いよいよ、デビュー戦。見守ってくれる人はいる。
厩舎のスタッフ。日高から世話をしてくれた人たち。
アメノマエに最初に期待を乗せてくれた馬主そして――
騎手は、あの、会いに来てくれていた若手だった。
偶然だとしても、何かを感じずにはいられない。
ゲートに入る。手綱越しに伝わる感触は、まだ未熟だ。だが、アメノマエに不安はなかった。
スタート。
ゲートが開き、綺麗な飛び出しを見せる。
前に行きすぎない。中団の、やや前。
それは、騎手の指示ではない。
アメノマエ自身が選んだ位置だった。
だが、すぐに安定感を失う。後方の馬群に呑まれる想像が、頭をよぎる。
まだ幼い。無口を初めてつけた、あの時の心のままだ。
恐怖に飲まれそうになる。それでも、何とか自分を守るために走る。
消耗は、激しかった。
「落ち着け。お前は、大丈夫だ。」
騎手は、そう言いたげに、無理な指示を加えない。
信じているからだ。
コーナーを回る。最後の直線。
前には、二頭。
一気に、スパートをかける。
重心が沈み、脚が前に出る。
ぐっと伸びてくる、アメノマエの頭。
期待に応えたい、ただそれだけの感覚。
——しかし。
届かない。
ゴール板を過ぎて、結果は、2着。
勝てなかった。
それでも、走り終えたアメノマエは、2着でも誇りに思った。
「いい判断だったな」
騎手は、アメノマエの首筋に手を添えた。アメノマエは、控えめに鼻を鳴らす。
クールダウンを終え、獣医師の身体チェックを受け、馬房で休むアメノマエのそばには、厩務員が付き添っていた。
落ち着いている。かつての暴れん坊の面影は、もうなかった。
レースを終えたアメノマエは、休養期間を経て、静かに、大人しく過ごした。まるで、達成感を噛みしめるように。
それからは、ごく普通の競走馬として、何度もレースを重ねた。
いつも、ハナ差。クビ差。勝つか、負けるか。
正直に言えば——地味だ。
凡走を連発したことさえある。
ライト層が求めるのは、派手な末脚や、大外一気の逆転劇。だがアメノマエは、堅実な走りを、繰り返してみせた。
ファンは多くはない。それでも、信頼してくれる人は、確かに増えていった。
雨の日でも、確実に、前へ。
前へと進んでみせた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!