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桃巌深夜の能力。
それは左目で対象人物の視覚を覗けるというものだ。
自分が持つ細菌を含んだ物や体液を取り込むことで、能力の対象者になる。
拉致された際、皇后崎は深夜の細菌が入った水を顔にかけられていた。
つまり今、彼の視覚は…本人の知らないうちに深夜に全て覗かれている。
焦ったように部屋を出て行こうとする皇后崎を一旦落ち着かせ、何とかこの場に留まらせる。
皇后崎を中心に集まった面々は、とにもかくにも彼から話を聞き出そうとした。
「なるほど。お前を拉致した奴が人質をとってる…か。」
「そうだ。わかったろ、時間がない。」
「待てガキ。聞きたいことが色々ある。すぐに事情聴取だ。子供の方はこっちで対処する。テメェは動くな。」
「子供の顔知らないだろ?」
「調べれば済む。わかったらお前は…」
「時間がねぇって言ってんだろ…?」
淀川の胸倉を掴んでそう言った皇后崎の顔は、いつもの冷静さがまるでなく、とても危険な状態だった。
そうして言い合いを続ける2人を見つめながら、鳴海と一ノ瀬は両サイドから無陀野に近寄って声をかける。
「なぁ先生。あいつがあんなテンパるの珍しくね?なんか理由があるんじゃねぇの?」
「俺もそう思う。あの姉妹のこと、ずっと気にかけてたし…」
「ほら、鳴海もこう言ってるしさ。行かせてやった方がよくね?」
「……皇后崎、戻り次第必ず話を聞かせろ。約束できるなら、俺と一緒に行くことを許す。」
「許してんじゃねぇよ。甘すぎやしねぇか?」
「こいつのことだ、行かせるまで話さない。行かせた方が効率がいい。四季、お前も来い。」
「え?俺も?」
「皇后崎が先走ったらお前が止めろ。」
「えー…」
「鳴海も一緒だ。」
「行く!」
「救護班として同行を頼む。いざとなったら能力使え」
「おっけー任せといて」
「いいな?戻ったら全て話せ。」
「わかった。」
鳴海と一ノ瀬に声をかけた無陀野は、最後にそう言って皇后崎に釘を刺した。
同期の勝手な行動に舌打ちをしつつ、残されたメンバーに証拠品回収の指示を出す淀川。
だが彼自身はその作業に加わらず、静かにとある人物の元へと歩み寄る。
「鳴海。」
「真澄くん!」
「気をつけて行けよ。」
「大丈夫!」
「(行かせたくねぇって…思っちゃいけねんだろな。)」
「真澄くん?どうしたの?」
「ん?何でもねぇよ。…ピン歪んでるぞ」
穏やかな口調でそう言うと、淀川は慣れた手つきで鳴海の服の襟についているピンブローチを直す。
「ありがと!」
「あぁ。…待ってるから、ちゃんと戻って来いよ。」
「おっけー!」
淀川に優しく頭を撫でられると、鳴海の顔は少し赤みを帯びる。
それから皇后崎の身支度が整うを待ち、鳴海達4人は夜の街へと出発した。
4人は月明りに照らされながら、ビルの屋上を飛ぶように駆け抜けていく。
大柄故にトロそうに見える鳴海も、その身のこなしやスピードはほか3人に引けを取らない。
と、そんな彼が不意に走りながら自分の体をポンポンと叩き始める。
最後尾を走っていた無陀野が声をかければ、鳴海は申し訳なさそうな表情で話を始めた。
「鳴海、どうした?」
「ひぃん…スマホ忘れちゃった(т-т)」
「俺らが一緒だから問題ないだろ。」
「そうかもだけど……いや、やっぱりビルすぐそこだし取ってくる!」
確かにさっきまでいたビルを出てからまだ数分であり、戻れない距離ではない。
だが万が一…ということもある。故に無陀野は簡単には許可を出せずにいた。
そんな彼の想いとは裏腹に、鳴海は止める間もなく来た道を戻るため方向転換をする。
「待て。1人では動くな。」
「大丈夫!すぐ追いつくから!先行ってていーよー!」
「おい、鳴海!」
「先生、鳴海どこ行ったの?」
「スマホを取りに行った。…とりあえず進むぞ。」
鳴海のことはもちろん気にかかるが、こちらのミッションも時間との勝負。
ここは一旦彼を信じ、無陀野は生徒たちに前進を命じるのだった。
だがそれから数分も経たぬうちに、雲行きが怪しくなる。
不穏な気配を感じた無陀野は、それが自分たちの敵であると瞬時に見抜く。
そしてその気配を感じる場所は、今しがた鳴海が向かった方面であった。
