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何も知らない日本兵
太平洋戦争の真っ只中、アメリカと日本の激戦が繰り広げられる。その中で一人の青年は夢を見ていた。「俺も日本兵として、お国のために尽くしたい」と。名は朝霧 清《あさぎり きよし》この男は後に戦場の残虐さを身をもって感じることになる。
清は、母と妹の計3人で暮らしており、父親は清がまだ幼い頃に戦争で討死した。母親である妙子は流行病で寝たきりになり、妹の久子と清で看病している。戦局の悪化に伴い、生活は苦しくなるが、それでも清は朝霧家を守りたいと心からそう思っていた。
そしてある晩、不意に家のチャイムが鳴る。「はい、いま行く」清が玄関の戸を開けると、軍服を着た伝令兵が立っていた。「貴方は御国に選ばれました、おめでとうございます。」そう言うと、赤い紙を手渡してくる。赤紙だ。「日本兵として戦え」これは必ずでは無いが、ほとんど死を意味している。赤紙を渡すと、伝令兵は去っていく。清はただ嬉しかった。「遂に自分もお国のために死ねるのだ」誇らしさと同時に、母や妹を残す不安も過ぎった。奥の戸から久子が出てくるなり、「兄さん…それ……」悲しそうに見つめてくる久子の目には涙が見えた。その時、清は気付いた。「きっと喜んでくれる」そう思っていた自分の考えが哀れだったこと、家族が死にゆくのなら悲しむのが当たり前だと。母もきっと同じだ。しかし、清は久子に言う。「阿呆、俺はやっとお国のために尽くせるんだ。日本男子として、これほどまでに誇らしいことは無いだろう?」家族のことを思う心もあるが、お国に尽くすという前々からの夢だ、決して折れてはなるものか。「母さんには言うな。きっと悲しむから。」そう言った清は、久子の頭を優しく撫でた。
それからの招集までの1週間は大切に使った。戦場に行けば、戻ってこれる保証はないからだ。そしてあっという間に時は過ぎ、清は、久子の見送りをあえて無視して家を後にした。「もう悔いは無い。お国のために尽くすのだ。」心を決めた清は淡々とした足取りで招集場所に向かった。