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Chapter 2:ミンジュの消えた夜
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3年前。
世界が彼女の名でざわめいていたある夜、
キム・ミンジュは、突然すべてを断ち切った。
スケジュールは白紙。
ファンクラブサイトは“無期限の活動休止”を告げるだけ。
マスコミは憶測を乱発し、SNSは騒然とした。
しかし、本当の理由を知る者は、ほとんどいなかった。
──たった一人を除いて。
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【2022年/ソウル・深夜】
「今日も、眠れないの?」
部屋のドアの隙間から、そっとテヒョンが入ってきた。
ソファに丸くなっていたミンジュは、かすかにうなずいた。
「また“声が出なくなった”のか?」
その一言に、ミンジュの目が揺れる。
声を失ったのは、精神的なものだった。
完璧を求められ続けた日々。
歌えば絶賛され、沈黙すれば批判された。
そして何より、
──彼女の死が、すべてを変えた。
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【回想:1年前】
「ミンジュ、世界に行って。」
そう言って彼女は笑った。
作曲家・ハン・ジウン。
ミンジュの才能を最初に見つけ、初アルバムをプロデュースした人。
そして、彼女が心の奥で誰よりも思っていた唯一の親友。
「ミンジュは、どんな言葉よりも強い。」
「誰も救えなかった私の代わりにミンジュは歌って。」
そう言って彼女は、自ら命を絶った。
彼女が抱えていた鬱、燃え尽き症候群、業界のプレッシャー。
誰も気づけなかった。
ミンジュ自身も──。
その夜を境に、
ミンジュの喉は、声を拒絶するようになった。
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「誰のために歌えばいいの? ジウンはもういないのに。」
ソファの上でつぶやいたミンジュに、テヒョンはそっと寄り添った。
「じゃあ、俺のために歌って。」
「……。」
「お前が声を失ってから、俺も何度も迷ったよ。
アイドルって何だ? 歌う意味って何だ?
でも、ミンジュ、
お前がまた歌うなら、
俺は世界中の“ノイズ”から守ってやる。」
その言葉に、ミンジュの頬を一粒の涙が伝った。
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【現在/楽屋】
ステージを終えたばかりのミンジュは、楽屋のソファで息をつく。
目の前には、古びた写真──ハン・ジウンと一緒に笑う若き日の自分。
「…ジウン、あなたの声を、私はまだ覚えてるよ。」
そうつぶやきながら、彼女は静かに目を閉じた。
──彼女の死がミンジュの声を奪った。
でも、彼女の想いがミンジュの心に火を灯した。
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【数時間後/HYBE本部】
「キム・ミンジュ宛に、グラミーの関係者から正式なオファーが来ました。」
静かな会議室で、幹部が告げる。
「ただし、条件があります。
“全世界生中継のステージで、BTSと共演すること。”」
沈黙の中、ミンジュはゆっくりと立ち上がる。
「なら──、もう一度歌おう。
ジウンのためじゃない、兄のためじゃない。
私自身のために。」