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二階に降りると、数人の冒険者が掲示板を見ていたり、カウンターで依頼を受けたりと昨日よりは賑わっていた。
カウンターにはソフィアとミア。知らないギルド職員もいるが、皆忙しそうだ。
「今日は結構人いるな……」
ソフィアに声をかけたかったが、どうやら他の冒険者の相手で忙しそうだったので、手が空くまで時間を潰そうと依頼掲示板を眺める。
鉱石の運搬、薬草の採取、倉庫の片付け、作物の収穫、などなど。色々な依頼があるが、なんというか冒険者ギルドというより便利屋といった感じ。
どうやら右側に貼ってある依頼ほど新しい依頼で、左側にいくほど期限の迫っている依頼、という風に分けられているようだ。
掲示板の端には賞金首のリストも貼られていて、その似顔絵は賞金首というだけあって強面ばかりが並んでいる。
「お? 兄ちゃん|魔術師《ウィザード》か? 丁度よかった。この依頼受けようと思ってたんだが、一緒にどうだ?」
掲示板を見ていた戦士風の中年男性が、一枚の依頼書を手に取り、俺へと差し出す。
『ウルフの討伐、一体につき金貨二枚、良質な毛皮であれば、一枚につき追加で金貨一枚。森に生息するウルフ種の間引き。難易度:D』と書いてある。
「あ、いや、俺は……」
急に話しかけられ、どうしていいかわからずあたふたしていると、それに気づいたソフィアがカウンターから声を上げる。
「あ、その人”専属”なのでパーティは組めませんよー?」
「ん? ああそうか。兄ちゃんがあの新人か。……なるほど。確かに魔術系適性にしては肉付きがいいと思ったぜ」
男は何かを確認するように俺の体をベタベタと触るも、突然のことに驚いて一歩引いてしまう。
「ガハハ、そう脅えるなよ。悪かったな、がんばれよ”村付き”」
持っていた依頼書を掲示板に戻した男は、かわりに『王都スタッグまでの護衛』という依頼書を持ってカウンターへと行ってしまった。
その様子に唖然としていると、カイルがギルドへとやってくる。一緒にいるのは知り合いの冒険者だろうか?
「おっす。早いじゃないか」
「おはようカイル。そんなに早いか?」
「ああ、ウチら”村付き”に回ってくる仕事は一般の冒険者の依頼受付が終わった後だからな。新しい仕事は、朝一で貼り出される。だから冒険者は朝一に仕事を受けに来るんだ。その方が旨い仕事にありつける可能性が高いからな」
なるほど。だから昨日は誰もいなかったのか。
「そうだ、紹介するよ。こいつもウチらと同じ”村付き”のブルータスだ」
「よろしくお願いします」
「ああ……」
ブルータスと呼ばれた男は不愛想に挨拶を返す。
年齢は俺より少し上だろうか。首から下げているプレートはブロンズ。格好は冒険者なのだが、一歩間違えるとその辺のゴロツキといわれても納得の強面だ。顔の傷がそれに拍車をかけている。
カイル曰く、数週間前に”村付き”として登録したらしい。別の町でも冒険者としてやっていたので、ベテランなのだそうだ。
さらに二十分ほどが経つと、ギルドは俺達を残してもぬけの殻となった。
「そろそろかな……」
カイルがぼそりと呟くと、ソフィアがカウンターから顔を出し、俺達を呼んだ。
「おまたせしました。”専属”さん用のお仕事割り振りますので、こちらへどうぞ」
座っていた長椅子から立ち上がり、カウンターへと向かう。
「ええっと。では、カイルさんから。本日は、食堂からの依頼で『野ウサギの狩猟』をお願いします」
「了解。だが野ウサギはちょっと厳しいかもな。最近はウルフが増えてきててな」
「あ、そうだ。ウルフの討伐でも構いませんよ? 今日から依頼が出てると思うので」
「わかった。じゃあ今日はウサギとウルフで」
「はい、よろしくお願いします。いってらっしゃい」
ソフィアはニコリと微笑むと、カイルは片手を上げて返事をし、階段を降りていく。
「ええと、ブルータスさんは『門の修繕工事』をお願いします」
「東、西どっちだ?」
「あ、すいません。東側をお願いします」
「チッ……」
軽く舌打ちをすると階段を降りていくブルータス。
最低限というか、少々粗暴なのではないかとも感じるやり取りに、そういう者もいるのだろうと深くは考えない事にする。
今は他人より自分の事が最優先だ。
「あと、九条さんにはですね……」
「カイルは村の外に行くみたいですが、担当は一緒にいかなくていいんですか?」