自分たちの敵、それはつまり鳴海を狙う人物ということ…
「皇后崎、四季…先に行け。」
「先生は?」
「招かざる客だ。」
「行っちゃったよ。」
2人を残し、無陀野はあっという間に姿を消す。
やがて敵の気配が強くなってくるのに従い、もう1つ…大切な彼女の存在も感じるようになっていた。
「(鳴海…少しだけ辛抱してろ)」
では、その鳴海はと言えば…
光が丘公園にて、黒髪・色黒の目つきが悪い桃太郎の前で偉そうに足を組んでふんぞり返っている状態だった。
遡ること15分前…
スマホを取りにビルへと向かっていた鳴海は、ふと近くに桃の気配を感じ動きを止める。
気づかれないように移動しようと、静かに足を踏み出した瞬間、彼は桃太郎の細菌に取り囲まれていた。
いつの間にか閉じていた目を開ければ、自分が芝生の上に転がっているのが分かる。
「(え、ここどこ?ていうか誘拐された…まだ訛ってる証拠だわ…)」
「よぉ。鳴海久しぶりだな?」
座ったままキョロキョロと辺りを見回す鳴海だったが、その行動を遮るように男の声が聞こえてくる。
振り返った先には、少し笑みを浮かべた色黒の桃太郎が立っていた。
見た事あるような顔で思い出せなかったが彼が隊長・副隊長レベルの人物だということが分かる。
“誰だっけな…”と頭を悩ます鳴海とは対照的に、目の前の桃は楽しそうに近づいてくると、ヤンキー座りで目線を合わせてきた。
「お前が死んだって聞いた時は度肝を抜かれたぜ?」
「……あ、桜介くんか!」
「お前嘘だろお前。あんなに愛し合ったのに忘れたのか?」
「野郎の名前とか覚える価値ないんで」
「ひっでぇやつ。ま、そんなとこも好きだけどな♡」
「うわ、キモ」
「結婚したそうだな?月詠が泣いてたぜ」
「いや知らんて。占い中毒だから婚期遅れてるだけでしょ。」
「なぁ鳴海、あいつじゃなくて俺にしろよ。な?夜の方も俺に任せろよ」
「そんなに言うなら奪えばいいじゃん。無人くんに勝てるなら、だけどね」
「酷いな」
片手で鳴海の両頬を挟みながらそう言った桜介は、手を離すとその場にあぐらをかいて座った。
鳴海は少し彼から離れると、ベンチに座り足を組んで座った。
「んな身構えなくても、手出したりしねぇよ。」
「ふんっ、どーだか。」
「俺はお前の能力に興味がある。ケガ治せんだろ?」
「……知ってるんだ。(逆に言えばそれしか知らないって事になるけど…案外ザル?)」
「残ってたデータに載ってた見せろ。」
「やーだよ。そもそもどこもケガしてないじゃん。」
「あ~じゃあ今傷つくるから待ってろ。」
「ちょい待ち、お前馬鹿?」
「は?何で?」
「いや、当たり前じゃん。治せる人間がいるからって、ケガしていい理由にはならねぇし、ましてや自分で傷つけるなんて…お前自殺願望強めの奴?なに、カイドウなん?」
思わず突っ込んでしまった鳴海だが、ハッと我に返るとすぐに”何言ってんだ俺…”と思ってしまった。
突然怒られたことに驚きながらも、桜介の表情にはまた楽しそうな笑みが浮かぶ。
さらに鳴海への興味が増し、もっと近づこうと立ち上がった桜介だったが…
「それ以上、こいつに近づくな。」
「! 無人くん!」「来たか。」
「…大丈夫だと言ってなかったか?」
「こんなやつとやっても俺が損だし練馬中大騒ぎ待ったナシだよ」
自分の元へ駆け寄って来た鳴海に対し、無陀野は落ち着いた声音で一言そう告げた。
ぷいっとそっぽを向く彼を見つめる無陀野の表情からは、どんな感情も読み取れない。
だが不意に鳴海の顎に手を添えると、優しく持ち上げ視線を合わせる。
「ケガは?」
「平気!」
「ならいい。」
「もっと心配してもいいんだよ〜?」
「桃が光総合病院だ。あいつらのこと頼むぞ。」
手を離し、耳元で口早にそう伝えた無陀野が纏う空気には、もう負の感情は含まれていなかった。
“了解!”と気合いの入った表情を見せる鳴海の頭をポンと叩いてから、彼は桜介と向かい合う。
その背後に、鳴海の姿はもうなくなっていた。
「何だよ、もうちょい話させろよ。」
「…」
「随分大事にしてんだな。」
「…誰だお前は。」
「22部隊副隊長・桃角桜介。」
「お前があいつと話をすることは二度とない。」
「言ってろ。それより…俺と勝負しようぜ。」
キレイな三日月の下で、2人きりの戦いが始まろうとしていた。