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「ここ……どこ……?」
転移魔法で飛ばされて、最初に目に入ったのは草原だった。
道らしい道もない草原、人影らしいものもない。
「王都近くの街道って言ってたよね……道すらないんだけど」
周囲を見渡しながら、とりあえず歩いてみる。
今日が散策日和の良い天気でよかった。
小高い丘を登ったあたりで、遠くに森林と川が見えた。
しかし王都らしいものは見えない。
「そうだ、ポーチに地図とか入ってるかも」
必要な物が多少なり入ってる、と師匠が言っていたのを思い出す。
きっと水や食料もちょっとぐらい入っているだろう。
「ん? ……んん?」
ポーチに手を入れてみると、小石が1個入ってるような感触しかなかった。
そんなバカなと思い、逆さにひっくり返してみる。
「ウソでしょ……」
ポーチから出てきたのは、金貨1枚だけだった。
◇ ◇ ◇ ◇
道っぽいものを見つけたので、ひたすらその道を進んでいた。
喉が渇いた、腹が減った。
歩き続けて数時間が経ち、夕日が草原を赤く染めていた。
「アーちゃん、この道どこに続いてるんだろうね」
返事無き相棒に話しかける。
「死ぬときは一緒だよ、アーちゃん……アーちゃん!?」
そうだ、僕には相棒のアーちゃんこと人工精霊がいるのだった。
何をバカ正直に歩いてんだ。
そうだよ、飛べば……。
いや、長時間飛行できるだけの魔力は元々ないので、闇雲に飛ぶのはよろしくない。
そう思い僕は垂直に上空へ飛んだ。
これで遠くに何か見えれば……
「ま、街だ……」
そのまま飛んで行きたい衝動を抑え、冷静に地上へ降りる。
飛行魔法は便利だが、使える人間は少ないので目立ちすぎる。
ついでに格好の的になってしまうので、使うタイミングは考えないと危ないのだ。
つまり……走るしかないんだ!
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ…はぁ……ついたぁ!」
周囲は石壁で囲われており、着いてみるとけっこう大きな街のように思えた。
「こっちの道から人が来るなんて珍しいな」
街の入口にいる門番らしき人から、声をかけられる。
「道理で人に全然会わないなと……」
「こっちは集落がいくつかあるだけだからな。ほれ、入るなら身分証」
身分証……?
もちろんそんなものは持っていない。
「あの……実は……」
「どうせ持ってないんだろ? 集落出身じゃそうだよな」
勝手に田舎者と勘違いしてくれたようだ。
いや、まぁ実際田舎者ではあるんだけど。
「決まりは決まりだからな、仮の通行証は銀貨1枚だ」
銀貨1枚……高いのか安いのかわからん。
「えっと、じゃあこれで」
ポーチに唯一入っていた金貨を渡す。
「金貨かよ、集落出身なんて大体は大量の銅貨渡してくるのに……まさかお前――」
べ、別にやましいことは何も……
「族長の娘とかだな?」
別にやましいことはないのだけど、勘違いしてくれるならわざわざ訂正しないほうが無難かな……。
でも一つだけ訂正させてほしい。
「いいえ、息子です!」
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ、なんとか街に入れたな」
門番に渡されたのは、あくまで仮の通行証なので、街を出るときに返さないといけない。
それまでに、ちゃんとした身分証を用意しておかないと、また街に入る際にお金が必要になる。
身分証があればタダで通れるそうだ。
冒険者ギルドで、冒険者として登録すると、身分証としても使える冒険者カードをもらえるそうな。
元々登録する予定だったし、明日行くとしよう。
(今日はもう遅いし、とにかく疲れたから宿で休みたい)
門番に渡されたお釣りは銀貨9枚。
つまり金貨1枚は銀貨10枚ということだ。
1泊いくらだろう……足りるよね?。
「えーっと、ここ宿屋でいいんだよね?」
-陽だまり亭-と書かれた看板、周囲は暗くなってきたのに入口が明るい、そして2階建て。
とりあえず中に入ってみる。
1階は食堂のようだ。
「飯かい? それとも泊まりかい?」
体格の良いおばさんがカウンターから声をかけてきた。
女将さんかな?
「1泊いくらですか?」
「朝食、夕食付きで青銅貨5枚だよ」
ぬぅ、また知らない貨幣が出てきた。
でも銀より上ってことはないよね。
「じゃあとりあえず2泊で」
銀貨1枚をスッと出す。
これで足りなかったら恥ずかしい。
「ちょうどだね、部屋は2階の一番手前だよ、飯は日替わりならすぐ出せるけど?」
「じゃあお願いします」
良かった、足りてた……。
つまり青銅貨10枚で銀貨1枚ということだ。
仮の通行証は宿屋2泊分か……高くね?
部屋に置くような荷物もないので、鍵を受け取りそのままカウンターに座る。
「飲み物は水でいいかい? 一応リンゴ酒もあるけど……」
「じゃあリンゴ酒で」
「……人は見かけによらないねぇ」
どういう意味かな?
食堂の席は、半分ほどが埋まっている程度。
騒いでるような客はいない、かといって静かというわけでもない……ほど良い雰囲気だ。
(良い香りがする……そういえば今日は朝から何も食べてないんだよね)
「ほらよ! 腹減ってそうなツラしてたから大盛にしといたよ」
そういってカウンターに並んだのは、野菜たっぷりの大盛シチュー。
そしてちょっと固めのパン……ライ麦パンかな?
まずはシチューを一口。
「――ッ!」
野菜の旨味と濃厚なクリームソース、そして微かな塩気が疲れた体に染み渡る。
「はぁ……」
つい幸せなため息が出てしまう。
次に、一口サイズの野菜を口へと運ぶ、軽く噛むだけで野菜はホロホロと崩れ、クリームソースと絡み合う。
それはまるで、野菜が野菜であることを忘れ、初めからソースと一体だったかのように……
「おい、なんかあの女エロィぞ……」
「まだガキじゃね? でもエロィな……」
周囲から気持ち悪い雑音がする。
よほど僕はだらしない顔をしていたらしい。
「はふ……けっこうな……お手前で……」
「あんた普通に食えないのかい?」
女将さんに釘を刺された。
でも心なしか嬉しそうだった。
◇ ◇ ◇ ◇
食事を終え2階の個室で、やや固めのベッドに寝転がる。
「固めのパンもシチューに浸すとちょうどよかったなぁ」
部屋は四畳半程度、あとは窓際に机と椅子があるだけだ。
これといって荷物もない僕にはちょうどよかった。
「でもリンゴ酒は……ぬるくて微妙でした」
いつかキンキンに冷えたビールを飲みたい。
「いつかそのうちね、まずは明日冒険者登録しないと」
残金は銀貨8枚。
装備も整えたいので、すぐにでも稼がないと。
「やっぱり日雇い生活みたいだなぁ……」
明日に備え、体を濡れタオルで拭いてから、その日は眠りについた。