて欲しい。俺がこれから生きてく長い時間のいろんな場面には、お前がどうしても必要だから…」
「だから、…その…、」
今の気持ちをどう言葉にしよう。
心に浮かぶものがたくさんありすぎて、どこから手を付けたらいいだろうかと迷ってしまう。
手に取っては戻して、また別のものを掴んでは離して、あれでもないこれでもないと悩んでいる俺の体を、照は突然引き寄せた。
「俺もふっかが絶対に必要。もう、「おんなじ」だったね」
その顔がふにゃっと綻んだとき、あの“合言葉”が、また胸の中に優しく浮かんだ。
05.05 Happy Birthday,Tatsuya.
続
コメント
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こんな、こんな時間に見てしまいました……!更新が!嬉しい!とても長くて嬉しいです。なんとびっくりまだ読んでいません。明日の通学のお供にします。ほんとうに、ありがとうございます
💜、お誕生日おめでとう🎊
うわーーーー素敵🥹✨ 💛💜満載だしそれぞれのメンバーもみんならしくてわちゃわちゃ最高!! 次は💛だからちょっとまた次を期待しちゃいます🫣