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『美晴! 僕と結婚して欲しい』
『幹雄さん…』
事故で両親を亡くし、天涯孤独で生きて来た美晴にプロポーズしてくれたのは、のちに彼女の夫となる、松本幹雄(まつもとみきお)。
出会いは幹雄が美晴の働くホテル内のカフェの常連だったこと。勤勉で接客に定評のある美晴は、幹雄の理想だと言ってくれた。
『本当に私でいいの?』
『ああ。美晴しか考えられない。君のことは僕が幸せにする』
幹雄は地元の立派な家の跡取り息子だから、付き合えるだけでも奇跡だと思っていたのに、まさかプロポーズを受けるなんて。
(こんな私を大事にしてくれる幹雄さんやお義母さんとお義父さん…絶対にこの人たちのために頑張ろう)
結婚前にブライダルチェックを受け、跡取り問題も大丈夫と喜んでもらえた。
彼らと早く家族になろうと頑張ったけれども…。
結婚した途端に幹雄は豹変した。義理実家へ行っても自分の分の食事はなく、あからさまな差別を受けた。それでも認めて貰いたい一心で頑張った。子供さえできれば、愛してもらえると信じていた。
優しい義理両親も、夫も、結婚と共に失くしてしまった。それは自分に子供ができないせいだと彼女はいつも自分のことを責めていた。
(今月生理が来たこと、報告しなきゃ。また罵られるんだろうな…)
それを想像するだけで辛く泣けた。
美晴は零れた涙をぬぐい、もっと頑張らなきゃ、と自分を奮い立たせた。
翌日。朝食を摂っている時に夫へ正直に子供の話を打ち明けた。そのせいで腹部にかかる鈍痛がさらに大きくなった。
「はあ? まただめ?」
美晴の予想どおり幹夫は不機嫌になった。
「美晴は本当にブライダルチェック大丈夫だったの? 健康だったって、嘘を言ってたんじゃないだろうね?」
幹雄の嫌味が始まった。辛いが聞き流さず、はいはいと言うだけでなく、今日はぐっと堪えた。もっと夫と向き合って話がしたいと思っていたからだ。
「ブライダルチェックは……私、お義母さんが勧めてくれた病院で検査を受けました」
「だったら子供ができないのはおかしいだろ!」
バン、と大きく机を叩き、幹雄が怒った。「それとも美晴が僕を騙していたのか?」
「違いますっ。あの…っ!」
前々から言おうと思っていたが、怖くて言えなかった。しかし自分一人に責任があると言われ続けるのは限界だった美晴は、遂に幹雄にその言葉をぶつけた。「今度、幹雄さんも一緒に検査してください。あなたの子が欲しいから…。私、頑張って産みます――」
「なんだ美晴。僕に原因があるって言いたいのか?」
必死に喋っている台詞をドスの利いた声で遮られた。びくりと身体がすくんでしまう。血の気が引いて唇が冷たくなった。幹雄から見る美晴は、さぞ青白い顔をしていることだろう。