「ええ。支部長の私はあまりギルドを離れられないので、基本的には信頼度の高い冒険者さんしか担当になれないんです。なので、村の外でも近ければ担当なしでも活動できるんですよ?」
確かカイルはここの村の出身だと言ってた。ずっとこの村で冒険者をやってきたのだろう。そう考えると信用度の高さには納得がいく。
「えっと、九条さんにやってもらう依頼は……これです」
ソフィアがカウンターの上に置いたのは長方形の木製の箱。その素振りから、結構な重量の物が入っているような雰囲気。
「開けてみても?」
「ええ、どうぞ」
箱の蓋を開けると、中には年季の入ったトンカチと、お世辞にもきれいとは言えないデコボコの釘が多数。ずばり工具箱だ。
「これで何をすれば?」
「昨日壊した、村の壁の修理が今日のお仕事です」
「あっ、はい……」
最初の仕事は、まさかの自分の尻ぬぐい。
まあ仕方がない。文句の言える立場ではないのは百も承知だ。
「では、村のはずれにある石材店から材料を受け取って、それで壁を直していただければ大丈夫です。石材店には話を通しているので、壁の修理でって言えばわかると思います」
「わかりました。えーっと、ミアは?」
「今回のお仕事は村から出ないので、担当は連れていかなくて大丈夫ですよ? それに、ミアは昨日のお仕事が残ってますので……」
終始笑顔で話していたソフィアだったが、最後は目が据わっていた。
昨日ミアが仕事をサボって風呂に入ったことを、根に持っているようである。
「そ、そういえばそうでしたね……。じゃあ、いってきます」
「はい。よろしくお願いします」
石材店までの地図を確認し、ギルドを後にする。
ガブリエルはミアからあまり離れるなと言っていたが、実際どれくらい離れるとまずいのだろうか。
村の外での依頼なら一緒にいることも可能だろうが、今回みたいに村の中の仕事となると一緒にいることはできない。
そんなことを考えながら歩いていると、昨日の武器屋が見えてくる。裏の壁には俺が開けた穴が、ぽっかりと開いていた。
申し訳ないと思いながらもそそくさとそこを通り過ぎ、足早に石材店を目指す。
途中、後方から微かに聞こえる話し声に気がつき振り返ると、そこには村の子供たちがいた――ように見えた。
なぜか民家の裏へと隠れてしまったのだ。
気にせず歩き出すと、またしてもこそこそと話し声が聞こえ、振り返るとどこかへ隠れる。
そんな子供たちとのやり取りを繰り返しながらも石材店へと辿り着くと、店主は外にある荷車にすべて用意してあると教えてくれた。
中には水が入っているであろう大きな革袋。セメントに角材に木板。そして木製の桶に梯子だ。
荷車に材料が揃っているのを確認し、武器屋に向かって荷車を引く。
しばらくすると、またしても先ほどの子供たちの気配を感じた。
恐らくは、かくれんぼ的な遊びだろう。ほんの少しだけからかってやろうと思い、ギリギリまで気づかないフリをしてから、子供たちとの距離をダッシュで一気に詰めてみた。
「「わあああ! 破壊神が来たあああ!」」
逃げ惑う子供たちに、ドン引きする俺。そこまで本気で逃げなくても……。
「ていうか破壊神て……」
「ちょっとあんた! 子供たちを怖がらせちゃダメじゃないか!」
「あっ、ハイ。すいません……」
畑仕事をしていたおばちゃんに怒られてしまった……。
怖がらせたかったわけじゃない。ちょっと遊んでやろうと思っただけなのだが、それにしても破壊神て……。
昨日の講習を見ていた子供たちの誰かが名付けたに違いない。できれば恥ずかしいので止めていただきたいが、相手は子供。その内飽きて忘れるだろう。
武器屋に着くと、裏庭に入る許可を得てから壁の修理作業に入る。
壁は三メートルほどで、丸太を縦に半分に割り、表裏交互に隙間なく並べて楔で繋ぎ止めてあるという感じだが、これで村全体を覆っているのだ。
重機のない世界で、これは相当な労力が必要だろう。
幸いこの手の作業は前の世界でもよくやっていたので、問題はなさそうである。
実家の寺も中々に古い建物なので、ちょくちょくDIYで補修作業をやらされていたのだ。
両側から木の板で蓋をして、中に水とセメントを混ぜて作ったモルタルを流し込めば終了。
後は三日ほど待って、モルタルが固まったのを確認したら板を剥がして完成だ。
手慣れた作業だったので、一時間ほどで終わってしまった。
後は荷車を石材店に返却するだけなのだが、その途中にも子供たちは俺を尾行するかのようについてくる。
もう一度脅かしてやろうかと機会を窺っていたのだが、こちらを見る村人の目が気になってしまい、結局それは未遂に終わった。