鳴海を送り出した無陀野は、今一度桜介と向かい合う。
2人の戦いが熱を帯びていく中、1年生コンビの方はようやく目的地周辺に到着した。
だが路地から大通りへと出た一ノ瀬と皇后崎の目に飛び込んできたのは、燃え盛る炎と煙に包まれた病院だった。
一ノ瀬達の到着から約5分後、鳴海も無事に病院へと辿り着いた。
時間と共に火は勢いを増し、それに合わせて野次馬の数も増えていく。
その野次馬に紛れながら、静かに病院内へと入って行く鳴海。
入ってすぐの受付辺りに見覚えのある立ち姿を発見し、安心したのも束の間…
具合が悪そうな彼の様子に、鳴海は慌てて駆け寄った。
「迅ちゃん!」
「! お前…遅ぇぞ…どこ行ってた…」
「おっと…大丈夫?」
頭を押さえながら立っていた皇后崎は、傍に来た鳴海の姿を見た途端、フッと体の力が抜けてしまう。
咄嗟に支えてくれる鳴海に少し体を預けた後も、彼は遅れて到着した教師に対し説教を続ける。
“1人で動くなって言われてんだろ”
“桃に見つかったらどうすんだ”
“京都の時も言われただろ”
ツラそうにしながらも止まることのない言葉に、鳴海はひたすら謝罪とお礼を伝えるのだった。
本当なら今いない一ノ瀬のことや、彼自身の体の不調について聞きたいのだが、皇后崎は全く口を挟む隙を与えない。
と、そんな時…
患者である高齢の女性を背負った一ノ瀬が、もの凄い勢いで走って来る。
そして非常口から彼女を逃がすと、バッと同期の方を振り返った。
「皇后崎ぃ!あとどんくらいだ…って、鳴海!!」
「四季ちゃん!良かった…どこ行ったのかと思ってた。」
「え?皇后崎から何も聞いてねぇの?」
「あ、う、うん…ちょっとタイミングが…」
「お前何やってんだよ!つーか、鳴海から離れろって!!」
「うるせぇ…!頭に響く…!ゲホッ…」
鳴海の肩に手を置いて寄りかかっていた皇后崎につっかかる一ノ瀬はとても元気そうで、火事の影響を微塵も感じさせない。
その姿を不思議に思いながら現状を問いかければ、彼は生き生きとした表情で答え始めた。
鬼神の力なのか、火が全く熱くないこと。
皇后崎が患者の居場所を特定し、自分がそこへ向かい救助していること。
患者の居場所特定には、並木度の血を入れた瓶を使っていること。
「四季ちゃんすごい!よく思いついたね!」
「へへっ。」
「あ、そういうことか…だから迅ちゃん、そんなに具合悪そうなんだね」
「お前も知ってんのか…大体なんだこれ…頭が割れそうだ…」
「偵察の兄ちゃんがくれたんだよ。」
「IQ高い人なら使えるって言われたんだけど、俺達じゃ手に負えなかったんだ」
「お前が普通に使えんのはむかつくけどな…」
「普通じゃねーよ。頭がガンガンしやがる…吐きそうだし、長く使ってらんねぇよ。だから早く行け!ノロマ!」
「命令すんな、バーカ!ハゲろ!」
「こらこら口喧嘩しないの!今は2人が頼みの綱なんだから。とりあえず俺はここで迅ちゃんの治療をするから。」
「えーっ!皇后崎だけずりぃ!!」
「何言ってんの。四季ちゃんいないとこの作戦は成立しないんだから、しっかり頼むよ!」
鳴海が笑顔でそう言ってグーにした手を差し出せば、一ノ瀬は明るい表情で自身の手をコツンと当てる。
そうして指示された場所へと走る一ノ瀬を見送ると、鳴海は皇后崎を火からなるべく遠いところへ座らせるのだった。
フロアの中でも比較的火の影響が少ない場所を選んで、鳴海は皇后崎を座らせる。
それから目線を合わせるように、膝をついて彼の顔を覗き込む鳴海。
吐き気が酷いのか額には脂汗が浮かび、頭痛のせいで表情も苦しげだ。
「迅ちゃん、手出して?」
「手…?」
素直に鳴海の指示に従った皇后崎は、ゆっくりと右手を差し出す。
鳴海はその手を取って少し傷をつけると、そこから自身の血を注入し新たな血液を作り出す。
空気を多く含んだ新鮮な血が流れれば、皇后崎を悩ます吐き気や頭痛がいくらか緩和するだろうと思っての行動だった。
「…どう?少しは楽になってきた?」
「あぁ…さっきよりだいぶマシだ。」
「良かった…!」
「鳴海ー!!次、どこ!?」
「迅ちゃん、いけそ?」
「……2階の南側。」
「四季ちゃーん!2階の南側!」
「オッケ!」
「急げ!ペース落ちてるぞ!」
「人担いでんだ、あたりめぇだろ!」
「もう、すぐケンカするんだから…君ら仲良くできないの?」
