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解放された詩歌はゆっくり身体を起こすと、少し乱れた髪を梳いて整える。
「詩歌ちゃん、駄目だよ? 嫌なら嫌って早い段階で言わないと。男は基本スイッチ入ったらそうそう止められないんだから」
「……す、みません……」
詩歌の鼓動は未だ騒がしく、恥ずかしさで郁斗の顔が見られない彼女は俯いたまま言葉を返す。
確かに、郁斗の言う通りすぐにでも拒絶の意思を表せば良かったのかもしれない。詩歌だって、嫌なら嫌と口にするくらいは出来るのだから。それならば何故、先程郁斗に迫られた時にそうしなかったのか――それは、詩歌自身、郁斗になら身を委ねてしまってもいいという思いが心の片隅にあったからなのだ。
「それはそうと、詩歌ちゃんの寝る場所だけど、今日のところは俺のベッド使ってよ。俺はソファーで寝るからさ」
「え……そんな事出来ません。私がソファーで寝ますから郁斗さんはご自分のベッドで寝てください」
「いいから、キミはベッドを使って。女の子をソファーで眠らせて自分だけベッドでは寝れないよ。詩歌ちゃんがベッドで寝ないって言うなら、ここで二人一緒に寝るしかないよ?」
郁斗から寝床の話をされた詩歌は自分の方がベッドを使うという事に納得がいかず、ソファーで寝ると申し出ても聞き入れて貰えない事に困り果てていた。
そして郁斗自身も、自分の発言で詩歌を困らせているという自覚はあるものの男として、そこは譲れないらしい。
「……それとも、詩歌ちゃんはベッドで二人一緒に寝る方がいいのかな?」
どうにかしてベッドを使う事を納得してもらおうと郁斗が彼女をからかうような発言を口にすると、
「……はい、私一人がベッドを使うくらいなら……一緒に寝る方を……選びます……」
思いもしない答えが返ってきて、郁斗は面を食らってしまう。
しかし、その動揺を悟られないよう表情一つ変えずに彼は、
「そんなに顔を真っ赤にさせながら言っても、説得力ないよ? それに俺、今から少し仕事しなきゃならなくてリビングで作業するから、詩歌ちゃんは遠慮しないで寝室のベッド使ってよ。ね?」
これ以上詩歌が気を遣わなくて済むよう最もらしい理由をつけてベッドを使って欲しいと伝えると、
「……そういう事なら、分かりました。使わせていただきますね」
渋々ながらも納得した詩歌はようやく首を縦に振ったのだった。
詩歌が一人寝室に入ってから暫く、静まり返ったリビングのソファーで横になる郁斗はボーッと天井を見つめていた。
(はあ……無自覚な天然お嬢様ってのは、怖ぇなぁ……タチが悪い……)
詩歌に迫った時、始めはからかっていただけだった郁斗は一瞬本気になり掛けた事に戸惑いを隠せなかった。
これまで仕事の為、情報を得る為に女を抱いた事は幾度となくあるし、どんなに綺麗で魅力のある女性に言い寄られたところで本気になる事など無かった郁斗。
それなのに、迫られた訳でもない、求められた訳でもない詩歌にあんなにも魅力を感じた事が不思議で仕方がなかったし、そんな彼女を求めてしまいかけた自身の不可解な行動にはどうにも納得がいかなかったのだ。