皇后崎が読み取った位置を鳴海が聞き、それを一ノ瀬に伝えて彼が走る。
男2人が直接やり取りをするとどうしてもケンカになるため、二度手間感は否めないが鳴海はこれがベストだと判断した。
そうして作戦を遂行すること数十分…
残すところあと1人という局面を迎え、ようやく終わりが見えてくる。
救出後すぐに自分達も脱出できるようにと、鳴海と皇后崎も入口付近まで戻って来ていた。
「おい!あと何人だ!?」
「…あと1人だ!」
「お前が気にしてた子は!?」
「まだだ…」
「その子がラストか…!」
「体力的にもそろそろ限界だと思う。その子も、迅ちゃんも…」
「じゃあ急ぐぞ!どこだ!」
「北側の…3階だ…」
「! 皇后崎!大丈夫か!?」「迅ちゃん…!」
「うるせぇ…」
「鳴海、こいつのこと頼む!」
「OK!」
2人が振り返った先で、皇后崎の目と鼻から血が流れ出る。
鳴海が血を入れ替えていたものの、それで追いつけない程に彼の体は消耗していたのだった。
顔の血を拭ってくれる鳴海の支えがないと、立っているのもやっと…という感じだ。
そこへ最後の1人である少女を抱えた一ノ瀬が帰って来る。
「鳴海!皇后崎!」
「!」「四季ちゃん!」
「いたぞ!生きてる!…鳴海、助かるよな?」
「…だいぶ弱ってるけど大丈夫!すぐ診てもらおう!」
「よし!早いとこ外出よう!」
少女を診るため自分から離れていた鳴海が、脱出に向けて手を貸そうとこちらへ戻って来ようとする。
彼女の背後には少女を抱える一ノ瀬。
3人の頭上にある天井が崩れかかっているのを知ることが出来たのは…皇后崎だけだった。
“危ない…!”
そう言いながら鳴海と一ノ瀬を突き飛ばした皇后崎は次の瞬間、瓦礫の下敷きになっていた。
-side 皇后崎-
一瞬目の前が暗くなったかと思えば、気づいた時には俺は瓦礫の下に埋もれてた。
体のどっかが挟まって身動きが取れねぇ。
「マジかよおい!生きてるか!?」
「生きてるよ、うるせぇな!」
「迅ちゃん…待ってて!すぐそっち行って治療するから!」
「いい!お前らは早くその子外に連れてけ!いつ崩落してもおかしくねぇ!」
「わかった!すぐ戻る!鳴海、行こう!」
「…うん。すぐだから!待っててね、迅ちゃん!」
2人の声が遠ざかっていく。
暗くて狭い場所は、どちらかと言えば得意な方だ。
普段の状態なら、多少動けなくても余裕で脱出できる。
でも今は…
「(くそ…めまいが酷くて血が操れねぇ…)」
さっきまではあいつが血を入れ替えてくれてたから、喋ったり立ったりっていう当たり前の行動ができてた。
その支えがなくなった途端にこのザマかよ…
すぐ戻る…か。馬鹿だなあいつら…
あいつらに何のメリットがあんだよ…
第一、ここに来るのもあいつらにとっちゃ関係ねぇのに…どうかしてんな。
思えばあいつらには助けられてばっかだ…本当に自分に腹が立つ…
「(情けねぇ…)」
今までずっと1人で生きてきた…死ぬ時も1人でいいと思ってる。
誰かに助けてもらうなんて、死んでも嫌だと思ってたし…
誰かが助けてくれるなんて考えすら俺の中にはなかった。
…そう思ってたはずなのに…俺はどーしちまったんだ…?
「なんだよクソ…生きてんのか。」
「生きてなきゃ困るんですけど?!」
「(こいつらなら助けに来ると思っちまってる…)うるせー…死ぬかよボケ…」
「もう少し頑張って、迅!すぐ治療するから!」
「(! その呼び方で呼ばれたの…何年振りだ…)ならさっさと出せ…」
「天使にそんな口のきき方してっと埋めちまうぞ、お前。…外、消防車とか野次馬ですげぇから、ササッと逃げんぞ。」
「ありがとな…」
四季に肩を借りて歩きながら、ボソッとそんな言葉が出る。
この馬鹿には聞こえなかったみてぇだが、俺の隣を歩くもう1人の奴には聞こえたらしく…
小さい声で”どういたしまして”って言いながら笑いかけられて…何か心臓の辺りがザワザワした。
それが気に食わなくて、俺は隣の奴の鼻をギュっとつまんでやった。
「痛っ!ちょっと、急に何すんのさ!」
「おい、鳴海に触んなよ!」
「だったらちゃんと支えろボケ。」
「叩きつけんぞクソが。」
「これ以上ケンカしたら三角絞めするけど?」
誰かに頼るなんて死んでも嫌だと思ってた…
けど…
頼れる奴がいるってのも悪くない…
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